048 サイド:魔王アメキリン(終)
「―――サイガ、そろそろ決着をつけましょう」
魔王がそう宣言すると、サイガも無言で頷き、額の血を拭ってから腰を落とした。
僕たちは二人が、次の一撃で決着をつけるつもりだと悟る。
魔王は左手に持つ鉄扇を頭上に上げて右手を添える――上段の構えだ。
対してサイガは右手、右足を前に突き出して構えをとる――そして、足音すら立てぬよう、すり足でじりじりと魔王との間合いを詰めていく。
――永遠とも思える、わずか一瞬の静寂が流れた。
あとわずか、互いの間合いに入ろうとする――その瞬間、サイガが右足を大きく踏み込み、一気に距離を詰める。
だが、それと同時に魔王は頭上の鉄扇を振り下ろしていた。もの凄い勢いで振り下ろされる鉄扇をサイガは右腕を振り上げ受けようとする。
鋭く迫り来る鉄扇は、魔王が左手をわずかに捻ると、一瞬で大きく開いて、瞬時にそれは刃へと変貌した。
ザシュッ!!!
魔王の鉄扇がサイガの右腕を切り飛ばして肩まで食い込み止まる。
その瞬間、誰もがサイガの敗北を悟る。
だが、サイガの左手は、魔王の胸に深々と突き刺さっていた。
サイガは右腕を捨てる覚悟で貫手を放ち、確実に魔王の心臓を撃ち抜いていた。
……静寂の中、壮絶な戦いに幕が下ろされた。
僕たちは、急ぎ治療をするためサイガの元へと駆け寄った。
◆
胸に深々と突き刺さった腕を見る。
……負けてしまった。魔王たる私が負けてしまった。
この領地に住む家族や配下を幸せにする夢も終わってしまう。そして、人族との和平も……。
頭の中に、妹や両親、オテギネさんの顔が次々と浮かんでくる。まるで走馬灯のように――本当に死ぬ間際には、記憶が蘇るものなのね。
そんなことを思いながら、私はサイガの方を見た。瀕死の状態だった。鉄扇は深く切り込まれ肺にまで届いているかもしれない。
人族の治癒魔法でも完治は難しそうだ。生きるか死ぬかは五分五分といったところか……。
――どうせ、私の命はあと少し……最後に、あなたにすべてを託してみよう。
「サイガ、私の呪い、受け取って……」
(呪術:器死廻生 ⦅きしかいせい⦆)
私は自分の命と引き換えに第4段階の呪術を発動する。
(……サイガ、あなたの器は死んで生まれ変わるわ。出来れば、私の呪いが叶いますように……)
私たち二人は白い光に包まれ――そこで私の意識は途切れた。
◆
サイガの右腕はなくなり、肩からは大量の血が流れている。このままではサイガが死んでしまう。私は居ても立っても居られずサイガの元へ走り出した。
ただでさえ残り僅かな人生なのに、ここで終わってしまうかもしれない――そう思った瞬間、自然と涙がこぼれた。
――まだ、あなたに想いを伝えていない。
歳が一回り離れていようが、身分がどれだけ違おうが関係ない……。
――私はサイガが好きだ、大好きだ!
普段、無愛想だが、たまに見せる屈託のない笑顔。誰も知らなかった私の悩みに気付いてくれたことや、皆が気遣い遠巻きで様子を覗うのに遠慮なく接するところ――サイガへの想いで胸が溢れてくる。
私は一秒でも早く辿り着くように全力で走り続ける。
もう少しでサイガに辿り着く。……満身創痍で立っているサイガに駆け寄ろうとした――その瞬間、サイガと魔王を包み込むように光の柱が出現した。
「マヤ、危ない!」
天にも届きそうな光の柱に飛び込もうとした私をティアが止める。
「離しなさい、ティア! あの中にサイガがいるのよ!」
その手を振りほどこうとするが、ティアは離してくれない。思わず彼女を鋭く睨み、激しく言い放つ。
「いやよ、絶対に駄目! どんな危険があるか分からないのに行かせるわけないでしょ!」
それでもティアは首を横に振り、意地でもその手を離そうとしなかった。
そして、アルスもフォルも、私を止めようとした。結局、私たちが押し問答をしている間に、光の柱は徐々に薄くなり消えてしまった。
私は柱があった場所に視線を向ける――そこに居るはずのサイガと魔王の姿は消えていた。
何もない場所を呆然と見つめ、立ち尽くす私。
私の【占いの神の加護】でもサイガがどうなったか分からなかった。加護とて万能ではない。
知りたい未来を望んでも、答えてくれるわけではないし、確定した未来も存在しない。あくまで『占い』でしかない。
――どれだけの時間が経っただろうか。いまだに私はサイガがいた場所をずっと見つめていた。
ふと気がつくとアオたちも合流していた。アオに視線を向けると、スミノエ様に縋りつき泣いている。エンキ様は目を閉じて押し黙っている。
「みんな、聞いてほしい。一旦、人族領へ戻ろう……」
そんな中、アルスが声をかけて皆を見渡す。だが、その内容に私は納得できず、すぐに否定する。
「いやです。私はこのまま魔族領に残り、サイガを探します」
「ボクもお姉ちゃんと同じだよ。サイガを探すよ」
アオも私と同じ気持ちだったようで、即座に賛成すると同行を申し出る。だが、その意見に反対する者もいた――ティアとフォルだ。
「二人とも待って。何も情報がないのに闇雲に探しても見つからないわ」
「そうだぜ、ここは一旦、戻ろう。探すにしても人数が多い方がいい」
私やアオはすぐにサイガを探すと主張するが、ティアとフォルはアルスの意見を支持する。
そんな中、長命種であり年長者である二人が口を開いた。
「そうだな、フォルの言う通りだ。国に戻り、捜索隊なり何なり立ち上げてもらった方が良いだろう」
「癪だけど、エンキの意見に賛成よ。アイツの事だから意外とふらりと戻ってくるかもしれないしね」
エンキ様とスミノエ様も、やはり人族領に戻るように私たちを諭す。
「僕もアイツが死ぬはずがないと信じている。まずは、人族領に戻り態勢を整え、改めて魔族領に戻って来よう。それにスミノエさんが言った通り、アイツの事だから、ひょっこりと帰ってくるかもしれない」
アルスは努めて明るくそう言うと、私とアオを見つめる。
……確かに今は冷静になることが、大事かもしれない。私たちの国にはいないが、人探しに特化した魔法や加護をもった人がいるかもしれない。
アオに目を向けると、同じことを考えていたようでお互いに頷き合う。
「……わかりました。アルス、人族領に戻りましょう」
私の言葉にアルスは頷くと、すぐに皆に指示だして撤退の準備を始めた。
私は、サイガが最後に立っていたその場所を、ただじっと見つめていた。
――必ず、彼にもう一度会ってみせる。そして今度こそ、この想いを……必ず伝える。私は、静かにそう決意した。
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