043 サイド:魔王アメキリン(4)
アルスを先頭に屋上へ上がると、魔王が待っていた。夜はまだ明けず、雨も降り続いている。
俺はアルスの隣に並び魔王を見据え観察する。とても落ち着いていて貫禄を感じさせるが確かにまだ若い。マヤやアオと変わらない年齢だろう。
腰まで伸びた白髪は、雨に濡れて一層の艶を放っていた。少しつり上がった目はきつい印象を受けるが、逆に弓形の眉は優しさを感じさせて絶妙なバランスを保っている。
人族にはない銀の瞳は幻想的で、奥に強い意志が宿っていた。マヤやアオに負けず劣らず美しい容貌をしてる。
敵と分かりつつ、ついその美しさに目を奪われてしまった。
…………マヤの方から恐ろしいほどの殺気が伝わってくる。魔王との戦いに、闘志を燃やしているのだろう。
――俺も見習わなければ。
他の皆も戦いへ向けて気持ちを高めている。昨日から降り続いた雨で大気は多くの水分を含んでいる。
そして、魔素や微細なゴミに埃も混じり、周囲の空気の電気の伝導率を大幅に上げている。アルスの雷魔法を最大限に活かす環境は整っている。
俺たちも鎧や靴、手袋の内側にはゴムや絶縁油を染み込ませた布を仕込んで対策は完了済みだ。
いくら雷魔法に指向性を持たせても、これだけ周りが濡れていれば、電撃に巻き込まれる可能性は高い。
全員の準備が整ったのを確認し、アルスに声をかけた。
「アルス、準備はいいか? そろそろ始めよう」
「あぁ、そうだね。魔王アメキリン、君を討伐させてもらう!」
アルスが魔王に宣誓する。魔王は余裕の表情で、わずかに笑みを浮かべてこちらを見据えていた。
アルスが腰から剣を抜き、切っ先を魔王に向ける。その後ろには、遊撃を任されたフォルは槍を両手で持ち腰を落として、いつでも戦える姿勢をとっている。
さらに後衛のティアとマヤは、十分な距離を取り、それぞれの武器を持ち、いつ戦闘が始まるか様子を伺っている。
最後に前衛の俺は、先頭に立ち魔王に拳を向けて構えた。
◆
私に討伐を宣誓した勇者たちが陣形を整えて攻撃に備えている。
問答無用に攻撃しても良かったが、妙に礼儀正しい勇者たちに無礼を返すのは、何かに敗けたような気がして――私は躊躇した。
彼らが攻撃の準備を終えるのを、悠然と眺めていると無手の男がゆっくりと前へ出てきた。
年長者だろうその男は私に拳を向けて構えを取る。……魔人でも珍しい格闘家のようだ。少し黒髪の男に興味を持つ。
だが、これから死にゆく者に興味を持つのは無意味だと、自嘲気味に笑った。
――もう、そろそろ良いだろう。
勇者たちには十分に時間を与えた。こちらも彼らに対して魔王が行う決闘前の口上を述べる。
「我が名は魔王アメキリン! 魔神様より魔名『雨麒麟』を賜りし、八王の一角。魔族に仇なす者よ――全力をもって迎え撃ち、死力を尽くして戦いましょう!」
私の言葉に勇者たちは、構えに力が入り緊張が伝わってくる。
――先手はこちらに譲ってもらう。
「呪術:気獅塊勢 (キシカイセイ)」
私が呪術を発動すると、目の前に魔素の塊でできた獅子が現れる。赤い半透明の獅子に勇者たちは動揺するが、問答無用で攻撃する。
私が念ずるだけで魔素の獅子は勇者たちに猛然と突っ込んでいく。
獅子の猛突進に攻撃は間に合わないと悟ったのか、黒髪の男は両腕を交差し防御の構えを取る。そして大声で叫んだ。
「俺が受ける! 動きが止まったと同時に攻撃しろ! マヤ、ティアは魔王の動きに注意してくれ!」
その男が勇者たちに指示を出した直後、獅子と衝突して大きな音とともに後方に吹っ飛んだ。
獅子は衝突すると同時に大気の中に霧散して消える。それに攻撃をしようとした構えていた勇者たちは唖然としている。
――『呪術:気獅塊勢』は、獅子の形をした魔素の塊を出現させ命令できる。
命令が遂行されると同時に消えてしまうが、消える直前の事象は引き継がれ、相手に影響を与える。
例えば、さきほどのように衝突と同時に獅子は消えたが、その衝撃だけは残り、男は後方に吹き飛ばされた。
ちなみに、獅子の形に深い意味はない。呪術とは、そういうものだ。私が習得した時から、すでにこの形だった。
魔法のような理屈は存在しない。呪術とは技術ではなく固有の能力だと言ってよい。
吹き飛ばされた男を見ると、すぐに起き上がり構えをとる。信じられない頑丈な男にわずかに目を見開く。
魔人でさえ、あれほどの頑丈さを持つ者はそう多くない。
また少しあの男に興味が湧いた。
勇者は男の無事を確認すると、私に手をかざすと魔法を発動した。
◆
サイガが魔王の攻撃を受けると同時に後方に飛ばされた。かなりの距離を飛ばされたが、すぐに起き上がり構えをとる。
多少のダメージはあるようだが、サイガは小さく頷いて見せた。問題はなさそうだ。そして視線を戻すと、いつの間にか、半透明の獅子は消えていた。
……アオが使う精霊魔法とは違うようだ。とにかく敵の攻撃を解析する余裕はない。先制を許してしまった。これ以上は後手に回らないようすぐに魔法を発動する。
「電撃 (ライトニング)」
魔王に向かって放った魔法は光の速さで標的を襲う。
魔法が放たれたと分かると、すぐに庇うように長い袖で顔を隠す魔王。
雷撃は魔王を直撃したが、紫の羽織に阻まれ、大したダメージにはならなかった。あの紫の羽織も特別な素材で出来ているのだろう。
しかし、攻撃が防がれるのは想定済みだ。すぐにフォルが距離を詰めて魔王に槍を突き出す。
電撃の痺れが残る魔王は、ぎりぎりでフォルの一撃をかわした。だが、わずかに体勢を崩してしまい、その隙を見逃さずサイガが全力で走り出す。
一気に距離を詰めたサイガは、正拳突きを繰り出すが、魔王は鉄扇を広げて受け止める。
不安定な体勢で正拳を受けた魔王は、よろめきつつ数歩、後退した。皆が追撃を仕掛けようとするが、お互いが微妙な位置関係にあり躊躇する。
魔法に巻き込む危険があったり、攻撃の射線上に味方がいたりと誰も攻撃できない。魔王はその隙を逃さず、後方へ跳んで距離を取った。
魔王の表情に余裕が消えて凄みが増した。その様子に皆がさらに警戒を高める。
だが、魔王が何かを呟いた――その瞬間、サイガとフォルが全身から血を噴き出し、地面に崩れ落ちた。
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