045 サイド:魔王アメキリン(6)
――呪術は極めれば進化する。魔王はもちろん、上位の魔族は全員、呪術を持ち、さらに進化させている。
そんな呪術の奥深さを思い出しながら、私は黒髪の男に向けて、呪術を発動する。
「呪術:汽刺界征 (キシカイセイ)」
第2段階に進化した私の『呪術:汽刺界征』は大気にある水蒸気を針状に固形化して対象物を一斉に突き刺す。
大気中の水蒸気が多ければ多いほど、数が増え威力も増す。今日のような雨の日は、最大限に威力を発揮する。
呪術によって、大量の透明の針が男を包囲し襲いかかる。だが、男は呪術が発動したと分かると、すぐに猛然と私へと突っ込んできた。
予想外の行動に一瞬、体が固まり迎え撃てない。物凄い勢いで体当たりしてくる男を横へ跳び避けるが、わずかに掠り体勢を崩す。
慌てて距離を取って体勢を直すと、血だらけの男が目に入る。
かなりのダメージを受けた男は、すぐに攻撃を仕掛けることができず、なんとか構えをとるだけだった。
◆
血を流し過ぎたか……意識が朦朧とする。だが、まだ戦いは続いている。俺は気力をふり絞り魔王を睨み構える。
魔王が、信じられないものを見るような表情を浮かべている。ちらりとアルスに目をやると、魔王との距離が近すぎるのか、雷魔法を放つかどうか迷っている様子だった。
「あなた、本当に人間なの?」
魔王が急に声をかけてきた。何か思惑があるのか警戒するが、こちらとしても時間を稼げるのはありがたい。
少しでも動けるよう、治療魔法をかける。徐々に血が止まり、傷もわずかに塞がっていく。
――あと少し回復したい。
俺はできるだけ会話を引き延ばす。
「どういう意味だ? 人間以外の何に見える?」
「フフフ、そうね。まず、あなたの体って異常よ、魔族に近いわ。魔素を取り込めない人間なのに不思議よね」
その言葉に首を横に振り否定しそうになるが、真っすぐ魔王を睨みながら疑問をぶつける。
「……身内は人間だけだ。知り合いにも魔族はいない。どこが魔族に近いんだ?」
魔王は興味深げに俺を見つめながら、どう言葉を選ぶか悩んでいるような表情で口を開いた。
「どう説明すれば、いいのかしら。 今、あなたが使っている治癒魔法って、金髪の女の魔法とは少し違う。たぶん、普通の治癒魔法は体外の魔素を利用して治癒力や免疫力を向上させているのが普通だと思う」
そこで言葉を止めて、魔王はこちらの様子を伺うような視線を送る。それに頷きながら、俺は続きを促す。
「……けど、あなたは体内にある僅かな魔素を使って肉体を直接操作して治療している。これって魔族が魔素を取り込み肉体を強化させる行為に近いわ」
俺は今度こそはっきりと首を横に振って、魔王の言葉を否定する。
「意味が分からない。人族は魔素を取り込めないはずだ。体内に魔素があるはずがない。それに俺のやっているのは、あくまで治癒力を高めているだけだ。肉体を操作しているつもりはない」
俺の言葉に魔王は肩をすくめてみせる。そして、どこか子供に諭すように語りかける。
「そう、自覚がないのね。人族も体内に魔素はあるわよ。大気に魔素がある以上、呼吸をすれば肺に魔素が残るし、食事をすれば胃や腸に魔素が入る。あと、ごく僅かだけど皮膚呼吸でも魔素が入ってくるわ。その僅かな魔素を使って直接、細胞を操作しているのよ。あなたの魔法はね」
魔王の説明を聞いても、いまいち要領を得ない。俺とティアの治癒魔法に多少の違いがあっても、結果が同じなら問題ないはずだ。
それどころかティアの魔法よりも効果は低い。二つの魔法の違いが、俺の体が魔族に近いことと、どう結びつくというのか、さっぱり分からない。
俺の表情を見て、まだ理解できていないと分かったようで、わずかに口元を綻ばせながら、説明を続ける。
「ふふ、何も分かっていない顔ね。簡単に言うとあなたは治癒魔法や強化魔法を使うたびに少しずつ肉体を作り変えているのよ。素の身体能力なら人族の中でも飛び抜けているはずよ。竜人や鬼人をはるかに超えてね。……まあ、他の人族も強化魔法を使って、その差を補っているし、あなたが気付かないのも仕方ないのかな」
やはり魔王の言葉の意味が理解できない。せっかくの説明も分からなければ、意味がない。俺は魔王に説明の中の矛盾があると言い放つ。
「………素の力が上なら、同じ強化魔法が使える俺の方が、他の人族より上になるはずだが、そんなことはない。まあ、上位には入る自信はあるが、飛び抜けてはいない」
そう指摘しながら自らの肉体について考える。
――たしかに鍛錬を続けてきたおかげで、人間の中では上位に入るほどの力はあると思うが、獣人や鬼人ましてや竜人に勝てるほどの身体能力は持っていない。
以前、強化魔法抜きでフォルと腕相撲をしたときも、なんとかギリギリで勝てたぐらいだ。
俺が思案に暮れていると魔王が再び語り始めた。
「強化魔法も同じよ。あなたの魔法って、どうやって覚えたの? 間違いなく独学でしょ。勇者さんが使っている強化魔法は、物体に働く力を強化しているのよ。例えば、剣を振るときには、剣の速度を加速させ、切る瞬間は剣自体の強度を上げて重量を増やす……剣を振るという行為に働く様々な力を強化しているの」
どこか学校の教師のような口調で話す魔王に苦笑しようとして、俺は気を引き締め直して魔王を睨みつける。だが、それを軽く受け流しながら言葉を続ける。
「……けど、あなたの強化魔法は、単純明快、肉体を強化している。体内にある僅かな魔素を使い、骨や筋肉を強化して殴る、それだけよ。そして、無理やり強化され傷ついた肉体を治癒魔法で治す、以前よりも強い肉体としてね」
そこまで一気に言い切ると、魔王は俺が理解するまで待ってくれるようで、静かに腕を組んで黙った。
なるほど、たしかに俺の魔法はすべて独学だ。貧しさゆえに学校へは行かず、すぐに冒険者になって家計を支えてきた。
そのとき、他の冒険者が使っている魔法を見よう見まねで試しているうちに、なんとなく傷が治り始め、力も増していった。
――だが、結果的に強くなった。
今も魔王の攻撃に耐えて、前衛を維持できている。魔族に近い肉体を持っていようが、俺は人間だ。
たとえこの身体が魔族に近かろうと――仲間を守れるなら、それでいい。もう、時間も十分に稼いだ。会話は不要。俺は拳を強く握り直して腰を落とす。
こちらが会話を止め、戦闘に気持ちを切り替えたのは魔王にも分かったはずだが、さらに言葉を重ねた。
「あなた、このままだと死ぬわよ。長くても2~3年ぐらいかしら?」
◆
サイガが魔王と会話をして時間を稼いでいる。私は会話に耳を傾けつつ、静かに矢の補充を進めていた。
なるほど、サイガの人間離れした身体能力は、特殊な魔法の運用から生まれたものだったのね……。素敵です。
だが、さすが魔王というべきか、サイガの魔法の特殊性をすぐに見抜くとは――私たちでも気付かなかったのに。……少し悔しい。
サイガが会話を引き延ばしている間に、皆もそれぞれ、魔王に注意を払いながら、水分を補給し、装備を整えている。
サイガも戦えるまで回復したのだろうか、会話を止めて攻撃を仕掛けるための構えをとる。
だが、魔王はそんな私たちを無視して衝撃的な言葉を放った。
「あなた、このままだと死ぬわよ。長くても2~3年ぐらいかしら?」
その俄かに信じられない内容に、サイガもわずかに動揺したのか、肩が小さく動いた。
――サイガが死ぬ? どういうこと? だめ……頭が真っ白になる。考えがまとまらない。
私は混乱する頭を必死に落ち着かせるために、深く呼吸を繰り返していると、サイガが魔王に向かって静かに問いかける。
「どういう意味だ? 特に病気もしていないし、寿命を迎えるほど年老いてもいない。俺に何か呪術でもかけたか?」
サイガの言葉に魔王は、ゆっくりと首を横に振り、重く低い口調で答える。
「いいえ、簡単な話よ。無理やり何度も作り直され、異常な成長を遂げたあなたの体はもう直ぐ限界がくるわ。限界を過ぎたら、あとは急速な老化が待っているだけ。治癒魔法でも老化を止めることはできない。予想だけど、きっと、あなたの魔法は人族の中でも外法や邪法として封印か秘匿されているんじゃないかしら?」
魔王の言葉の一つひとつが私の胸に突き刺さる。あと少しでサイガが死ぬ。もし本当なら魔王討伐なんて、もうどうでも良い。
――今すぐサイガを連れて国に戻り助けたい。
弓を握る手の指先から、じわじわと冷たさが這い上がってくる。後ろからではサイガの表情を見ることができない。
今、サイガは何を思っているのだろうか。すぐに駆け寄り声をかけたい。
周りを見渡すと、誰も動揺からか微動たりしない。
そんな中、サイガだけは深く頷き、そっと口を開いた。
「……そうか、わかった。なら、問題ないな。この戦いまで持てば――それでいいさ。あと、親切に教えてくれたことに感謝する。たしか『雨麒麟』だったか」
そう言って場違いにもサイガは、魔王に向かって深々と頭を下げた。その姿に魔王は目を見開き、すぐに微笑みを浮かべた。
「ふふ、あなた、本当に面白いわね。魔名も覚えていてくれてたんだ。最後に名前を教えてくれる?」
「ああ、もちろんだ。俺はサイガ。シュバルツ帝国軍所属、魔王討伐隊・前衛小隊長のサイガ・シモンだ!」
『最後』――その言葉が、胸に重く突き刺さった。
再び名乗り合った二人は、もう言葉は不要とでもいうように互いに、闘志を燃え上がらせる。
その様子を私はただ、呆然と眺めることしかできなかった。
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