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042 サイド:魔王アメキリン(3)

作戦の最終確認をしていると、動物たち(あいつら)が戻ってきた。まずは労いの言葉をかけ、撫でてやる。


すると、最初にトリが、アオとスミノエが敵を城の外へ誘導していると伝えてくる。それに続き、ヘビがエンキは黙々と追っ手を阻むための罠を仕掛けていると教えてくれた。


そして、最後にネズミが、部屋の先の様子を(しら)せてくれる。


すべての情報を聞いた俺は、アルスに向かって語りかける。


「アルス、この先には魔人が一人だけいるらしい。……多分、そいつが魔王だろう」

「そうか。フォル、ありがとう。……少し様子がおかしいけど、大丈夫かい?」


アルスはすぐに俺の声の違和感に気づき、それは何かと尋ねてきた。


「いや、大丈夫だが……。その魔人というのが女らしい。しかも、年頃は十代半ばで、マヤやアオと同じくらいの少女に見えるらしい」


俺の報告に、全員が言葉を失った。


魔王が魔人である可能性は、予想していた。守る兵は魔人が多く、城内も人が暮らすための環境になっていたからだ。


だが、コボルトやミノタウロスのような人型の魔獣や、魔蟲である可能性も考えていた。それがまさか、成人にも満たぬ少女だとは……。


誰も何も言えず黙っていると、サイガが口を開く。


「おい、アルス。どうする? 作戦通り戦うのか?」

「ちょ、ちょっと待って、サイガ……。少し考えさせてほしい。想定外のことで、混乱してるんだ」


その性急な問いに、アルスが慌てたように答える。俺たち全員がサイガを見つめると、アイツは小さく呟いた。


「……そうか、わかった。結論が出たら教えてくれ」


サイガはそれだけ言うと胸元で腕を組み目を閉じた。


アルスに視線を向けると、明らかに動揺していた。ティアは心配そうに見守っている。隣に座るマヤは――無表情で、何を考えているのか分からない。


沈黙が流れる。


俺は動物たちに餌を与えながら、ただ状況を見守るしかなかった。


――だが、時間の余裕はないはずだ。



そう思い口を開こうとした、そのとき。目を閉じていたサイガが口を開いた。


「アルス。ここは一旦、退却だ。今のお前に、俺たちの命は預けられない」


その言葉に、全員が驚いた。とくにアルスは、完全に取り乱していた。


「何を言ってるんだ、サイガ! ようやくここまで来たんだ。魔王討伐まで、あと少しなんだぞ。ここで退却なんて……あり得ない!」


アルスが叫ぶように訴える。だが、サイガは小さく首を横に振り、静かに言葉を返す。


「だが、今のお前は迷ってる。もう、魔王は目の前にいるというのに」

「……迷ってる。そうだね、確かに迷ってるよ。相手はまだ成人もしていない少女かもしれない。その命を奪うことに、平気でいられるわけないじゃないか!」


サイガの言葉に、アルスは正直に答えた。俺も、同じく子供を殺すことに抵抗がある。だが――


「そうだな、俺も嫌だ。だが、相手は魔王だ。……殺すべき『理由』があるはずだ。その理由を無視して、感情だけで判断してないか?」


サイガは、いつになく感情を込めて語っていた。それは、まるで自分自身に言い聞かせるような声音だった。


アルスは黙り込む。だが、サイガは言葉を止めない。


「俺たちは、なぜ魔王を討たねばならないんだ? 世界のため、人族のため――そうじゃないのか? ここまで戦って死んでいった奴らは、そのために命を懸けて、俺たちに託したんじゃないのか?


相手は子供かもしれないが……それでも、魔王だ。今まで殺してきた魔族の親玉なんだぞ。一体お前は、何のために戦って――」


パシッ!


ティアが、サイガの頬を叩いた。そして、睨みつけている。


サイガはそれを受け止めるように、ティアの目を真っすぐ見返す。


「サイガ、これ以上は許さない! アルスを追い詰めて、何がしたいの!」

「…………」

「黙ってないで、何か言いなさいよ! さっきまでは、ベラベラ喋ってたくせに!」


ティアがサイガに詰め寄る。だが、サイガは何も言わず、ティアを見つめ続けていた。


最悪の空気が流れる中、アルスが叫ぶ。


「二人とも、もうやめてくれ! これは僕の責任だ。サイガは悪くない。これは……僕の『覚悟』の問題なんだ」


そして、目を閉じたアルスは、静かに――けれど確かな意志で語った。


「……決めたよ、サイガ。僕は、魔王を討伐する」


その言葉に、サイガは無言で頷く。


ティアは半泣きになりながら、まだサイガを睨んでいる。


マヤは、いつも通りの無表情だった。


……ともかく、決まったのだ。俺たちは、戦いの準備を整え、魔王が待つ部屋へと向かった。





外を眺めていると、扉を叩く音がした。配下の者たちはほとんど撤退したはずだ。ならば、城に侵入した賊ということになるだろう。


入室を許可すると、人族と思しき男女が五人、慎重な足取りで部屋に入ってきた。先頭に立つのは、銀髪の気品ある青年と、鋭い眼差しを持つ黒髪の男。


その後ろに赤い髪を無造作に伸ばした男が続く。……髪の隙間から見える角から鬼人だと分かった。


最後に金髪で派手な顔立ちの女と黒髪のおしとやかな雰囲気を持つ女が部屋に入る。対照的な二人だが、ともに年若く容姿は非常に整っており美少女といっていい……少しだけ悔しい。


まじまじと賊たちを観察していると、銀髪の男が声をかけてきた。


「いきなり襲撃してすまない。君が魔王なのかい?」


銀髪の男が面白いことを言う。いきなりもなにも、突然襲撃しておいて、「すまない」とはどういう意味だ。


謝るぐらいだったら襲撃なんかしなければいい。どれだけこちらが迷惑を受けたと思っているのか。


――だが、なぜ奴らは問答無用に攻撃をして来ない?


わざわざ扉を叩き入室の許可を得るまで部屋の前で待っていた。これから殺し合いをするのに場違いな律儀さに思わず笑みが零れる。


「ふふ、面白いことを言うのね。謝るぐらいなら、最初から襲ってこなければよかったのに。……それに、人に何かを聞くなら、まず自分から名乗るのが筋じゃないかしら?」


少しだけ目の前の人族に興味を持った私は、緊張しながらも笑顔で語りかけた。


「確かにそうだね。僕はアルス。人族で勇者の称号を持っている。魔王討伐のため、魔族領に来た。君が魔王なら討伐することになる。……改めて聞くよ、君は魔王かい?」


銀髪の男が魔王かどうか尋ねてきた。魔王なら討伐するというのに、素直に答えると思ったのだろうか。あまりにもふざけた言葉に挑発するようなことを言ってしまう。


「……ええ、そうよ。私が魔王アメキリン。念願の魔王が目の前にいるわ。……さあ、さっそく殺し合いでもする?」


その言葉にも銀髪の男は律儀に頷き、静かに答える。


「そうだね、君が魔王なら討伐させてもらうよ。すまない、恨んでくれて構わない。君たちがいると世界に良くないことが起こるんだ」


私は銀髪の男の言葉を聞きながら、溜息を吐きそうになる。なにが「世界によくないことが起こる」だ。具体的に何が起こるか教えてほしい。


そう思いながら、どうせ何も答えてくれないと思った私は、銀髪の男に言葉を返す。


「そう、世界の為なら仕方ないわね。ちなみにあなた達がいう世界には魔族はいないのね……。まぁ、いいわ。だけど、一つだけお願いを聞いてくれる?」

「………。わかった。なんだい?」

「もし、私が殺されても配下の者たちは見逃して。彼らは魔王じゃないから問題ないでしょ?」

「もちろん、そのつもりだよ。僕たちも無用な殺生はしたくない」


――やはり、この銀髪の男はどこかズレている。この男にとって無用な殺生とは何か聞きたくなる。


だが、何も返ってこないと思った私は皮肉を込めながら口を開いた。


「フフフ、無用な殺生ね。今まさに殺そうとしている私の前でよく言えるわね。けど、配下たちの命を保証してくれたことには感謝するわ。ありがとう、じゃ、行きましょうか?」

「どこへ?」


その提案に首を傾げながら尋ねる男に私は軽い口調で答える。


「この部屋じゃ、お互い狭くて戦えないでしょう。それにここにはお気に入りの小物や調度品があるの。戦いで壊されたら、堪ったもんじゃないわ」


そして、銀髪の男たちに部屋を出るように告げると、返事を待たず城の屋上へと向かう。


後ろから彼らの足音がついてくる。いまさら不意打ちなど仕掛けてこないだろうという、妙な信頼感に自分でも苦笑しながら、私は静かに階段を上がった。


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