061 鍛錬は禁止
1日の修練を終えた俺は食事も食べ終え、ベッドで横になっている。今日は延々と魔素の放出と感知を繰り返した。魔素が変化する感覚は全く掴めなかったが、収穫もあった。まずは魔素を放出して近くに留めることができた。遠くに飛ばすより魔素が元に戻る速度が遅かった。また、操作に慣れてきたのか、10歩程で離れて消えた魔素が12歩まで伸びた。
これを修練の成果と言って良いか分からないが、何も成長が感じられない修練ほど辛いものはない。まだ、初日なのだからゆっくり進めて行こう。
俺はベッドの横に立って、今日の修練の締めに体内の魔素を高速で循環させて一気に身体強化を行う。昼間の修練が響いたのか、数秒で眩暈を覚えて直ぐに頭痛と倦怠感が襲ってきた。立ち眩みした俺はそのままベッドに倒れ込んで意識を手放した。
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昨日の修練の疲れなのか、かなり遅くに目を覚ました。今日も無理矢理、リンに起こされると思っていたので安堵する。素早く着替えて部屋を出ると使用人が待っていて、互いに軽く頭を下げると食堂まで案内してくれた。
食堂に入ると既にリンとララは席に着いていた。正確に言うなら、リンはララの傍で浮いている。ララは既に食事を済ませてお茶を飲んでいた。
「おはよう、サイガ。申し訳ないけど、先に食事を済ませたわ。急いで片付けないといけない仕事があるの。サイガはゆっくりと食べてね」
『そうよ、ゆっくり食べなさい。昨日はかなり疲れていたようね。今朝も散々、起こそうとしたけど、全然、起きないんだもん』
やはり今日もリンは勝手に部屋に入り、俺を起こそうとしたらしい……全くもって鬱陶しいヤツだ。
『……何か言いたそうね。まぁ、いいわ。今日は鍛錬には付き合えないから。ララのお手伝いをしないといけないの、寂しい?』
「寝言は寝て言え。全く寂しくも悲しくもない。行方不明で居なかった分まで、しっかり働け」
リンの寝言を冷たくあしらうと、ララが笑いながら、俺に声をかける。
「フフフ。仲がいいわね、少し羨ましいわ。そういえばサイガに頼まれた物が届いてるわよ。中庭にあるから確認してくれる? 問題ないなら、そのまま使っていいわよ」
「本当か。食事が終わり次第、確認するよ。色々と助かる」
ララにお礼を言うと、食事が運ばれてきた。リン達は執務を行うということで一足先に食堂を出た。俺も少しだけ急いで朝食を食べて中庭に向かった。
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中庭に着くと、すぐに頼んでいた物を見つけた。確認するため近づくと、俺よりも少し背が高い金属の柱が地面から生えていた。目線を少し下すと腕のように伸びた金属の棒が互いを交差するように四本生えている。地面には頭3個分ぐらいの大きさの金属の球が2つ置いてあった。
なるべく硬く重たい金属で準備してもらうようにお願いしたが、黒い光沢を放つ金属が何なのか分からなかった。金属の柱を軽く叩くがびくともせず、根元は地中深くまで埋まっているようだ。太さも充分あり、ちょっとの事では折れたり曲がったりしなさそうだ。
昨日、魔素を感知する修練が終わるまでは見なかったので、早朝に準備したのだろうか。魔族は様々な部族がいるから、土木が得意な魔獣や魔蟲たちが急いで設置したのかも知れない。今度、聞いてみよう。
地面に置かれた2つの金属球は、かなり大きく片手で持つのは無理だった。両手で持ち上げ、重さを確認する。かなりの重量があり、こちらも柱と同じ金属のようだ。両手で持った金属球を上空に放り投げる。高くまで上がった金属球は重力に引っ張られて、凄い勢いで落ちてくる。それを両手で受け止めるとズンっと両足が地面にめり込んだ。
金属の柱も金属球も問題なく、俺の希望を満たしていた。これなら肉体の鍛錬にも耐えられるだろう。俺は3つの器具に満足して鍛錬を開始した。
◆
ララとノーベ、私の3人が執務室で魔草「死免蘇花」の人工栽培について纏めた報告書を読んでいると、中庭から大きな衝突音が聞こえてきたが、無視してララにアドバイスを出す。急ぎ今後の方針を纏めて、控えている配下の者たちに指示を出さないといけないからだ。
『自生する「死免蘇花」と比べると効果が低いのは、地中に含まれる魔素が関係していると思うわ。今後は定期的に土の入れ替えも行って、様子を見るのはどうかしら?』
(ガンッ、ドガッ、バキン)
「そうね、私たちが観察できれば、より正確に魔素との関係性が分かるかもしれないけど、そんな時間は全然無いし……魔素の濃度が違う土を準備するぐらいしか、私たちには出来ないかしら」
(バーン、ドンッ、バンッ)
絶え間なく続く衝突音……正直、凄くうるさい。
『確かに魔素の濃度が違う土を準備するのは、良い案だと思うわ。まぁ、魔素を感知できる私たちじゃないと準備できないけど。急ぎ各地の土を集めて、それぞれの魔素の濃度を調べましょう』
(ドドドッ、ドッカーン!)
「ええ、直ぐに手配するわ。もちろん、一緒に魔素の濃度は調べてくれるわよね、姉さん?」
(バン、バッバン、バーン!)
『フフフ、もちろんよ』
(ボゴン、ガッキーン!)
ようやく魔草「死免蘇花」の人工栽培について、今後の方針が纏まった。部屋の隅で両耳を手で押さえている文官をノーベが呼び、素早く資料を作成するように指示を出す。内容を説明している途中も衝突音が邪魔して、なかなか話が進まなかったが、ノーベが説明を終えると、文官は頷き急いで部屋を出て行った……。
『ララ、ごめん。ちょっと、中庭に行ってくるわ』
「……姉さん、お灸もほどほどにね」
ララから許可を貰った私は、執務室の壁を通り抜けて直接、中庭に出ると、とんでもない景色が広がっていた。中庭の中心に置かれた金属の柱の周りは、無数の隕石が落ちたかのように、地面のあちらこちらがくぼんでいた。金属の柱も、当初の面影はなく、所々がへこみ4本あった棒は全て折られていた。
地面に座り、肩で息をしているサイガを見つけて、この惨状について訪ねる。
『サイガ、一体、何をしていたの?』
「はぁ、はぁ。なんだ、リンか。悪いが、呼吸が整うまで少し待ってくれ」
サイガは深く息を吸うと、ゆっくりと吐く。しばらく深呼吸を繰り返していると汗も引いて落ち着いてきたようだ。地面に手をつき立ち上がると、私の方を向いた。
「何か用か? 確かララの手伝いをするって言ってなかったか?」
『えぇ、手伝いをしていたら、外から物凄い音がして執務どころではなくなったの。誰かさんのせいでね』
呆れた表情でサイガを睨むと、申し訳なさそうに鼻をかき、頭を下げて謝罪した。
「すまなかった。これでも初日だから、かなり手を抜いたつもりだったんだが、迷惑をかけたな」
『…………。そうなの、これで手を抜いていたのね。ちなみに、どのくらい手を抜いていたの?』
「そうだな、4~5割程度かな、明後日からはもう少し気合を入れていこうと思う」
サイガの言葉を聞き思わず、白目を剥きそうになった。あれで4〜5割なんて……その晩、ララと相談して中庭での肉体の鍛錬は禁止することをサイガに告げた。
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