049 酒乱と謝罪
旅の間、同じ馬車に乗ったセップさんとは、いろいろと話をして友好を深めた。
まず、セップさんは犬の獣人の魔人で、他の魔人と比べて明確に魔獣と意思疎通がとれるらしい。
セップさんが乗っている馬車の馬には手綱がついておらず、彼が直接、意志で指示を出しているとのことだ。
また、その特徴から、魔獣との混血と勘違いされることも多いそうだが、実際には人族と同じく、獣から独自に進化した存在だと説明してくれた。
四つある耳は、それぞれ役割が異なるらしい。人間の耳は音を集め、獣の耳は意識を集めて脳に伝えているという。
――人族の獣人は、両方の耳で音を聞くだけなので、かなり驚いた。
セップさんとの交流を通じて、俺は改めて、自分が魔族について何も知らなかったことを痛感させられた。
◆
サイガさんとの旅も、残りわずかとなった。昼過ぎには主都フーオンに到着するだろう。
この数日間、サイガ――という青年を観察してきたが、とても気持ちの良い男だと思った。
馬車の中では、同乗する私と積極的に会話を交わし、大して面白くもない話にも興味深そうに耳を傾けてくれた。
また野営の時も、手慣れた様子でテントを組み立て、手持ち無沙汰になると他のテントの手伝いや、馬の世話までしてくれた。
――特に、魔獣の襲撃があった、あの夜のことは、彼の印象を決定づける出来事となった。
――――――――――――
順調と思われた旅路だったが、二日目の夜、突如としてサイの魔獣が私たちの野営地を襲ってきた。
私は意思を飛ばし、鎮まるよう説得を試みたが、興奮状態にあったのか、意思の疎通はまったくできず、一方的に怒りの感情だけをぶつけられた。
こんなことは滅多になく、私は狼狽えた。仲間たちも暴れ回る魔獣に動揺し、その場で右往左往するばかりで何もできない。
何か指示を出さねばと、口を開こうとしたそのとき――肩をトンと叩かれ振り向くと、サイガさんが親指を立てて横を走り抜けていった。
すると、魔獣もサイガさんに気づいたのか、猛然と彼に向かって突進していく。
だが彼は、まったく臆することなく足を止め、真正面から迎え撃つように腰を下ろして構えた。
そして、二人がぶつかるその瞬間――サイガさんは、異様に発達したサイの角を両手で掴み、その突進を見事に受け止めた。
私は思わず、目を大きく見開く。
自分の十倍以上もある魔獣の突進を止めたのだ。途轍もない膂力だ。
少し後ろへと押されたものの、両足でしっかりと踏ん張って耐えている。足元を見ると――サイガさんの足が鳥のように変化していた。踵と指からは鋭い爪が伸び、地面をがっちりと噛んでいる。
再び視線を上げると、彼は掴んだ角を力任せに抑え込み、魔獣はそれに必死に抵抗していた。
しばらく力比べが続いたが、次第に魔獣の頭が下がっていき――
ついに地面に顔を押しつけられると、サイガさんは電光石火の膝蹴りを、目の前に現れた角へ叩き込んだ。
バキッ!
両手で掴まれた角は根本から、きれいにあっさりと折られていた。
その光景に、私も仲間たちも、そして当の魔獣すら、驚愕して固まっていた。
そんな中、サイガさんは折れた角を放り投げ、呆然とする魔獣に回し蹴りを入れて気絶させる。そして、地面に倒れた魔獣を無視して、こちらへ歩いてくる。
「ふぅ、なんとか殺さずに済んだか。セップさんたちは無事か?」
軽い運動でも終えたような調子で話しかけてくる彼に、私は眉を下げながら答えた。
「……ええ、私たちは無事です。怪我人もいません。ただ、あの魔獣が暴れたせいで、いくつかテントが崩れ、馬たちも怯えています」
その言葉に、彼は少し困った顔をして、ちらりと倒れる魔獣に視線を向けると、静かに口を開いた。
「そうか。じゃあ、セップさんは仲間とテントを直して、馬たちを落ち着かせてくれ。俺はこいつを見張っておく」
そう言ってサイガさんは再び魔獣の傍に戻り、地面に座り込んだ。
私は仲間にテントの再設営を指示し、馬たちのもとへ向かう。
一頭一頭に安心の意を伝えながら首筋を撫でていくと、やがて馬たちも落ち着きを取り戻した。
野営地も整い、仲間たちも平静を取り戻したころ、私はサイガさんのもとへ戻り声をかけた。
「サイガさん、こちらは片付きました。馬たちも落ち着いています」
「御苦労さま。こっちはまだ気絶したままだ。……死んでないよな?」
そう言って魔獣を覗き込んだとたん、魔獣がピクリと動いた。私は思わず後ずさるが、彼は警戒を解かず、じっと様子を見守っていた。
しばらくして魔獣が目を開けると、こちらを見つめながら、自然と意思が伝わってきた。そこにあったのは、怒りや興奮ではなく、謝罪と感謝の念だった。
意思が通じることに安堵しつつ、なぜ襲ってきたのかを尋ねる。
魔獣の話によれば、魔素を多く含む魔草の群生地を見つけ、夢中で食べてしまったのだという。
その結果、体内の魔素が急激に増えて暴走し、狂乱状態に陥ったらしい。
――なんとも迷惑な話だ。
非難の意を伝えると、魔獣は深々と頭を下げた。私はその旨をサイガさんに伝えると、彼は魔獣を見つめながら苦笑する。
「まぁ、俺も酒でやらかしたことはある。けどな、他人に迷惑かけるのは『NG』だ。まぁ、今後気をつけるならそれでいい」
「『えぬじー』……? まぁ、反省しているようですし、どうしますか?」
サイガさんが意味不明な言葉を言った。けれど、それを無視して、私が処遇を尋ねると、魔獣から再び意思が伝わってくる。
「……サイガさん。魔獣からあなたに伝えてほしいそうです。『このまま殺される覚悟はある。ただ、暴走を止めてくれたことを感謝し、折った角を受け取ってほしい』とのことです」
それを聞いたサイガさんは、溜息をつき、肩をすくめて言った。
「……はぁ、酒乱ごときで死刑なんてあるかよ。もう二度と暴れないって誓うなら、それでいい。反省だけはしとけよ」
サイガさんの言葉を魔獣に伝えると、角だけは受け取ってほしいと懇願された。
その事を伝えると、やれやれといった感じで首を横に振り、地面に落ちている角を拾い、横に向ける。
次の瞬間、サイガさんは地面に片膝をつき、右腕を大きく振り上げると、そのまま姿勢を維持する。
どのような仕掛けか分からないが、振り上げた右腕の手甲が伸びて、手刀を覆うように変形する。
そして、そのまま素早く腕を振り下ろした。
バキンッ!
高速で振り下ろされた手刀が直撃すると、魔獣の角は綺麗に真っ二つに折れた。
サイガさんは、地面に転がる角の先を拾って懐にしまい、そのまま残りの角を持って魔獣に近づくと、彼は静かに言った。
「『倒した相手の持ち物を貰い受ける習わし』だったか。お前の強さに敬意を払って、受け取らせてもらう。セップさん、悪いが俺の荷物から薬籠を取ってきてくれ」
遠巻きから見守っていた仲間にサイガさんの薬籠を持ってくるように大声で叫ぶと、すぐに薬籠を持ってきて、彼に手渡した。
サイガさんは薬籠を受け取ると、白色の『死免蘇花』を取り出して、角を根元に固定してほしいと、私に頼んだ。
呪術:死免蘇花ー白ー
サイガさんは固定された角に魔草を押し当てて呪術を発動させる。
淡い光が彼の手の隙間から零れ、光が収まると、欠けた角が元通り魔獣の額に戻っていた。
「まぁ、先っぽは頂いたが、無いよりマシだろ? これでこの件は終わりだ。まだ、朝まで時間がある。俺は眠い。お前も家に帰って寝ろ」
そう言って、ぽんと魔獣の頭を叩いた。
私は驚き固まる。仲間たちも同様だった。あの貴重な魔草『死免蘇花』を自分を襲った相手に使うなんて……。
当の魔獣すら、信じられないといった表情でサイガさんを見ていた。
だがサイガさんは、そんな周囲の反応には目もくれず、あっさりと自分のテントへ戻っていった。
――あの夜のことを思い返しながら、私は馬たちに指示を出す。
小さく見えてきた主都フーオンを眺めるサイガさんをちらりと見やり――この旅も、もうすぐ終わるのだと思うと、ひどく寂しさを覚えるのだった。
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