028 最初の村
本日、2回目の投稿です<(_ _)>
――ごめんなさい、テンテンさん。だって、理解が追いつかなかったんだもん。
【知識の神の加護】に聞いても、答えてくれないし。小麦畑で働く大きなテントウムシ、その後ろでスキップする狂乱のヒマワリたち……。
――やばい、夢に出そう。
丘を振り返るとテンテンさんが手を振っていた……すごく良心が痛む。
――よし! 厚顔無恥に笑顔で手を振って、さよならだ!
街道に戻り、再び旅を始める。北へ向かって道を進めるが、風景はあまり変わらず、次第に飽きてくる。
やがて日差しが傾き、陽が落ちようとしていた。遠くに建物がいくつか集まっているのが見えた――今日の目的地は、もうすぐそこだ。
村に近づくにつれて、街道の周囲には田畑が広がり、牧場には牛が十数頭。人族領と変わらない、穏やかな風景が広がっていた。
そして、村の入り口まで来たところで、魔人の女に呼び止められた。
「ちょっと、待って。この村に何か用かしら?」
「ん? ああ、日も暮れてきたし、ここで一泊させてもらいたい」
そう答えた俺を、魔人の女は訝しげな表情でじっと見つめてくる。他にも村を出入りしている者は多いはずだが、なぜか女は、俺だけを警戒しているようだった。
俺を油断なく見つめた魔人の女は、すっと片手を差し出し、低い声で口を開く。
「……そう。じゃあ、何か身分を証明できるものを出して」
「…………。ちょっとだけ、待ってくれ」
――そういえば、何か身分証明できるような物って、あったか? もらってないような、もらったような……記憶が曖昧だ。うん、こういうときは――あれだな。
【知識の神の加護】さん、お願いします!
《………身分を保証するものはあります。魔人メイから渡された短刀です》
――短刀? そんなもの、あったか? まぁ、とりあえず背嚢の中を確認してみよう。
俺は背負っていた背嚢を下ろす。すると、ドスンと地面に重い音が響いた。
ふと魔人の女に視線を向けると、その顔が明らかに引きつっていた。だが、構わず背嚢の中を探る。
だが、いくら探しても、短刀は見つからない。もしかして忘れてきたのかも――とりあえず、中身を全部出して確認する。
鍋、方位計、地図、携帯食、水筒、鉈、綱……次々に道具を地面に並べていく。
すると――突然、魔人の女が目を見開き、声を張り上げた。
「!!! ちょっと待って、その短刀を見せて!」
そう言いながら、地面に並べた道具に駆け寄る女を、俺は訝しげに睨みながら口を開く。
「短刀? どれのことだよ?」
「それよ、それ!」
魔人の女は、所狭しと並んだ道具の中から鉈を指差して叫んだ。
――どう見ても短刀には見えない。これは鉈だろう。こんな分厚い短刀があるのか?
とりあえず、俺はその短刀らしきものを拾い、女に手渡した。
女は軽く会釈をすると、じっくりとそれを観察しはじめる。縦に持ったり横に傾けたりしながら、細部まで丹念に確認している。やがて、こちらを見て口を開いた。
「ねぇ、鞘から抜いてもいいかしら?」
「ああ、かまわない」
俺がそう答えると、魔人の女は鞘から短刀をゆっくりと抜き取った。刃先を立て、刃文を食い入るように見つめる。
――少し恍惚とした表情をしているように見えるのは……気のせいだろうか。
女が短刀をじっくり堪能した後、こちらに向き直って手渡してくる。
「ありがとう。堪能させてもらったわ。確かに本物ね」
「堪能……? まあ、いい。これで村には入っても大丈夫ってことでいいのか?」
俺が短刀を受け取りながら確認すると、意外な名前が女の口から飛び出した。
「ええ、問題ないわ。それにしてもすごいわね。オテギネ様から、こんな名刀を下賜されるなんて」
その言葉に驚いた俺は、思わず聞き返す。
「ん? オテギネさんからもらったって、どうして分かるんだ?」
今度は女の方が驚いたように目を見開き、信じられないという表情でこちらを見てきた。
――そんな表情で見ないでほしい……だって、知らないものは知らないし。
俺が何と返していいのか分からず、困惑した表情を浮かべていると、女は小さくため息をつき、短刀の鞘を指差して説明しはじめた。
「……ほら、ここに紋があるでしょ。オテギネ様から下賜された品には、どこかに必ずこの紋が刻まれているのよ」
その言葉に従って視線を落とすと、確かに鞘には紋が刻まれていた。
ただの装飾かと思っていたが、ちゃんと意味があったようだ。しかも「名刀」とまで言っていたし、もしかすると他の宝石や貴金属より価値があるのかもしれない。
――さりげなく、こんな高価なものをくれるとは……オテギネさん、かっこよすぎる!
改めてオテギネさんへの感謝が込み上げてくる。ふと周囲に目を向けると、いつの間にか陽も傾き、辺りは薄暗くなっていた。俺は、早く村に入りたくなって女に尋ねた。
「なるほど。確かにそうだな。それで……俺はもう村に入ってもいいのか?」
「ええ、大丈夫よ。宿は一軒しかないから、早めに受付を済ませた方がいいわ。場所は中央の広場に面した、一番大きな建物よ」
俺が怪しい者ではないと分かると、魔人の女は一転して物腰を和らげ、親切に宿の場所を教えてくれた。
ようやく村に入れると分かり、安心した俺は、礼を述べつつ、ついでに名前も尋ねてみる。
「ありがとう。助かった。ちなみに、あんたの名前は?」
「オウカよ。あなたは?」
「サイガだ。手間かけたな。それじゃあ、失礼するよ」
地面に並べていた荷物を背嚢に詰め終え、俺は魔人の女――オウカさんと別れ、村の中へと足を踏み入れた。
中に入ってみると、その村は小さな町ほどの賑わいを見せていた。
中央の広場と入口を結ぶ大通りには、雑貨屋や武器屋といった人族にも馴染みのある店から、何を扱っているのかさっぱり分からないような怪しげな店まで、ずらりと並んでいる。
まるでお上りさんのように周囲をキョロキョロ見回しながら歩いていると、すぐに中央の広場に到着した。
そして、周囲をぐるりと見渡すと、ひときわ目立つ大きな建物が視界に入った。
――あれが宿屋に違いないだろう。俺はそのまま足を向けた。
中に入ると、一軒しかない宿屋ということもあって、かなり多くの魔族たちが集まっていたが、その大半は魔人のようだった。
入口近くに貼られていた見取り図を見ると、1階は食堂になっていて、酒も飲めるらしい。……ここも人族の宿と似たような造りだ。たぶん。
記憶が曖昧な自分に苦笑しつつ、まずは宿泊手続きをするため受付を探す。
中を一周見回すと、すぐに窓口が見つかった。そこには魔人の少女が二人、並んで立っている。どちらも若く、顔立ちもよく似ている――姉妹かもしれない。
俺はさっさと手続きを済ませようと声をかけた。
「すまないが、一拍したい。部屋は空いているか?」
「はい、空いてますよ。相部屋と一人部屋、どちらをご希望ですか?」
「どちらでもいいが……まずは宿代を教えてくれ」
「相部屋は四人共有で6キラ、一人部屋は15キラです。どちらも前払いでお願いします」
「わかった。一人部屋で頼む。あと、食事はどうなってる?」
「食事は別料金です。1階の食堂でお召し上がりください。お部屋への持ち込みはできませんので、その点はご注意くださいね」
「了解。じゃあ、手続きを頼む」
魔人の少女は手早く処理を済ませ、番号の焼き印が入った木札を渡してきた。
木札には複数の切れ目が入っていた。話によると、すべての木札は切れ目の数や位置が異なっており、それぞれ扉にある挿し口に差し込むことで解錠できる仕組みらしい。
――その木札をしげしげと眺めながら、魔族独自の技術に、俺は思わず感心してしまった。
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