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041 サイド:魔王アメキリン(2)

深夜、扉を激しく叩く音で目を覚ます。ベッドから起き上がり、ガウンを羽織って入室を許可すると、扉が乱暴に開かれた。


「アメキリン様、大変です! 何者かが侵入した模様です。すでに城内まで入り込んでおり、こちらに向かっているかもしれません。今すぐ逃げてください!」


転がるように飛び込んできた部下は、叫ぶように報告を終えると、すぐさま退避を促してきた。


「逃げるって……急に何を言ってるの? 落ち着いて。今の状況を、もう少し詳しく教えて」


私は慌てふためく彼を宥め、詳細な報告を求める。


「すみません……。動揺してしまって。まず、人族と思しき者たちが強力な魔法で正門を破壊しました。迎撃に出た警備兵の多くが爆風に巻き込まれて戦闘不能に。幸い死者は出ていませんが、兵の大半が正門に集まっていたため、いま動ける者は十名ほどしかおりません……」


眠気を追い払いつつ、私は迅速に情報を整理する。


――やはり、山火事は陽動だったか。近衛兵が不在の今を狙った、周到な侵攻だ。


近衛兵たちは無事だろうか――そんな思いが胸をよぎるが、今はこの城を守ることが先決だ。


「……死者が出ていないのは不幸中の幸いね。それなら、あなたたち文官は負傷兵とともに城から撤退して」


だが、その指示に、彼は即座に反論する。


「それはどういう意味ですか!? 我々が囮になって、貴女こそ逃げるべきです!」

「いいえ。配下を守るのは、魔王の責務よ。それに、あなたたち全員より、私ひとりのほうが強い。……正直に言うと、あなたたちがそばにいると、戦いに集中できないの」


冷たく聞こえただろうが、これが事実だ。報告に来た文官は口を噤み、悔しさに肩を震わせている。


……彼らを囮にして逃げたとしても、侵入者たちは必ず私を追ってくる。そのとき、彼らには時間稼ぎすらできないだろう。


――つまり、犠牲になるだけなのだ。


「……ごめんなさい。でも、私はあなたたちを犠牲にしてまで生き残りたくない。そんなことをすれば、私が魔王になった意味がなくなるわ。お願い。ここは撤退して」

「ですが……!」


私は有無を言わせぬ眼差しで文官を見つめた。しばしの沈黙ののち、彼は苦渋の表情でうつむきながら答える。


「……分かりました。撤退の準備に入ります。ですが……必ず、生きて。また私たちを導いてください!」

「ええ、もちろん。また、必ず会いましょう」


泣き縋るような表情で言葉を紡ぐ彼に、私は笑顔で応え、撤退の準備を急ぐよう促した。


彼が部屋を後にしたことを確認し、隣室で控えていた侍女を呼び寄せ、戦いの準備を始める。


肩を露出させた黒の上衣に、やや細身の袴。その上に紫の羽織をまとい、腰に愛用の鉄扇を差す。


侍女の手際の良い補助のおかげで、支度はすぐに整った。


私は、これまで世話になった侍女に礼を述べ、妹宛ての手紙を託す。そして、最後にこう命じた。


「文官たちのもとへ行って、彼らと一緒に城を出なさい」


侍女は深々と頭を下げると、静かに部屋を去っていった。





マヤの占星魔法で、城の正門を破壊して侵入に成功する。


城内の魔族たちは、アオやスミノエさんがうまく誘導してくれていたおかげで、敵と遭遇せずに中へ入れた。


魔族の中でも魔人は、僕たち人族と見た目がほとんど変わらない。だから、なるべく傷ついた姿は見たくなかったし、傷つけたくもなかった。


――正門の爆発に巻き込まれた魔人たちには、申し訳ない気持ちがある。けれど、それ以上に自分の甘さに苦笑してしまう。


そんなことを考えながら走っていると、サイガが声をかけてきた。


「アルス、追っ手は来てないようだ。エンキのおかげだな。あのオッサンの罠は、ほんと厄介だからな」


振り返ると、サイガは後方を確認しながら状況を伝える。すると今度は、ティアがその言葉を引き継いだ。


「そうね、アルス。今のうちに少し休憩しましょう。マヤもまだ疲れているようだし、回復魔法をかけてあげたいわ」


それにすぐ反応したのがサイガだった。僕に頷きながら、こう言ってきた。


「俺も賛成だ。『流星降雨メテオ』だったか……あれは凄まじかった。マヤ、大丈夫か?」


そう言ってサイガが後ろを振り向くと、マヤは俯いたまま小さく頷いた。


――強力な占星魔法を使ったせいで、マヤはかなり精神を消耗していた。だからサイガが彼女を背負って、ここまで運んでくれていた。今も、まだそのままだ。


サイガは心配そうにマヤを見つめているが、彼女は顔を伏せたまま何も言わない。表情はよく見えないけれど、顔が赤い……耳まで真っ赤だ。……なぜ?


とにかく、サイガとティアの意見は正しいと思う。魔王と戦う前に、体力は少しでも回復させておきたいし、作戦の最終確認もしておきたい。


敵地ではあるけれど、多少のリスクを冒してでも休むべきか――そう考えていた時、フォルが声をかけてきた。


「アルス、俺も休憩には賛成だ。その間に、こいつらに先の様子を探らせてくる。それにここなら、扉を塞げば追っ手の心配も減るだろ?まぁ、自ら退路を塞ぐことになるが、それくらいの危険は仕方ないと思うぜ」


フォルの言葉にうなずきつつ、僕は部屋の様子を見回す。


――たしかに、ここならしばらくは休めそうだ。


「……うん、そうだね。一旦、休憩しよう。マヤにはここでしっかり回復してもらおう。ティア、回復魔法をお願いできる? 僕とサイガで扉を塞ぐ。フォルには、あの子たちに偵察を頼んでもらえると助かる」


仲間に指示を出すと、僕はサイガの元へ向かう。サイガはティアにマヤを預けると、こちらを振り返り、部屋の隅を指さした。


――大きなクローゼット。なるほど、扉を塞ぐにはちょうどいい。


僕が手伝おうと近づくと、サイガが手を上げて制しながら言った。


「いや、この程度なら俺ひとりで十分だ。アルスも体力は温存しろ。前衛の俺とは違って、お前の雷魔法は今回の作戦の要なんだからな」


そう言うとサイガは、クローゼットをひょいと持ち上げ、扉の前に運ぶ。途轍もない膂力に、僕は呆然とする。


僕が驚いている間にサイガは、テーブルやチェストも次々と運び、扉の前に積み上げていき、いつの間にか、入口には巨大な障害物の山ができていた。


「ふぅ……これで、追っ手が来ても多少の時間稼ぎにはなるだろう。みんな、休憩してくれ。見張りは俺がやるから」


満足そうにひとり頷いたサイガは、僕たちに休憩を促す。


「いやいや、サイガ、まずは君が休まなきゃ。大半の魔族はアオやスミノエさんが外に誘導してくれてるし、城内に残った者もエンキが抑えてる。見張りは問題ないよ」


僕は慌てて彼の申し出を却下する。いくら体力があっても、無茶し過ぎだ。


安全が確認できたところで、見張りを買って出たサイガにも輪に入ってもらい、僕たちは魔王討伐に向けた最終確認を行った。





配下の者たちが無事に撤退できているか、私は自室の窓から外の様子をうかがっていた。


正門前の広い庭園では、黒髪の少女が土でできた蜘蛛を操り、兵たちを城へ入らせないよう立ち回っている。


――どうやら、魔法だけでなく、それ以外の能力も使っているようだ。


また、エルフと思しき女は祝詞(のりと)のような言葉で、どこか神聖な旋律を歌っている。その声を聞いていると、胸の奥から漠然とした不安や恐怖が湧き上がってくる。


だが、黒髪の少女は平然とした様子を崩さない。……おそらく、魔族にしか効果のない術なのだろう。


――魔法というよりも、呪術に近い。


兵たちには撤退命令を出しているが、彼女たちはこちらに極力被害を出さぬよう、城の外へと誘導してくれているようだった。


この様子なら、配下の者たちも無事に撤退できるだろう。


――敵である彼女たちに、自然と感謝の念が湧いた。


しばらく外を眺めていると、扉を叩く音がした。配下の者たちは、ほとんど避難を終えているはずだ。


――ならば、扉の向こうにいるのは、城に侵入した賊ということになる。


私は、思わず腰に差した鉄扇を強く握りしめていた。


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