046 サイド:魔王アメキリン(7)
サイガが死ぬ――今すぐではないが、長くても三年持てばいい。あまりにも衝撃的な内容に皆も動揺して固まっている。
特にアルスとマヤは見るからに顔色が悪い。このまま魔王と戦っても勝てないかもしれない。
比較的冷静なティアに視線を送り、最悪の場合は二人で戦う覚悟を決めようと、目で合図を送る。ティアも同じ気持ちだったようで、すぐに頷く。
俺はいつでも戦えるように槍を構え直した。
「……そうか、わかった。なら、問題ないな。この戦いまで持てば――それでいいさ。あと、親切に教えてくれたことに感謝する。たしか『雨麒麟』だったか」
サイガは魔王に礼を述べ、わずかに言葉を交わしたあと、凄まじい闘志をその身にたぎらせた。死を覚悟したサイガには一切の迷いは感じられない。
ただ、魔王を討伐するという意志だけが伝わってくる――俺も覚悟を決める。
「アルス、今すぐ雷魔法を撃て! サイガなら大丈夫だ。魔王の動きが鈍くなったと同時に二人で畳みかける!」
「だけど、サイガまで巻き込んでしまうかもしれない! これ以上、無理をしたらアイツの体は……」
俺の指示にアルスは、すぐに実行に移せず弱弱しい声を上げる。その様子にサイガの気持ちを代弁するかのように俺は叫ぶ。
「ふざけるな! アイツの覚悟を無駄にする気か! 今すぐ撃て!」
「そうよ、アルス、撃って! アイツはこの戦いに命をかけたのよ!」
俺とティアの言葉を受けて、悲痛な表情になりながらもアルスは魔法を発動する。
「雷雨 (ライトニング・アロー)」
魔王を中心に雷の雨が降り注ぐ。サイガも巻き込まれるかはギリギリのところだ。
羽織を頭から被り落雷を防ぐ魔王だが、無数に降り注ぐ雷をすげて防ぐことはできなかったようだ。
ところどころ火傷を負い、痙攣する腕を押さえるように羽織を締め直した魔王に、俺は猛然と突っ込んだ。
◆
上空にある魔素が干渉されていることを感知した私は、とっさに羽織を頭から被った。同時に上空から無数の雷撃が襲ってくる。
ある程度の被弾は覚悟していたが、雨で濡れた体に大量の電流が流れ込んでくる。感電がひどくて痛みや痺れで、しばらく動けそうにない。
(まずい……このままでは、勇者たちにやられてしまう!)
私は覚悟を決めて残りすべての魔素を使い、第3段階の呪術を発動する。
「呪術:鬼使魁勢 (キシカイセイ)」
私を囲むように三箇所で空間が裂けると、それぞれの裂け目から異形の鬼が現れた。
腕が四本ある赤鬼、大きな尻尾が生えた青鬼、腹部に禍々しい口がある緑鬼――三匹の鬼には顔がなく、刺青のように私の魔紋が刻まれていた。
生み落とされた三色の鬼が私に向かって疾走する赤髪の鬼人の行く手を阻む。突撃を防がれた鬼人は、忌まわし気に私を見ると――突然、槍を握り直して投げてきた。
凄まじい速度で飛んでくる槍を鬼たちも止めることができない。私は痺れで動かない体を強引に捻り、槍から逃れようとする。
ザシュッ!
鬼人が投げた槍が右肩の肉を抉り後方へ通り過ぎてゆく。致命傷は免れたが、躱し切れなかった。肩口を見ると傷は深く血が大量に流れている。
痛みに堪えながら、手を動かして確認する。骨や神経まで傷ついてはいないようだ。
三匹の鬼が鬼人を牽制している間に、袴の一部を引き裂いて傷口に巻き、出血を抑える。
既に第3段階の呪術を使い、体内にある魔素はほとんど使ってしまった。傷を癒す魔草『死免蘇花』を使いたくても、呪術を発動する魔素が体内にない。
いずれにせよ、呪術を発動し鬼たちを召喚しなければ、あの一撃で殺されていた。気持ちを切り替えた私は、肩の激痛に耐えながら、三匹の鬼に勇者たちの討伐を命じた。
◆
フォルが投げた槍が魔王を襲う。致命傷とは言えないが、深手を負わせることができた。槍は魔王を貫いたあと速度を落とし、俺の足元に突き刺さった。
アルスの魔法に巻き込まれ少し感電した体を無理矢理に動かし、無手となったフォルに槍を投げ返す。
鬼たちの攻撃に耐えていたフォルは、なんとか槍を受け取った。それと同時に、俺は魔王を無視してフォルのもとへ走る。
だが、一匹の鬼が俺に気がつき襲ってきた。
フォルに向かう俺に赤鬼は、爪を立てて斬り裂こうとする。俺は走る速度は落とさず、ギリギリまで引き付けて反転する。
赤鬼の斬撃を寸前で躱し、その脇腹に蹴りを叩き込む――だが、残る三本の腕が即座に防ぐ。
それすら織り込み済みだった俺は、受け止めた腕をさらに蹴り込み赤鬼を押し飛ばした。
勢いよく飛ばされた赤鬼は、残りの鬼たちにぶつかり、フォルへの攻撃を一瞬止める。その隙にフォルは後方へ下がって槍を構え、俺たちは自然と三匹の鬼を挟み込む形になった。
「サイガ、フォル、そのまま鬼たちを牽制してくれ! 僕もすぐにそっちに向かうから! ティア、マヤは魔王が治療できないよう、絶えず攻撃してほしい!」
アルスからの指示でそれぞれが動き出す。
ティアは魔法で氷の礫を放ち、マヤは弓を引き的を絞る。俺とフォルは鬼たちと着かず離れず一定の距離を保ちながら、アルスが合流するのを待つ。
「待たせてごめん、まずは鬼たちを片付けよう。一匹ずつ連携して倒して行こう」
アルスが到着すると、俺たちは三匹の鬼を囲むように位置取る。まずは俺が、前衛として鬼たちに突っ込む。
青鬼が尻尾を横薙ぎに振り、俺を狙って攻撃を仕掛けてくる。俺はあえてその攻撃を受けると、重い一撃が脇腹を襲う。
だが、歯を食いしばり耐えて尻尾を掴み思い切り青鬼を、赤鬼めがけて投げ飛ばした。
◆
僕たちが三匹の鬼を囲むと、すぐにサイガが突っ込んでいく。相変わらずの度胸に舌を巻く。
サイガは青鬼の一撃を受け止め、そのまま赤鬼に向かって放り投げた。ぶつかった二体は、そのまま折り重なって倒れ込む。
僕はすかさず飛び出し跳躍すると、うつ伏せで倒れた鬼たちに剣を突き刺す。すぐにフォルが緑鬼の動きを止めてくれることを確認すると、魔法を発動する。
「放電 (スパーク)」
僕が剣から大量の電気を流し込むと、青鬼と赤鬼が痙攣する。深々と剣が突き刺さった青鬼は黒く変色して崩れ去り、辺りに焦げた臭いが漂う。
放電に巻き込まれた赤鬼も感電したが、致命傷にはならなかったようだ。青鬼が消えたことで、自由となった赤鬼が襲いかかる。
仰向けに倒れていた赤鬼は起き上がりながら、僕を掴まえようとする。わずかに感電して動きが鈍くなった僕は、うまく避けることができず足を掴まれてしまう。
赤鬼が掴んだ足を引き倒そうとしたその瞬間、サイガが駆けつけ、頭部を蹴り上げて阻止する。
さらにサイガは、首が捩じれてあらぬ方向を向いた赤鬼の頭を掴むと、渾身の膝蹴りを叩き込む。
ゴキッ!
――骨の軋む音に、僕は思わず息を呑んだ。
嫌な音が響き赤鬼の首が折れる。だが、よろめいて少し下がっただけで、赤鬼は平然と立っている。
両手で頭を掴み元に戻そうとする赤鬼に、サイガが正拳突きで追撃するが、残り二本の腕に防がれる。
「アルス、こっちは俺が抑える。フォルと緑のヤツを倒せ!」
赤鬼と戦いながらサイガが指示を飛ばす。僕は急いでフォルの方を向く。すると、緑鬼に押されて苦戦するフォルが視界に入る。
その広い視野に感謝しながら、僕はフォルの元へと全力で駆けた。
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