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052 俺の呪術

オテギネさんが遣わした男に視線を向ける。


ノーベの言った通り、少し話してみた限りでは悪人ではなさそうだ。けれど、いくつか強い違和感がある。


まず――肉体が異常なほど強化されている。額にはもう一つの目、腕や脚には外殻、そして右手には口まである。


魔素による肉体強化を施す魔族は珍しくないが、ここまで徹底的に造り変えている者はほとんどいない。


それに、体内に渦巻く魔素の量も尋常ではなかった。


見た目は私と同じか、あるいは少し年上に見える程度なのに――体内を巡る魔素は、魔王に匹敵するほどだ。


魔素感知に優れている私だからこそ分かるが、膨大な魔素と異形の肉体――普通の魔族なら気づきもしないだろう。


……そして、何よりも強く胸をざわつかせるのは――この男から、姉さんの(にお)いがすることだ。





「サイガ、なぜ? あなたから姉さんのにおいがするの?」


その一言で、背筋にひやりとした感覚が走った。『におい』とは何か――もちろん【知識の神の加護】に聞いても答えは返ってこない。


魔族に生まれ変わる前の記憶がほとんど無い俺と、情報は蓄えていても核心を答えられない加護。この状況で、彼女が納得する説明なんて……出せるはずがない。


結局、腹をくくって正直に話すしかなかった。


「――というわけだ。元は人間だったが、なぜか魔族に生まれ変わった。記憶はほとんど残っていないが、人間だった時の加護だけは残ってる。あとは、生き残るために呪術を利用して進化と強化を繰り返し……兜主さんやオテギネさんと出会った。そして今は、人間に戻る手掛かりを探して旅をしている」


できるだけ端的にまとめたつもりだが、正直俺自身も分からないことだらけだ。アメキララは黙ったまま視線を落とし、考え込んでいる。


重い沈黙が続き、耐えきれず冷えたお茶を口に運ぶ。ちらりとノーベさんを見ると、主人の思考を邪魔しないよう部屋の隅で静かに立っていた。


窓から差し込む夕日が、部屋をゆっくりと赤く染めていく。


「……分かったわ。いいえ、正確には分からないことだらけだけど、分かったこともあったわ」


ようやく沈黙を破ったアメキララは、自分に言い聞かせるように話し始めた。


「まず、サイガ。あなたにかかっている呪術は『二進外法(ニッシンゲッポウ)』じゃない。別の呪術よ。それがたぶん――姉さんの呪術。つまり、それが姉さんのにおいの正体だと思うわ」


その事実に思わず息を呑む。だが、浮かんだ疑問はすぐ口に出た。


「じゃあ『二進外法』ってなんなんだ? 別の魔族の呪術なのか?」


今まで魔族になった原因だと信じていた自分を否定され混乱する。そんな俺を見つめながら、彼女は言葉を重ねる。


「いいえ、それはあなたの呪術よ。信じられないけど、魔族に生まれ変わって、すぐに呪術を習得し発動したということになるわね。だいたい、そんな都合のいい呪術があるわけないでしょ」


出会って間もない俺の呪術のことなど知る由もない彼女は、少し困った表情を浮かべながら答える。だが、胸の奥に残ったもやもやは消えない。


「都合がいいって言うが、『二進外法』は魔素が溜まると勝手に発動するし、こっちの意思なんて無視して強制的に進化させられる。正直、俺の呪術って気が全然しないんだが……」


困惑する俺に、アメキララも苦笑を深めた。けれど、明確な答えを持っていないのか、肩をすくめて口を開いた。


「呪術なんて、そんなものよ。どうやって習得したのか覚えている魔族なんてごく少数よ。気づいたら身についてるなんて、珍しくもないの。しかも何故、そんな能力になったのか、本人も見当がつかないなんて、ざらにあるわ」


あっけらかんとした口ぶりで話すアメキララを尻目に、今まで体験した呪術について思い返す。


(……本当にそうなのか、オウカさんの『七填抜刀(シチテンバットウ)』なんかは本人の意思が色濃く反映されているような気もするが……。オテギネさんや黒いトラの魔獣の呪術は確かに微妙だったかも。ドラゴンなのに空を飛ぶし、トラのくせに前足使って投擲してたし……)


そこで頭から煙が立ちそうになり、思考を打ち切り、無理矢理に納得する。


――これは、別世界の言葉でいう『ガチャ』だ。そう思い込むことにする。


俺が一人で頷いていると、アメキララが話を進める。


「まぁ、あなたの呪術はどうでもいいわ。それより……なぜあなたに、姉さんの呪術がかかっているの?」


さっきまでの殺気が嘘のように、今度は真っ直ぐな眼差しで問い詰めてくる。その勢いに押されながら、俺は首を横に振った。


「何度も言うが、生まれ変わる前のことは、ほとんど覚えていない。悪いが答えられない」


両手を上げて降参の仕草を見せると、アメキララは少し考え、ふっと息を吐いた。


「……そう。結局、一番大事なことは分からないまま。でも――あなたが姉さんを探す手掛かりになるのは確かね。悪いけど、しばらく付き合ってもらうわ。ノーベ、サイガの部屋を準備して」


一人で納得してしまったアメキララは、ノーベさんに指示を出して勝手に話をまとめてしまった。


さすがに慌てた俺は、すぐに反論する。


「いや、ちょっと待ってくれ! 俺にも都合がある。人間に戻る方法を探して旅をしてるんだ。ここに滞在する時間はない」


その言葉を、アメキララは鼻で笑う。


「あんた、バカなの? たぶん、あんたを魔族に転生させたのは姉さんの呪術よ。だったら姉さんを探して、戻す方法なり手掛かりなり聞いたほうが早いでしょ」

「だが、それじゃ――」

「もう、ウジウジと見苦しいわね! さっさと部屋に行きなさい!」


一喝され、反論の言葉が喉で詰まる。このまま押し切られるのか……。


「……くそっ、わかった。しばらく世話になる」


もはや抗うことは不可能だと察した俺は、渋々了承する。


そして、そのやり取りを微笑みながら見ていたノーベさんに、部屋まで案内された。



――――――――――――



案内された部屋は、オテギネさんの時よりはやや小さいが、家具も日用品も揃っていて快適そうだ。


荷物をクローゼットに放り込み、浴室で旅の汚れを落とすと、ベッドの上に用意された部屋着に着替え、ひと息つく。


今夜はアメキララも忙しく、別々に食事をすることになった。


やがて、使用人が食事を運んできた。ひさしぶりにまともな食事を堪能した俺は、明日に備えて早めに就寝することにした。


――このときの俺は、翌日告げられる『とんでもない事実』のことなど知る由もなかった。


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