051 手紙と呪い
再び馬車に揺られながら、街並みを観察する。オウカさんの村と比べると、建物も人も、すべてが違って見えた。
そこらじゅうに三階以上の建物が建ち並び、行き交う魔族も多く、様々な部族の姿がある。
道中、初老の男性はノーベと名乗り、この領地の主に仕える家令だと教えてくれた。
しばらく進むと、ひと際大きな建物が見えてくる。馬車が近づくと、門番らしきサルの魔獣が門を開け、そのまま通してくれた。
オテギネさんのところにいたコクジョウさんと、同じ一族のようだ。
建物の前に到着すると、俺は馬車から降り、荷物を背負う。扉の前には、同じエプロンドレスを着た使用人たちが並び、俺を見るなり頭を下げて出迎えてくれた。
俺も軽く会釈で応えると、ノーベさんに屋敷の中へ入るよう促される。
屋敷に入ると、主がいる部屋へと案内された。オテギネさんのお城とは違い、人が住むために作られた屋敷なのだろう。
……廊下や扉、窓など、すべてが人のために作られている。つまり、この地を治める主は――魔人ということだ。
屋敷の奥へと進み、豪奢な扉の前に着く。ノーベさんが扉を叩き、入室の許可を得ると、中へ入り頭を下げた。
「アメキララ様、お客様をお連れしました」
「ありがとう、中へ通してくれる」
返ってきた声は、あまりにも若く高かった。オテギネさんのような主を想像していた俺は、思わず眉をあげる。
ノーベさんは困惑する俺に向き直り、部屋へ入るよう促した。
中には、一人の少女が大きなソファに座っていた。ジュラやジェミと同じくらいの年齢だろうか……白く艶やかな髪と、深緑の瞳が印象的な美少女だ。
やはり、同じ主であるオテギネさんと比べると、威厳は感じられない。失礼にならないよう観察していると、少女が声をかけてきた。
「あなたが、オテギネさんから頼まれて手紙を届けてくれたの?」
「ああ、そうだ。これが手紙だ。確認してくれ」
俺は鞄から、手紙の入った箱を取り出し、少女に渡した。
少女は礼を述べながら、対面のソファに座るよう勧める。俺が腰を下ろすと、箱を開け、まじまじと手紙を確認し始めた。
「確かに間違いなく、姉さんからの手紙ね。ありがとう、ここまで届けてくれて」
――なんと、この少女の姉の手紙だったとは……。
確かオテギネさんは、自らが仕える王が書いた手紙と言っていた。だが、まさかこの少女の姉だとは思わなかった。俺が驚き呆然としていると、彼女は言葉を続ける。
「悪いけど、しばらく待っててもらえる? すぐに手紙を読みたいの」
俺が頷くと、少女は立ち上がり、ノーベさんと一緒に部屋を出ていった。
◆
オテギネさんから届いた手紙――魔王である姉さんからの手紙に視線を落とす。
……読み進めていくうちに、目頭が熱くなっていった。手紙と言っていたが、これは遺書だ。
人族との戦いで行方不明になった姉さんが、私に残した遺書だった。
内容を簡単にまとめると――
・姉さんの代わりに魔王選定の儀に出ること
・オテギネさんに引き続き仕えてもらうよう頼むこと
・家族や知人への感謝の言葉
・魔王不在の間の王領の管理を配下に任せること
……など、もしもの時に備えた願いや指示が書いてあった。
そして最後には、魔王という重責を押し付けてしまうことへの謝罪と、今まで支えてくれたことへの感謝――私への様々な思いが添えられていた。
手紙を読みながら、私は涙を流していた。姉さんが私たち家族や知人を守るために、柄にもなく魔王になったことは知っていた。
そんな姉さんの支えになりたくて、私も強くなろうと努力してきた。そして、主として任され、これから支えていこうという時に……人族が襲ってきた。
姉さんは配下たちを逃すため、命を懸けて人族と戦い、最後は何かの呪術を発動して人族の男を巻き込み、光の柱とともに消えてしまった――。
最後まで城に残り、撤退の指示を出していた文官がそう教えてくれた。
涙が止まるまで、どれほどの時間が経っただろう。
ようやく少し気持ちが落ち着いた私に、ノーベが申し訳なさそうに客人を待たせていることを告げる。
私は涙を拭い、鏡台で容姿を整えると、手紙を届けてくれた男が待つ部屋へと戻った。
◆
ノーベさんと一緒に戻ってきた少女の目は、少し腫れているように見えた。そのことに触れていいものか分からず、黙っていると、少女の方から話しかけてきた。
「待たせてごめんなさい。改めて、手紙を届けてくれたことに感謝するわ。それに、まだ名乗ってもいなかったわね。数々の礼を欠く行い、本当にごめんなさい」
たしかにノーベさんが部屋に入るときに「アメキララ」と呼んでいたが、本人から聞いたわけではない。
本人が名乗る前に名を口にするのは失礼だと思い、言葉を飲み込み、まずは自分から名乗ることにした。
「いや、気にするな。何か深い事情があったことは、なんとなく分かる。俺はサイガだ。あんたの名は?」
彼女はわずかに微笑んだ。その姿に既視感を覚え、じっと見つめていると、彼女が答える。
「アメキララよ。ここフーオン領を治める主よ」
「そうか、若いのにすごいな。まだ十代半ばぐらいだろう? それなのにもう主とはな」
改めて少女を見るが、やはり若い。この歳でオウカさんより強いとは、一体どれほどの実力なのか、興味が湧く。
「ふふ、ありがとう。そうね、私たちの一族は魔人の中でも魔素を感知する能力が高いの。結果的に、呪術を持つ者が多いわ。私の家族なんて皆、呪術を持っているの。呪術が強さの全てではないけど、上位の魔族は全員が呪術を持っているわ」
何気なく話しているが、その内容に驚く。「魔素を感知する能力」と言っていたが、それがどれほどのものかは分からない。
だが、その能力があることで呪術を習得しやすくなるのなら、それは大きな意味を持つ。
心の内を悟られないよう、平静を装いながら言葉を返す。
「……確かにそうだな。呪術を使われると、一気に戦況を覆されることが何度かあったな」
「でしょ。それだけ魔族にとって呪術は重要ってことよ。人族の魔法みたいなものね。まぁ、魔法みたいに誰もが使えるわけじゃないけど」
最初に褒めたのが良かったのか、思いのほか饒舌に語るアメキララを眺めながら、さらに呪術のことが分かり、思わず笑みが零れそうになる。
彼女の少し怪訝そうな視線を受け、すぐに表情を引き締め、頭の中で情報を整理する。
(……なるほど、結局は呪術を持つことが、強くなるための最低条件ってわけか。まぁ、俺や兜主さんみたいに身体能力が異常に特化した魔族でも強くはなれるが……あくまで例外だな)
少し会話をしてみたが、なかなか興味深い話が聞けた。だが、用件も済んだし、そろそろ帰らせてもらいたい。
俺には、魔族領を旅して人間に戻る方法を探すという目的がある。時間は有限だ。そう――『タイムイズマネー』だ!
他にも目的があり、急いでいることを伝えようとしたその時、突然、アメキララの目の奥からわずかな殺気を感じた。
理由が分からず、失礼とは思いつつもアメキララの顔を凝視する。初対面のはずなのに、やはり既視感を覚える。
戸惑う俺に、アメキララが冷たく言葉を投げかけた。
「サイガ、なぜ……? あなたから姉さんの呪いがするの?」
その言葉を聞いた途端、なぜか背筋が凍るような感覚に襲われた。




