039 別れと出会い
駐屯所に着くと、入口の前でオウカさんが待っていた。
「おはよう、サイガ。体は大丈夫? 疲れは残ってない?」
俺が現れたのに気づくと、オウカさんはすぐに声をかけてきた。少し心配そうに様子をうかがう彼女に、俺は笑顔で答える。
「ああ、大丈夫だ。全身が筋肉痛で少し辛いが、問題ない」
その言葉に安堵の表情を浮かべると、オウカさんも笑顔になり、肩をすくめて冗談めかして言った。
「そう、私もよ。昨日はお互い大変だったわね」
「まあな。ほんと、大変な一日だった」
俺たちは魔獣討伐についてねぎらい合いながら、中へと入った。会議室に案内されると、今日はすでに全員の隊員が揃っており、席について待っていた。
――昨日討伐した魔獣について、オウカさんが報告を始める。
……魔獣が士族名を名乗ったこと、そして呪術を使ったことを聞いて、隊員たちは驚きの声をあげた。報告が終わると、すぐに質問が飛び交う。
「魔獣の士族名はラオジュンで間違いないか?」
「呪術の詳細な内容を教えてくれ」
――などなど、一つひとつの質問に対し、オウカさんは丁寧に答えていった。
質問が落ち着き、会議が終了すると、隊員たち全員から魔獣討伐の協力に対する感謝が述べられ、オウカさんをはじめ、全員が俺に頭を下げた。
やがて隊員たちは仕事に戻るため会議室を出ていき、部屋にはオウカさんと俺の二人だけが残された。
「……いろいろと世話になったわね。本当にありがとう」
しばらく続いていた沈黙を、オウカさんの感謝の言葉が破る。
「気にしなくていい。急ぐ旅でもないし、困ったときはお互い様だろ?」
律儀に何度も礼を述べるオウカさんに苦笑しつつ、肩をすくめて答えた。
「そう言ってもらえると助かるわ。討伐のお礼なんだけど……」
少しだけ困ったような顔で、オウカさんが報酬について切り出そうとした。だが、俺はそれを手で制した。
あくまで人助けとして動いただけだ。魔素の扱い方や呪術の基礎知識を教えてもらったことへの感謝は、俺の方がしている。
――魔族にとっては常識かもしれないが、俺にとっては貴重な情報だった。
「オウカさん、こちらこそ世話になったよ。礼はいい。結局、倒したのはオウカさんだし、俺は少し手伝っただけだ」
「でも、そういうわけにはいかないわ。せめて何かお礼をさせて」
俺の言葉に首を横に振り、彼女は何かできないかと真剣な顔で言ってきた。
「いや、本当にいい。オテギネさんから十分な報酬をもらっている。今回の件は、オテギネさんの領内で起きたことだ。それを見過ごすわけにはいかなかった」
俺自身、見返りを求めて行動したわけではない。それに、今は一刻も早く、オテギネさんの依頼を果たしたい。
俺が言葉を選びあぐねていると、オウカさんがふっと口を開いた。
「……そう。なら、オテギネ様の依頼を手助けするって名目なら、問題ないわね」
そう言って、彼女は片目を瞑りながら小さく笑った。
そのままオウカさんは事務をしていた隊員に声をかけ、いくつか指示を出すと、自らも部屋を出ていった。残された俺は、一人で静かに待つこととなった。
しばらくぼーっとしていると、オウカさんが戻ってきた。
「待たせたわね。色々と手続きしていたら、遅くなったわ」
少し息を弾ませながら詫びる彼女に、俺は不思議そうな顔で返す。
「いや、そんなに待っていないと思うが……」
「あら、そうかしら? もう昼前よ。まあ、いいわ。準備ができたから、来てもらえる?」
逆に俺の言葉に首を傾げながら、オウカさんは俺を急かし、駐屯所の外へと向かった。
途中、隊員から封筒を受け取り中身を確認する彼女の横顔を見ながら歩いていると、正門前に数台の馬車が並んでいるのが見えた。
馬車を引く馬たちから意思が伝わってくる――すべて魔獣のようだ。
積み込み作業を眺めていると、先頭の馬車から中年の男性が下りてきて、こちらへと歩いてくる。
「オウカ様、今回の魔獣討伐、ありがとうございました。仲間の無念も少しは晴れたかと思います」
その男性はオウカさんの前で立ち止まり、深々と頭を下げた。
「礼は不要よ。私は自分の職務を全うしただけ。感謝を述べるなら、こちらへお願い」
そう言われた男性は、今度はこちらを向き、再び深々と頭を下げる。そして朗らかな表情を浮かべ、手を差し出してきた。
その手を握ると、男性は両手で握り力を込める。そして、そっと頭を下げて静かに語りかける。
「あなたがサイガさんですか。私はセップと申します。この度は、本当にありがとうございました。魔獣に襲われた仲間たちに代わって、お礼申し上げます」
その言葉に、俺は一瞬息をのむ。あの枝に下がっていた衣服や道具の中には、セップさんの仲間の物もあったのかもしれない。
少しでも何かを持ち帰っていれば――。そんな後悔が胸をよぎりながら、俺は言葉を返す。
「そうか、あんたの仲間も……それは辛かったな」
「……はい。でも、あなたのおかげで魔獣は討伐されました。あとは、仲間たちの冥福を祈るだけです」
頭を下げていて見えなかったが、セップさんの肩が僅かに震えていた。
きっと、こらえているのだろう――その気持ちに寄り添い、俺は何も言わず、しばらく手を握ったままそっとしておいた。
――やがて、セップさんは顔を上げ、手を離す。
それを静かに見守っていたオウカさんが、俺に話しかけた。
「サイガ、セップはこの隊商を率いて、北の主が治める町まで行くの。そこまで、あなたも同行してもらえるようお願いしておいたわ」
その言葉を引き継ぐように、セップさんも頷く。
「はい。サイガさんには魔獣を討伐していただいた恩があります。もしよろしければ、主都フーオンまでご一緒させてください」
二人の視線を受け、俺はしばし考える。
――有難い申し出だが、俺は本来、ゆっくりと魔族領を見て回るつもりだった。
けれど、オテギネさんから預かった手紙を、いつまでも持っていたくないという気持ちもある。ならば――まず届けてから、その後ゆっくり旅をすればいい。
そう結論づけた俺は、二人の申し出を有難く受ける。
「わかった。よろしく頼むよ、セップさん。オウカさんも、いろいろと気を使ってくれてありがとう」
軽く頭を下げて感謝を伝えた俺は、荷物を馬車へ積み込み、出発の準備を進める。
セップさんたちの荷物の積み込みが終わるのを待つ間、オウカさんが旅の行程について説明してくれた。
「主都フーオンには、三日もあれば着くはずよ。セップたちも急いでいるみたいだから、全部野宿になると思う。途中の町や村に立ち寄る余裕はないみたい。あと念のために、これを持っていって」
そう言って差し出された封筒を開けると、身分を保証する手紙が入っており、二つの印章が押されていた。
「通行証の代わりよ。オテギネ様から短刀を授かってるから大丈夫だとは思うけど、念のためね。印章の一つは私、もう一つはこの村を治める頭。今の頭は私の弟弟子なの。だから、頼んでおいたわ」
オウカさんから封筒について説明を受けると、急いでいろいろと準備をしてくれた彼女に頭を下げ、礼を述べる。
「そうか、助かる。何から何まで本当にありがとう」
何度目になるか分からない感謝の言葉を口にし、自然と互いに手を差し伸べ、固く握手を交わした。
短い間だったが、この村で過ごした三日間は――得難い経験と良き出会いに満ちた、濃密な時間だった。
握手を交わすオウカさんを見つめると、胸に込み上げてくるものがあった。
しばらくして、セップさんから準備ができた旨の声がかかる。
名残惜しいが、出発の時間だ。俺はオウカさんの手をそっと離すと、別れの言葉を交わし、馬車へと向かう。
――別れ際は潔い方がいい。時間が経つほど、未練が増すだけだ。
そう心に言い聞かせながら、俺は先頭の馬車に乗り込み、セップさんに出発を促す。
すると、馬車は、北の主都フーオンを目指し――ゆっくりと走り出した。
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