044 サイド:魔王アメキリン(5)
私が攻撃の機会を伺っていると突然、サイガとフォルが体中から血を吹き出し倒れた。急いでアルスに視線を向ける。
――大丈夫なようだ。
倒れている2人には悪いと思いつつ、少しだけ安堵する。
魔王が呪術を発動したのは分かったが、獅子は出現しなかった。その代わりに二人が血まみれになり倒れている。
確かに魔王は言ったはずだ――呪術:『キシカイセイ』と。
私が魔王の呪術に意識を奪われていると、倒れた二人によって射線が通り、マヤが魔王に矢を放った。
余裕を持って鉄扇で防ぐ魔王に速射や剛射、放射など変化をつけて射ち続ける。
その連射に徐々に余裕が無くなってきた魔王に、アルスが射線の外から切り込む。魔王は堪らず大きく後ろに下がると同時に呪術を発動して獅子を呼び出す。
アルスが攻撃に備えるが、獅子は襲って来ず魔王の前に座り弓矢を防いでいる。
魔王が後ろに下がった瞬間に、サイガが起き上がり、フォルを抱えて走り出した。
魔王に背中を見せて全力で走るサイガを守るため、アルスが牽制の雷魔法を放つ。魔王を狙った雷は獅子に防がれ、二つとも宙に霧散した。
その隙に私の元に辿り着いたサイガは、フォルを地面に置き治療を頼む。
「ティア、急いでフォルに治癒処理を! もし無理そうならアルスに頼め。マヤはこのままヤツを威嚇してくれ。俺もすぐに前衛に戻る!」
「ちょっと、待ちなさい! アンタは大丈夫なの、血まみれじゃない!」
私たちに指示を出しながら、すぐに起き上がり戦いに戻ろうとするサイガを呼び止めた。だが、サイガは血まみれのまま、平然と口を開いた。
「あぁ、大丈夫だ。とっさに全身の筋肉に力を込めたおかげで、ヤツの攻撃を抑えることができた。……詳しくは分からないが、針のようなもので全身を突かれた感じだった。見た目は酷いが、そこまで深い傷は無い。じゃあ、フォルを頼む!」
すぐにアルスの元に走り出したサイガを見送る。同じ人間とは思えない頑丈な男。肉体的に人よりも優れている鬼人のフォルでさえ立ち上がることが出来ずにいるのに、すぐに戦いに復帰してしまった。
呆然と見送る私を尻目にマヤが弓で魔王を威嚇している。私も気を取り直してフォルを診る。
鎧のおかげで、心臓や内臓といった重要な部位は無事のようだ。ただ、露出していた頭や腕には深い傷がいくつかあった。
――でも、これなら私だけで処置ができる。
そう確信した私は素早く荷物から薬箱を取り出し造血剤や塗り薬を見つける。
そして、フォルの意識が戻ったことを確認すると、造血剤を飲むように促し、その間に私は、傷が酷いところに薬を塗っていく。
――この塗り薬はスライムを研究する過程で発明された万能薬だ。
全ての魔物の起源とされるスライムの細胞は、全種族の細胞に分化する能力を持っていた。
それに目をつけた研究者が人間にも応用ができないかと研究し、人間の細胞にも分化する万能細胞を作り出した。
ただし、塗るだけでは意味はなく、治癒魔法と併用することで、その効果を発揮する。
フォルが造血剤を飲み終えたことを確認した私は、全ての箇所に薬を塗り終えて、治癒魔法を発動した。
「治癒 (リカバリー)」
その瞬間、フォルの全身を青白い淡い光が包む。大気に漂う魔素が万能細胞を肉体に作り変え、造血剤と魔法によって失われたはずの血も戻り血色がよくなる。
自力で立ち上がったフォルを見て、果糖をふんだんに混ぜて作ったパンを渡して食べさせる。
その間に、回復魔法をかけつつ簡単に状況を説明する。魔法と食事で体力も回復したフォルは感謝を述べると、すぐに戦線に復帰した。
◆
フォルをティアに預けた俺は急いで、魔王と戦っているアルスの元に向かう。走りながら治癒魔法をかけて出血を止める。
アルスやティアのような最先端の医薬品を併用した高度な治療魔法ではないが、多少の効果はあるはずだ。修行中の大抵の傷は、これで治していたのだから。
ティアがフォルの治療に集中できるよう、アルスが猛烈な剣戟で魔王を後退させる。
俺もアルスに加勢するため二人に近づくが、目の前で繰り広げられる壮絶な戦いに、その隙が見つけられない。
さすが魔王というべきか――剣聖の称号も持つアルスの剣を鉄扇だけで見事に防いでいる。
マヤが時折、弓で攻撃を仕掛けようとするが上手く立ち位置を変えられて、巧みに射線を切っている。
とはいえ、魔王がいつ例の呪術を発動するかわからない状況で、アルスに前衛を任せ続けるわけには行かない。
この中で唯一雷魔法を使えるアルスは、俺たちの生命線だ。多少強引だが二人の間に割って入る。
「アルス、一旦下がれ! 前衛は任せろ! フォルもすぐに戦線に戻るはずだ。お前は全体の指揮しながら、雷魔法を発動する隙を作れ!」
突然、目の前に割って入った俺に、二人は一瞬動きを止めた。その隙に大声で指示を出すと、すぐにアルスは了解する。
「わかった、頼む! サイガ、傷は大丈夫かい? あまり無理はしないで!」
後方に下がりながら気遣いの言葉をかけるアルスに親指を立て安心させるように言葉を返す。
「ああ、大丈夫だ。気休め程度だが、自分で治癒魔法をかけた。血はもう止まっている。俺はいいから、早く下がれ!」
魔王の鉄扇を捌きながら、アルスを後方へと退かせる。正直、魔王の攻撃を避けるだけで、こちらから攻撃を仕掛ける余裕はない。
アルスはこの魔王相手に互角以上によく渡り合えたものだと感心する。だが、このまま後手に回っていては、いつ例の呪術を発動されるか分からない。
俺は被弾覚悟で魔王の懐に飛び込んだ。
◆
黒髪の男が勇者と入れ替わり剣から無手へと攻撃が切り替わる。鉄扇よりもさらにリーチが短い無手では話にならない。
男の正拳突きを叩き落とし、そのまま顔面へ鉄扇を打ち込む。男は半身になってぎりぎりで躱すが、鼻先を掠めて鼻血を吹き出した。
その隙に私が容赦なく追撃を仕掛けると男は、防戦一方となった。
鉄扇を開けば横薙ぎの斬撃で男の首を襲い、閉じて打ち下ろせば打撃となって骨を砕こうとする――その変幻自在の攻撃を、男は必死に避け続けていた。
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……おかしい。男が防戦一方になってから、どれほどの時間が経ったのだろう。延々と攻撃を浴びせているのに、決定打を与えられない。
それに気のせいか、男の動きが徐々に速くなっているような気もする。加えて、何という体力をしているのだろうか、攻撃しているこちらの方が、先に体力が尽きそうだ。
私の攻撃がわずかに甘くなった瞬間、男は素早く踏み込み懐に飛び込んできた。鉄扇からの猛烈な振り下ろしに耐えながら、男は地面すれすれから思い切り拳を振り上げた。
とっさに追撃を止めて鉄扇を広げて、腹部を庇い直撃は防いだが、とてつもない力に吹き飛ばされた。
人間とは思えない膂力に驚く。だが、飛ばされたことで十分な距離を取ることができた。私は着地すると同時に呪術を発動した。
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