033 姉妹と会話
「――――というわけで、オテギネさんに仕えている文官のメイさんから聞いていただけなんだ」
「………そう。何度も驚かされたけど、今回の話が一番ね。『死免蘇花』の情報まで教えてもらってるなんて……オテギネ様から、相当信用されてるのね」
俺の説明を受けて納得したオウカさんは、改めて俺がオテギネさんに厚く信頼されていると確信したようだった。
「いや、オテギネさんとの付き合いは短くて浅い。なんでそんなに信用されてるのか、俺には分からない。『死免蘇花』って、そんなに秘密なのか?」
「ええ、そうよ。特産物も鉱山もない私たちの領地にとっては、生命線と言っていいくらい重要なの」
オウカさんによると、この領地は魔素が濃く、普通の植物は育ちにくい。動物も魔族化しやすいため、農業や酪農には適していないらしい。
また、魔素の影響かは不明だが、魔物・魔獣・魔蟲といった魔人以外の生き物は気性が荒く、魔人が安全に暮らせる場所も限られているという。
そんな厳しい環境の中で、『死免蘇花』を使った治療や施術を求めて、多くの魔人たちがこの地に集まってくる。そうして、なんとか人口を維持しているのだと。
また、効果が低く、欠損修復までは至らない黄色以下の『死免蘇花』は輸出されており、それが領地の大きな収入源になっている。
ただし、赤色以上――欠損部位の再生まで可能な『死免蘇花』の存在は、極秘中の極秘事項とされている。
他領に情報が漏れないよう、輸出するすべての『死免蘇花』には、鑑定を防ぐ呪術が施されているらしい。
そして、『死免蘇花』にまつわる最大の秘密は、その群生地の存在にある。
それは、魔族領の中でも、兜主さんがかつて治めていた森――その最奥にある。正確な場所を知っているのは、この王領を治める魔王と、その領地の主であるオテギネさんだけだという。
群生地に近づくほど、強力な魔族が出現し、さらにさまざまな罠や仕掛けも施されているらしい。ただし、それについての詳細はオテギネさんしか知らないとのことだった。
オウカさんの説明を聞き終えた俺は、軽い頭痛を覚えながらも静かに口を開く。
「……なるほど。他の領地の魔族に知られたら厄介な話だな。秘匿するのも納得だ。けど――オウカさんが、そこまでのことを知ってる理由は? 悪いけど、村の警備隊長が知っていい情報には思えない」
素直な疑問をぶつけると、オウカさんは苦笑しながら答えた。
「私は、元は頭だったの。長への打診も受けたわ。けど、どうしても居合を極めたいという想いがあったの。
その気持ちは次第に強くなって……ついには頭の立場を捨ててでも、修行の旅に出たいと思うようになったのよ」
そこで言葉を止めたオウカさんが、じっと俺の顔を見つめてくる――同じように武を極めようとする者として、きっと理解してもらえると思っているのだろう。
その気持ちは、俺にもよく分かる。俺は小さく頷き、続きを引き取った。
「……そして、頭の立場を返上して、今に至るか。けど、なんで今はこの村で警備隊長をしてるんだ? さっさと旅に出ればいいじゃないか」
「いろいろとあるのよ、いろいろと。……私の話はこれまで。明日に向けて、打ち合わせをしましょ」
俺の問いに、オウカさんは苦笑いを深めながら、それ以上の詮索を拒んだ。その気持ちも分かる俺は、同じく苦笑いを浮かべて黙った。
――その後、俺たちは駐屯所に戻り、明日の魔獣討伐に向けた最終的な打ち合わせを行った。
巡回から戻ってきた他の隊員たちとの顔合わせも済ませ、打ち合わせは無事終了。
途中、隊員の一人が差し入れてくれた、串に刺さった肉料理。香辛料がしっかり効いていて、驚くほど美味かった。
――――――――――――
俺は宿に戻り、明日に向けた準備を整える――とはいえ、日帰りの予定なので荷物は少なく、すぐに終わった。
ただ、ひとつ驚かされたのは――メイさんが用意してくれた薬籠の中身だった。
中には『死免蘇花』の赤が二つ、橙が五つ、黄色が十個、白が二十個。見たこともないほど大量に入っていた。
――まさか、極秘とされている赤色の『死免蘇花』まであるとは……。
さらに、薬籠にはオテギネさんの紋章が刻印されていた。どうやら薬籠そのものもかなり貴重な品らしい。
本当に、なぜ俺がここまで信用されているのか――ますます分からなくなってきた。
準備を終えると、腹が減ってきたので食堂へ向かうことにする。階段を下りて受付の前を通り過ぎると、ジュラとジェネがまだ受付をしていた。
通り際に、ジェネが小さく手を振ってくる。俺も微笑みながら軽く頷いた。
食堂に入ると、早い時間にもかかわらず、客で賑わっていた。昨日座った席が空いていたので、自然と足がそちらに向かう。
何人かの客から視線を感じたが、悪意のあるものではなかった。気にせず席に着き、朝もいた中年の女性に本日のメニューを尋ね、麺料理と魚料理を頼んだ。
運ばれてきた魚料理は、大ぶりの魚をまるごと揚げて、酸味の効いたソースをかけたものだった。
白身には臭みはまったくなく、ソースとの相性も抜群。揚げた鱗のパリパリとした歯ごたえが食欲を刺激し、最後まで飽きることなく食べきれた。
続いて、隣に置かれた麺料理に箸を伸ばす。
平たくて薄い麺に、とろみのあるスープがかけられている。中にはキノコと葉野菜が入っており、素朴な味ながらしっかりと美味い。
――人間だった頃の記憶は曖昧だが、この味なら人族領で店を出せば人気が出るかもしれない。
少し物足りなさは感じたが、追加で注文するのは我慢することにして部屋へ戻った。
しばらくすると、八分目だった腹も程よく落ち着いてくる。満腹になると明日の動きが鈍くなる気がして自制したが、正解だった。
まだ寝るには早い。けれど、特にやることもない。【知識の神の加護】に何か教わる気分でもなかった。
……そういえば、この宿には小さな庭があったはずだ。部屋でじっとしているのももったいない。少し夜風に当たりに行くことにした。
◆
「はぁ〜、今日もサイガさん、格好よかったね。オウカ姉のところに行ってたらしいけど、ジュラちゃん、何か知ってる?」
「……昨日の夜、オウカ姉さんが訪ねてきてね。最近、村の近くに出る『例の魔獣』について話してたわ。たぶん、その件で相談に行ったんじゃないかしら」
仕事を終えた私たちは、いつも通り庭にある小さな椅子に並んで腰かけ、一日の出来事を振り返っていた。
--ジェミは昨日から、ずっとサイガさんのことばかり。
昨夜、オウカ姉さんが『例の魔獣』の討伐を手伝ってほしいとサイガさんに頼みに来たこと――それを話すべきかどうか、少し迷ってしまう。
最近、村の近くに現れた凶暴な魔獣。村人や旅人が被害に遭うほどで、もはや看過できない状況だ。
魔族同士の小競り合いは珍しくない。けれど、あの魔獣は違う。
無差別に、ただ一方的に襲いかかり、命を奪っていく。この領地の『掟』を明らかに破っている存在だ。
そして、裁定者であるこの一帯を治める長が不在なこともあり、やりたい放題となっていた。
私が『例の魔獣』を思い出し、胸を痛めていると――ジェミが声をかけてきた。
「『例の魔獣』のことでオウカ姉のところに行ったってことは、もしかして一緒に討伐してくれるのかな?」
その言葉に一瞬だけ動揺するが、平静を装って答える。
「どうかしら? ただ、村を出るときは気をつけてって言われただけかもしれないわ」
「え〜! だったら昨日の夜に話して終わりでいいじゃない。二日も話す必要ある?」
――相変わらず、ジェミは勘が鋭い。
隠すつもりはないけれど、なんとなく「告げ口」しているような気がして、言い出しづらい。私が迷っていると、背後から声がした。
「おっ、先客はジュラとジェミだったか。二人はいつも一緒だな。仕事は終わったのか?」
振り返ると、そこにはサイガさんが立っていた。ゆったりとした佇まいは月明かりに照らされ、夜の景色に溶け込んでいる。顎に手を添え、優しげな眼差しで私たちを見ていた。
「あっ! サイガさん、こんばんは! 仕事が終わったので、ジュラちゃんと一緒にのんびりしてました!」
さっそくジェミが明るく声をかける。サイガさんも穏やかに微笑んで、静かに口を開いた。
「そうか。じゃあ……邪魔だったかな。俺はどこかに移るよ」
その言葉に、ジェミはすかさず反応する。
「いえいえ! 全然そんなことないです! いてくれて大丈夫ですよ! ね、ジュラちゃん?」
「は、はい……。サイガさんさえ良ければ……」
いきなり話を振られて少し緊張したけれど、なんとか声を絞り出す。
そんな私たちの言葉に軽く頷いたサイガさんは、私たちに優しい視線を向けたまま微笑み、そっと近くの樹に背を預けた。
――そして、そのまま三人で言葉を交わした。
他愛もない話だったけれど、サイガさんの声には不思議な安心感があった。まるで、父と話しているような包容力――。
ジェミは「恋人はいるのか」とか「家族構成は?」など、ずいぶん突っ込んだ質問をしていたけれど、サイガさんは、自然な流れでさりげなくかわしていた。
――しばらく話して、サイガさんは部屋へと戻っていった。
その背中を見送りながら、ジェミがうっとりとした表情で呟く。
「……やっぱり格好いいよねぇ。優しくて、大人びてて……ほんと素敵だったなぁ」
「そうね。落ち着いてて……一緒にいるだけで、安心させてくれる人だね」
ジェミは、去っていくサイガさんの背中をじっと見つめていた。私もその背中に視線を向けながら、そっと心の中で祈る。
――明日の『例の魔獣』討伐が、無事に終わりますように。
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