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030 相談と依頼

食事を終えて部屋に戻った俺は、腰紐をほどいてガウンを脱ぎ、代わりに半袖の上衣と、膝丈のズボンに着替えた。


かなり動きやすい格好になったことでようやく落ち着き、ベッドに横になりながら、さきほど食堂で食べた料理のことを思い返す。


――パンとスープ、それに肉料理を注文したが、どれも美味かった。


スープは牛乳に干し肉や野菜、豆を煮込んだもので、コクのある牛乳の中に干し肉の出汁と塩気がバランスよく溶け込み、さらに野菜と豆の甘みが良いアクセントになっていた。


肉料理は、ただ塩とコショウで焼いただけのシンプルなものだったが、肉質が良く、柔らかさとほどよい脂身が絶妙で、これも文句なしの味だった。


すっかり平らげてしまった俺は、少し物足りなさを感じ、肉とパンを追加で注文してしまったほどだ。


ベッドに寝転びながら、そんな夕食を思い返していたそのとき――扉を叩く音が、部屋の中に響いた。


俺は体を起こしてベッドを離れ、扉の方へ向かう。そして、扉を開けると、そこにはジェネによく似た、緑色の髪をした魔人の少女が立っていた。


「お休みのところ、申し訳ありません。お客様にご用があるという方が、食堂でお待ちです」


少し緊張しているのか、少女の表情はややこわばっていた。ひょっとすると、休んでいた俺を呼び出すことに、多少なりとも気が引けているのかもしれない。


だが、彼女はただの使いだ。気にする必要はない――そう思いながらも、この村には知り合いが一人もいないという事実が、俺の中に疑問を生む。


「……俺にか? 悪いが、この村に来るのは初めてなんだ。『用がある人』に心当たりはない」


俺の問いに、少女は一瞬、言葉に詰まりながらも、申し訳なさそうに答えた。


「…………すみません。この村で警備隊長を務めている、オウカさんが……用があるそうです」


その言葉に、俺はわずかに眉を上げる。


――たしか、村の入り口で声をかけてきた魔人の女性の名だ。


あのときは、軽く言葉を交わしただけで、身分証明も済んだし、揉めるようなことはなかったはずだ。


――何の用事か気にはなるが……まあ、行けば分かるか。


とにかく、誰が俺を呼んでいるのかが判明した以上、応じない理由はない。未だに不安げな表情を浮かべている魔人の少女に、俺は優しく声をかけた。


「わかった。すぐに向かおう。たしか……ジュラだったか?」

「!!!!」

「さっき、食堂で妹のジェネと話したときに、教えてもらったんだ」


俺がネタばらしをすると、驚いた表情を見せていたジュラの肩がふっと緩む。その反応に軽く笑みを浮かべる。


――ジュラの頬が少し赤くなったように見えたが、気のせいだろう。



――――――――――――



頬どころか、耳まで真っ赤に染めたジュラに案内され、食堂へと戻る。


先ほど食事をとったテーブルに、赤髪を後ろで束ねた魔人の女性――オウカさんが、静かに腰かけていた。


俺はジュラに礼を述べ、少しばかりの心づけを渡すと、オウカさんの座るテーブルへと向かう。


すぐに俺に気づいた彼女は、ゆっくりと立ち上がり、軽く頭を下げた。


俺はそれを右手を上げて制し、「気にしていない」と目で伝えると、向かいの席に腰を下ろす。


「急に呼び出して、ごめんなさい」

「いや、気にしていない。ただ、急といえば、急だな。どうかしたのか?」


オウカさんは、夜分の訪問を詫びてきたが、それよりも要件の方が気になる。俺は静かに続きを促した。


「……実は最近、ちょっと困ったことが起きていて。村の近くに、凶暴な魔獣が現れるようになって、村人や旅人が襲われているの」

「ふーん、なるほど。それで俺に手伝ってほしい、ってことか?」


いきなり核心を突いた俺の言葉に、オウカさんは驚き、わずかに息を飲んだ。


「……察しが良くて助かるわ。そう、その魔獣の討伐に協力してほしいの」


少し動揺しながらも、彼女は気を取り直して、要件を簡潔に伝える。


「…………オウカさん。なぜ俺なんだ? この村に来たばかりの、素性も分からない男に頼むような内容じゃないだろ」


俺が率直な疑問をぶつけると、オウカさんは一瞬だけ躊躇い、やがて小さく息をついて口を開いた。


「それは……あなたが、オテギネ様に認められた魔人だからよ」


思わぬ答えに、俺は思わず目を見開いた。すると、その反応を見たオウカさんは、落ち着いた口調でその理由を語り始めた。


――オウカさん曰く、村に入ったときの俺を見て、すぐに相当な実力を持つ魔人だと直感したそうだ。


衣服も上等で、帯には金の刺繍まで入っていた。だから、他の領地から訪れた(おさ)ではないかと警戒していたらしい。


だが、オテギネさんから下賜された短刀を見たことで、他領の(おさ)ではないと判断した。


……というのも、魔王や(ぬし)といえど、他の領地に属する魔族に褒美を下賜することは許されていないからだ。


ならば、オテギネさんの配下――新たに(おさ)(かしら)に任じられた者かと思ったが、そのような情報も存在しない。


ゆえに、あの「名刀」に相応しい功績を上げた、相当な実力者に違いないと結論づけたのだという。


――なるほど。オテギネさんに依頼された仕事の「前払い」として受け取った短刀を見て、そこまで読み取るとは……オウカさん、さすがだ。


でも、あの短刀は下賜品なんかじゃなくて、単に他の道具と一緒に渡されたものだし、最初は鉈と間違えて雑に扱ってたし――色々と勘違いしている。


とはいえ、いちいちその誤解を正すのも面倒だ。俺は話を切り替え、いま受けている依頼のことを伝えることにした。


「なるほど、だいたい分かった。ただ、今はオテギネさんからの依頼の途中でな。あまり時間に余裕はないんだ」


俺の言葉に、オウカさんの表情がわずかに陰る。


だが、自分の立場も理解しているのだろう。領地の(ぬし)からの依頼が最優先であることを察したのか、小さな声で呟いた。


「……そう、オテギネ様から依頼を受けているのね。それじゃ、無理は言えないわ。……私たちで、なんとかするしかないわね……」


最後の言葉は、消え入りそうなほどかすかだった。オウカさんは肩を落とし、視線を下げてテーブルを見つめた。


そんな彼女の姿を眺めながら、俺はどうすべきか迷い、静かに目を閉じてじっくり考え込んだ。


――う〜ん。正直、手紙は早めに届けた方がいいけど、期限があるわけでもない。それに、同じ魔族を襲う魔獣ってのも気になるな。


オテギネさんは「弱肉強食が魔族の世の常」って言ってたけど、無差別に同族を襲うのってアリなのか?


……どうする? 助けるべきか、見送るべきか――。


そこまで考えて、脳筋な俺は限界に到達した。頭がじんじんしてきて、もうすぐ湯気が出そうな勢いだ。頭痛が来る前に、考えるのをやめた。


そして、ゆっくり瞼を開ける。「考える」のをやめて、「感じた」ままに行動しよう――そう決めた瞬間、頭の中がすっきりと晴れる。


――うん、決めた、助ける。


俺は今、魔人だ。いずれ人間に戻るつもりではあるが、今は魔族として生きている。同族が困っているのを見過ごすのは、やっぱり違う気がする。


別世界の言葉でも言ってたじゃないか――『Goと言っては、Goに従え! Go!Go!Go!』ってな。……ちょっと違うかもしれないが、まあ気にしない。


――とにかく、Go!だ。Go!Go!Go!


そんなふうに心の中で拳を突き上げながら、表情はあくまで平静を装い、重く落ち着いた声で口を開いた。


「オウカさん。条件次第では、受けてもいい」

「本当? ありがとう! で、その条件って何?」


俺の返答に、オウカさんはぱっと明るい表情に変わり、勢いよく尋ねてくる。その様子に、つい口元が緩みそうになったが、落ち着いて話すために、焦る彼女を手で制した。


「そんなに慌てないでくれ。まず聞きたいんだが……その魔獣が出る場所って、この村から遠いのか? どのくらいかかる?」

「あ……ごめんなさい。そこまで遠くはないわ。徒歩で半日くらい。馬なら、その半分以下で着く距離よ」


慌てた自分に気づいたのか、オウカさんは少し顔を赤くしながらも、すぐに答えてくれた。


――なるほど。それなら、うまくいけば日帰りで討伐して村に戻ってこれそうだな。


そんなに時間がかからないと分かった俺は、こちらの条件を口にする。


「了解だ。じゃあ3日だけこの村に滞在する。その間に準備を整えてくれ。それと、他にも連れて行く隊員がいるなら、事前に顔合わせもしておきたい」

「わかったわ。明日一日あれば準備は整うと思う。だから、明後日には出発できるはずよ。それと、討伐に行くのは私とあなただけよ。この村には、あまり戦える魔族はいないの」


俺の条件を聞いたオウカさんは、力強く頷き、明後日までに準備を整えると約束してくれた。そして、そのまま、簡単な予定と、この村の戦力事情について語ってくれた。


――オウカさんの説明によれば、過酷な自然環境でも生きられる魔獣や魔蟲は、基本的に村や町に定住することはほとんどないらしい。俺のように強靭で頑丈な魔人もいるにはいるが、決して多くはないという。


多くの魔人は、知能が高かったり、手先が器用だったりと、戦闘以外の分野に秀でている。だから、戦える魔人が、そうでない魔人を守り合いながら、共存して生活しているようだ。


この村も例外ではなく、住民の多くが戦うことが苦手な魔人であり、数名の強者によって守られているという。


一通りの説明を受けたあと、俺は礼を述べた上で、魔獣討伐の間の村の警備体制について気になり、尋ねた。


「……なるほどな、説明、助かったよ。じゃあ、それで準備を頼む。ちなみに警備隊は何人いるんだ?」

「私を含めて五人。私以外の四人には、村の警備を任せるつもりよ」


――四人か。


それが多いのか少ないのかは判断しづらいが、少なくとも留守中も警備体制が維持されると分かって、少し安心した。


ちょうど今は小麦の収穫期が近く、魔蟲や魔物が餌を求めて村の周辺に現れやすい時期らしい。そんな中、狂暴な魔獣まで出現したことで、オウカさんの頭を悩ませていたわけだ。


――その後、俺たちは討伐に向けた準備について具体的な打ち合わせを済ませ、今夜の話し合いはそこでお開きとなった。


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