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037 討伐の完了

オウカさんがヤツの首を刎ねると、それは地面を転がり、俺の足元で止まった。視線を落として見下ろすと、ヤツの目は深紅に染まり、怨嗟に濁っていた。


そして、その目でまっすぐに俺を睨みつけている。……その赤い目を見て、ふと兜主さんの顔が脳裏をよぎった。


――だが、お前に謝罪するつもりはない。


顔を上げて、俺はオウカさんの方へと視線を移し、無事を確認する。


「オウカさん、怪我はないか? これで討伐は完了でいいのか?」

「ええ、体の方は大丈夫よ。討伐も、ほかに仲間はいないはずだから、終わったと思っていいわ」


念のため、俺も周囲を見渡し、他の魔獣がいないか気配を探る。だが、あたりにそれらしい反応はなかった。


とりあえず、オウカさんが無事で、討伐も完了したと分かり、俺は安堵の息を吐く。そして、改めて彼女に声をかけた。


「そうか。……とりあえず、お互い無事でよかったよ」

「……私はね。けど、サイガ、その腕は大丈夫なの?」


オウカさんはそう言いながら、半目で俺を睨む。その視線に苦笑いを浮かべながら、俺は頬をかいて誤魔化した。


――たしかに無茶をした。


けれど、この腕にある外殻を信用してこその行動だった。だから、俺の中では……そこまで無謀ってわけでもない。


とはいえ、オウカさんが心配する気持ちも分かる。俺は、とりあえず問題ないことを伝えた。


「あぁ、大丈夫だ。出血は派手だったが、筋や腱は無事みたいだ」

「そう、なら良かった。……でも、念のため『死免蘇花(シメンソカ)』で治させて」


俺の言葉に、オウカさんはほっとしたように微笑み、傷の治療を申し出る。


「助かる。出血は止まったが、腕に穴が空いたままってのは……さすがに気色が悪い」


頷きつつも渋い顔をすると、オウカさんがクスリと笑い、持ってきた荷物から薬籠を取り出す。


ちらりと中を覗くと、赤や橙の死免蘇花も見えた。その中から、オウカさんは白色の死免蘇花を選び、俺の左腕の傷口に貼り付ける。


――その白い魔草に、自然と目が向く。


平らな五枚の大きな花びらを持つ死免蘇花は、乾いているにもかかわらず、どこか力強い生命の気配を放っていた。


オウカさんは、その魔草の上からそっと手を添え、静かに呪術を発動する。


呪術:死免蘇花―白― (シメンソカ―シロ―)


すると、指の隙間から淡い光が漏れ出す――それはすぐに収まり、同時に腕の痛みもすっと消えた。


そして、彼女の手が静かに離れると、死免蘇花は枯れたように茶色へと変わり、崩れ落ちていった。


俺は治療を終えた左手を、握ったり開いたりして状態を確かめる。痛みも違和感もなく――一瞬で完治したのが分かり、思わず驚く。


人間だった頃の記憶は曖昧で、はっきりとは覚えていない。けれど、治癒魔法よりも優れている……そんな気がした。


「……すごいな。初めて体験したが、これほどとは思わなかった」

「そうね。輸出しているとはいえ、魔族領全体からすればごく僅かだもの。この領地以外では貴重な品だから、仕方ないわよ」


初めて(・・・)という言葉に、オウカさんは、俺が他領から来たと勘違いしたらしい。改めて、死免蘇花の希少性について教えてくれる。


たしかに人間だった俺は、初めて(・・・)なのは事実だし、他所から来たのも間違いではない――思わず苦笑いを浮かべながら、ふと湧いた疑問を口にする。


「ちなみに『死免蘇花』って、どうやって発動するんだ? あれ、自分の呪術じゃないんだろ?」


軽く問いかけたその一言に、オウカさんは信じられないものを見るような目をした。


――いや、だから、そんな目で見ないでほしい。つい最近も、同じような視線を向けられたような気がするんだが……。


少し傷つきながらも、呆然とするオウカさんに向かって、俺は口を開く。


「え〜と、前にも言ったが、俺は呪術が使えない。だから、呪術の発動方法も知らないんだ」

「……たしかに、魔族全員が呪術を持っているわけじゃないわ。けど、呪術は誰でも発動できる……これって、常識よね?」


怪訝そうに眉をひそめ、「常識」という言葉を口にするオウカさん。


その表情を見た瞬間、背中に冷たい汗が伝った。


(しまった! 墓穴を掘った……って、そうなのか? たしか呪術を使える魔族は限られてるって、オウカさん自身が言っていたような……)


怪しむような視線を向けるオウカさんを横目に見ながら、必死に記憶を探る。だが、どうしても確証が得られない。


いくら頭を働かせても、一向に思い出せない。俺はもう腹を括って、心の中で叫ぶ。


――助けて、【知識の神の加護】さん!


気のせいか、俺の呼びかけに、誰かが溜息をついたような気がした。もちろん、それが【知識の神の加護】じゃないと信じたい。


そう思っていると、加護はいつものように淡々と答えてくれた。


《……呪術を使うことができるのは、一部の魔族のみです。呪術は魔法とは異なり、体系化された技術ではなく、各個体の遺伝や経験、境遇に影響されて発現する固有の能力と言われています。そして、呪術を使える魔族は、呪術を所持している魔族に限られます。なお、『呪術を発動する』に関する詳細な情報は存在しません》


――そうだよな、呪術を持っている魔族はごく一部。だけど、『呪術を発動する』ことは、魔族なら誰でもできる……?


【知識の神の加護】が知らないということは、つまりメイさんから教えてもらっていないということになる。


――教える必要すらないほど、魔族にとっては当たり前ってことか。


結局、何も知らない俺がいくら考えても、答えが出るはずもない。そう判断した俺は、素直に打ち明けることにした。


「あ~、オウカさん。恥ずかしい話だが、俺は記憶喪失なんだ。名前以外は、ほとんど覚えていない。気がついたら見知らぬ森にいて、いろいろあってオテギネさんと出会って……依頼を受けて旅してる最中ってわけだ」


人間だったことは伏せたまま、これまでの経緯をざっくりと説明すると、ようやくオウカさんは納得してくれたようだった。


表情もいつもの柔らかさを取り戻したが、なぜか少しだけ沈んだ口調で言う。


「……そうだったの。あまり語らないのは、語れなかったからなのね。分かったわ。呪術の発動について教えてあげる。……って言っても、子供でも知ってることだけど」


――オウカさんの憐れむような視線が痛い。


まるで近所の可哀想な子に向けるようなまなざしが、容赦なく俺の心に突き刺さった。


(……いや、ほんと、やめて。たしかに人間だった頃の記憶はほとんどないけど、たぶんそれは、単に俺がバカなだけなんだ)




決して俺は哀れじゃないんだと心の中で叫び、記憶がなくなったわけじゃなく、記憶の方が勝手にいなくなったんだ――と、よく分からない理屈で自分を励ます。


そんなアホな思考がぐるぐるしている中、オウカさんが説明を始めた。


――魔族は、魔素を取り込みながら生きている。体内に取り込まれた魔素は、血液のように循環しており、ある程度は自分で操作することができる。


たとえば、体内の魔素を体外に放出したり、肉体にまとわせたりすることができる。さらに、呪術を持った対象物に魔素を譲渡することも可能で、死免蘇花は、まさにそうして発動するらしい。


オウカさんの説明をまとめると、こうなる。


「魔素の操作は、習わなくても誰でもできるの。もちろん、あなたも。『呪術に魔素を譲渡する』ことと『呪術を発動する』ことは、魔族にとっては同義なのよ」


最後にそう締めくくったオウカさんは、俺の顔を見て理解できたか、と問いかけるような視線を向けてきた。


俺は小さく頷き、説明の中で気になった点を確認する。


「ってことは……俺が魔素を譲渡すれば、オウカさんの呪術を発動させることができるのか?」


その問いに、オウカさんは首を横に振って、さらに説明を続ける。


「いいえ、無理よ。まず、対象物に意思がある場合、譲渡を拒否できる。仮に譲渡できたとしても、呪術を発動する条件を満たさなければ発動はしないわ。魔素を譲渡するだけで発動する呪術なんて、ほんの一握りなの」


――なるほど。結局、呪術を使える魔族は少ないってことか。


『死免蘇花』のように、魔素を譲渡するだけで発動する呪術――というか魔草もあるにはある。でも、それはかなり希少で、使う機会も滅多にない。


だけど、魔素を譲渡するだけなら誰でもできる。ただし、「呪術を発動する」ためには『魔素を譲渡するだけで発動する呪術』を持っていればならない。


……あれこれ考えすぎて、頭がこんがらがってきた。


――うん、もう【知識の神の加護】に任せよう!


そう決めた俺は、痛み出した頭に「お疲れ」と声をかけて、そっと思考を停止した。


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