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004 知識と魔法

目を覚ましてすぐに空を見上げると、太陽はすでに高く昇っていた。思った以上に長く眠っていたらしい。


まずは、身体の状態を確認する。空腹感はないし、体に異常も感じられない。万全とまでは言わないが、それに近い状態だ。


今日は、状況を整理し、現状を把握することを優先しよう。それから──人間だった頃の記憶が、どこまで残っているかも確認する。


そのうえで、次に何をすべきか、【知識の神】に相談してみることにする。


「知識の神様、とりあえず、俺って誰なんだ?」

《ワタシは知識の神ではありません。知識の神によって創造された、<知識を蓄積・管理する存在>です》


この加護の性格なのか、妙なところを訂正してきた。だが、正直どうでもいい。


「……ふーん、そうなのか。それじゃあ、俺って何者なんだ?」

《あなたは『元』人間です。『何者か』という問いは、曖昧かつ広義的なため、適切な回答はできません》


うーん……こいつ、かなり面倒くさいな。どうやら忖度とか、推測みたいなことは一切できないらしい。


こちらがきちんと質問を組み立てないと、欲しい情報にはなかなか辿り着けないかもしれない。


まずは、元人間だった頃の俺について、詳しく聞いてみる。そして、どれだけ記憶が残っているかも、合わせて確かめたい。


「人間だったときの、俺の名前は?」

《サイガ・シモンです》

「職業は? 何歳まで人間だった?」

《職業は、シュバルツ帝国所属の軍人です。最後は魔王討伐軍に所属。28歳まで人間でした》


これは──嬉しい誤算だ。「名前は有用な情報に含まれません。故に蓄積されていません」とか、そんな風に言われるかと思っていたが……ちゃんと答えてくれた。


そういえば、加護は「与えた人間の経験(人生)を蓄積する」と言っていた。


ということは、名前のような基本的な情報も、蓄積対象に含まれているのかもしれない。


たしかに、「誰がどの経験を積んだか」を識別するには、名前の管理は必要だ。……情報の蓄積と照合という観点から見れば、理にかなっている。


──っと、思考が横道に逸れてしまった。いま大事なのは、人間だった頃の記憶を整理することだ……。


自分の名前──「サイガ・シモン」と聞いても、まったく懐かしさが湧いてこない。


しかも、28歳まで軍人をやっていたとか……本当なのか? 記憶にないし、実感もまるでない。


俺の人格が大きく変わったのか、あるいは記憶がごっそり抜け落ちているのか。どちらにしても、判断できる材料が少なすぎる。


――もう少し、質問を続けてみよう。


「えーと、俺って子供とかいたか? 恋人は?」

《子孫は残していません。恋人という定義が曖昧なため、回答できません。婚姻関係にあった人物も存在しませんでした》

「魔王討伐軍の軍人ってことは、戦う技術とか持ってたと思うけど、分かるか?」

《戦闘技術は格闘術。職種は格闘家。武術は滅真磨刀流を修めています。魔法は、強化・治癒・水属性・土属性を習得済みです》


──おぉ、やっぱり格闘家か!


なんとなく、そんな気はしていた。進化してから、魔物や魔族を見ると──つい殴ったり蹴ったりしたくなる衝動が湧いてくるんだよな。


「滅真磨刀流格闘術」──その言葉だけは、なんとなく覚えている。「メッシンマトウリュウカクトウジュツ」と口に出してみると、少しずつ、記憶の奥に何かが浮かび上がってくるような……こないような……。


俺は、この武術にのめり込み、修行に明け暮れていた──ような気がする。

……と思う。

……いや、たぶん。

……やっぱり、記憶は曖昧なままだ。


よし、もういい。人間だった頃の記憶を無理に思い出そうとするのはやめよう。


【知識の神の加護】が、俺の28年間の記録を蓄積・管理しているらしい。ならば、必要になったときに聞き出せばそれでいい。


それより、気になる言葉があった。確か、「魔法」と言っていたはずだ。


……魔法?


俺も使っていたらしいけど、全然記憶にないし、使える気もしない。とりあえず、詳しく聞いてみることにする。


「魔法について教えてくれ。まずは、俺が使っていた強化、治癒、水属性、土属性について頼む」

《魔法とは、大気中に存在する魔素を利用し、自然現象や物理現象を引き起こす技術です。魔法は、魔族に対抗するために人族が開発・研究し、体系化した学術でもあります。

強化魔法:魔素を身体や物体に纏わせ、能力を増大させます。

     「気功」「オーラ」などと呼ばれることもあります。

治癒魔法:魔素を用いて自然治癒力や免疫力を高めます。

水属性魔法:魔素を水に変換する、もしくは既存の水を操作します。

土属性魔法:魔素を土に変換する、もしくは既存の土を操作します》


……うーん、やっぱり、必要最低限のことしか教えてくれないな。魔法ってのは、誰でも使えるように体系化された技術で、今も研究が続いてるって感じか。


それぞれの魔法の内容も、だいたい予想通りだった。正直、そこまで使いたいとは思わないけど──


いや、使えるなら使いたい!


「強化魔法を使ってみたい。使い方を教えてくれ」

《魔族のあなたに、魔法は使用できません。強化魔法の使い方は、大気中の魔素を──》

「──はい、ちょっと待った!」


俺は思わず声を上げて、説明を止める。


「『魔族の俺では使えない』って、どういう意味だ!? 魔族だと魔法が使えないってことか?」

《魔族は、体外にある魔素に干渉することができません。魔法を使用するには、体外にある魔素を操作・干渉する必要があります》


……なんてこった。魔族になった俺は、もう魔法が使えないってわけか。……いや、まあ、実を言うと「使えたらいいな」くらいの気持ちだったし、そんなにショックってほどでもないんだけど。


それに、今の身体能力なら──正直、強化魔法がなくてもなんとかなる気がする。走る、跳ぶ、力もある。今の俺は、芋虫時代とは比べものにならないほど動ける。


──とはいえ。これから先、もし人族に出会ったら……あいつら、いきなり魔法をぶっ放してくるかもしれない。


……正直、怖い。めっちゃ怖い。


魔族に対抗するために開発されたという魔法……。つまり、人族と魔族はかなり以前から明確に敵対していたってことか。


でも、なんでだ? そもそも、何がきっかけでそんな関係になった?


魔法がある人族の方が有利な気がするし、もしかして、実際には人族による一方的な魔族への虐殺なんじゃ……。


それに、魔族って名前のくせに魔法が使えないって──ちょっと名前負けしてないか?


「人族と魔族は敵対してるのか? もしそうなら、その理由も教えてほしい。あと、魔族って人族より弱いのか?」

《人族と魔族は敵対関係にあります。人族は『魔族とは世界に害をなす悪なる存在』という教義のもと、世界の救済を目的として魔族と戦っています。魔族側の人族に対する認識については、蓄積された情報が存在しません。『弱い』という概念が曖昧かつ広義的であるため、回答できません》


……そうなのか? たしかに、魔族や魔物を見たときに警戒心はあった。


けれど、「戦わなければいけない」とか、「倒さなければならない」といった使命感や義務感は──まったく感じなかった。


魔族側が人族をどう思っているか、知らないのは当然だろう。【知識の神の加護】は人間にしか付与されない。


つまり、蓄積されているのは人間側の情報だけだ。魔族の記憶や思考、感情なんて、そもそも加護には届いていない。


それに、『本当の感情』なんて、情報として蓄積できるはずもない。加護にあるのは、魔族に対する人間の『印象』と『反応』だけだ。


漠然と、魔族の強さや戦力を知りたかった。だが……質問の仕方が悪かったな。反省だ。


どうやら、こいつには正確で詳細な質問をしないと、答えが返ってこないらしい。今後は、もっと言葉を選んでいこう。


「魔族の身体能力について教えてくれ。人族と比べて、平均的にどちらが高いんだ?」

《魔族は、魔人・魔獣・魔鳥・魔蟲・魔魚。それらの亜種を含めた総称です。

人族は、人間・鬼人・獣人・エルフ・ドワーフ・ホビット。

こちらも亜種を含めた総称です。比較対象の組み合わせは無限に存在するため、明確な平均値による回答はできません》

「……なるほど。じゃあ、魔族の戦い方は?魔族に特有の戦闘技術があるなら、それを教えてくれ」

《魔族は、戦闘に特化した身体や能力を駆使して戦います。また、一部の魔族は“呪術”と呼ばれる方術を使用します。

魔族特有の戦闘技術としては、呪術のほか、身体的特徴を活かした独自の武術などが存在します》


うん……正直、【知識の神の加護】と話すのは、かなり疲れる。知らず知らずのうちに、思考が削られていく感覚だ。


そのせいで、つい、疲労から不機嫌な言い方をしてしまったが──


まぁ、あいつが気にすることはないだろう。


それよりも、ひとつ分かったことがある。俺には、記憶がごっそり抜け落ちているだけじゃない。


──この世界の常識すら、決定的に欠けている。「魔族」「人族」と、ざっくりと捉えていたが、それぞれの中にも多種多様な部族がいるらしい。


きっと、それがこの世界では『当たり前』なのだ。──その『当たり前』が分からない。だが、分からないと自覚できただけでも、収穫だ。


もう、これ以上は今の俺の頭じゃ処理しきれない。……そろそろ、終わりにしよう。


──最後の質問だ。


「呪術とは……なんだ?」


……その問いに、【知識の神の加護】が、僅かに揺らいだ。


あたかも──その言葉に、何か大きな“意味”があるかのように。


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