050 主都に到着
……セップさんが、馬車を引く馬たちに指示を出している。互いの意思のやり取りが、微かに漏れ伝わってきた。
俺は馬車に揺られながら、その「会話」に意識を向ける。
もうすぐ主都フーオンに着く、と馬たちはセップさんに告げていた。これでようやく、オテギネさんから預かった手紙を渡せる。そう思うと、自然と肩の力が抜けていく。
「サイガさん、もうすぐフーオンですよ。短い間でしたが、あなたと旅ができて良かった。得難い経験になりました」
前方に姿を現したフーオンの街並みを見つめながら、セップさんが旅の終わりを告げると、俺も同じ景色に目を細めながら応じた。
「俺も、セップさんたちとここで別れるのは寂しい。でも永遠の別れじゃない。また、どこかで会えるさ」
そう言うと、セップさんは静かに頷き、フーオンへ向かって少し顔を上げた。
「そうですね。必ず、また会いましょう。……もっとも、フーオンまでには、まだ少し時間がかかりそうですが」
軽口を交わしながら、先に広がる街の輪郭を見つめる。すると突然、大きな石でも踏んだのか、馬車が大きく揺れた。
体勢を立て直そうと足を組み直す。その拍子に裾が開け、脛が露わになった。そこには、俺の脛にある外殻が、まるで主張するかのように存在感を放っていた。
――朝、目を覚ましたときには、すでに『呪術:二進外法―番外―』が再び発動していたのだ。
――――――――――――
――今朝のことを思い返す。
目覚めるとすぐに、部分進化が完了したと告げられた。ぼんやりとした頭で、状況を整理しようと考えを巡らせる。
まず、ある程度の魔素を取り込まないと、呪術は発動しないはずだ。しかし、身に覚えが……いや、ある。あるが――記憶がない。
俺は恐る恐る、枕元に置いていた魔獣の角に目をやる。……やはり、消えていた。念のため辺りを探してみたが、どこにも見当たらない。
右手を見つめる。正確には、右手にある口を開けたり閉じたりして、証拠を探す。けど、角を食べた痕跡は――見つからない。
だが、まず間違いなく、右手が勝手に食べたのだろう。
――なに、それ、怖い!
思えば、オテギネさんの城でも兜主の魔核を勝手に食べた。今回も同じパターンだと考えて間違いない。
正直なところ、そういうものだと割り切るしかない。無理やりにでも、自分を納得させるしかなかった。
――だって、考えても分からないし。……そう、考えるな、感じるんだ!
そのあと、全身を隈なく調べてみたが、変化は脛当てのような外殻が増えただけだった。
少しずつ、人間から離れていっている気がする。……確か、別世界の言葉でこういうのを『魔改造』って言ったっけ。
自分の足元を見つめながら、今朝の出来事を反芻していると、馬車がゆっくりと止まった。
どうやら、主都フーオンに到着したようだ。
――――――――――――
フーオンの正門前には大勢の人だかりができており、セップさんたちは少し離れた場所に馬車を停めた。
すぐに馬車を降りて荷物を受け取ると、俺はセップさんと別れの挨拶を交わした。
「セップさん、世話になった。また、必ず会おう」
「はい、サイガさん。また、どこかで……。ですが、私たちも暫くこちらで商売をしますので、意外とすぐに再会できるかもしれませんね」
「ああ、そうだな。会えたらいいな」
互いに微笑み、自然と手を伸ばして握手を交わす。
フーオンで商売を行うセップさんたちは、持ち込む品物に税を課されるため、検査や目録の提出など、いろいろと手続きが必要らしい。そのため、先に町に入る俺とはここで別れることになった。
正門の前には長い列ができており、町に入るための手続きが行われている。
俺も列の最後尾に並び、順番を待つ。思いのほか順調に列は進み、ほどなくして俺の番が来た。
「こんにちは。ようこそ、フーオンへ。こちらは初めてですか? ご用件を伺ってもよろしいですか?」
穏やかな雰囲気の門番が、丁寧に話しかけてくる。
俺はオテギネさんから受け取った短刀を見せ、この地を治める主に手紙を渡したいことを伝えた。
すると門番は、少し慌てた様子で、上役を呼びにいくため、足早に走り去る。他の門番たちも何事かと視線を寄せてきた。
その間、行き交う魔族たちをぼんやりと眺める。
……やはり、魔人の姿が多いようだが、ときおり魔獣や魔蟲も混じっている。多くは同行する魔人が代わりに手続きを行っていた。
だが、なかには自分で通行料を支払っている魔獣もいた。カンガルーの魔獣が腹の袋からお金を出す姿が、妙に可愛らしかった。
……だいぶ時間が経った。
行き交う魔族たちの観察にも飽きてきて、腹も減ってきたので、背嚢から携帯食と水筒を取り出す。
行儀が悪いとは思いつつも、こんな場所で待たせる方も悪いと開き直り、地面に座ろうとしたそのとき、声がかかった。
「大変お待たせして申し訳ありません。失礼ですが、オテギネ様から手紙を預かっている方で間違いございませんか?」
座る動作を止め、声の方へと振り向くと、燕尾服をきっちりと着た初老の男が立っていた。
先ほどの門番の上司だろうが、雰囲気がまるで違う。おそらく、執事や家令といった立場の人物なのだろう。
少し失礼だとは思いつつ、初老の男の姿を隈なく観察しながら返事をした。
「そうだ、間違いない。オテギネさんから手紙を預かってる。アンタに渡せばいいか?」
「いいえ、大変恐縮ですが、直接、主人にお渡しいただけますでしょうか?」
初老の男は静かに首を横に振り、主人との面会を求めてきた。
少し考え込んでから、俺は軽く頷いて答える。
「……ああ、いいが、正装なんて持ってないし、礼儀も知らない無作法者だぞ。それでも問題ないか?」
「はい、まったく問題ございません。それでは、主人のもとまでご案内いたします」
深く頭を下げた初老の男に従い、門前に停められた馬車へと向かう。すると、荷物を運ぶために御者が馬車から下りてきた。
だが、背嚢を渡した瞬間、その重さに御者がよろける。俺は慌てて支えながら、背嚢を受け取り、自分で馬車へ載せた。
恐縮した御者が何度も頭を下げてきたが、俺は気にするなと声をかけて頭を上げさせる。
しばらく、やりとりを見守っていた初老の男が扉を開け、馬車に乗るよう促してきた。俺は彼に軽く礼を言ってから、馬車へと乗り込んだ。
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