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24/202

024 訪問と手紙

正面の巨大な門をくぐり、城の中に入ると、サルの魔族が案内役として部屋へと誘ってくれた。


オテギネさんには専用の出入口があるらしく、正門の前で別れた――あれほどの巨体だ、当然といえば当然だろう。


しばらく城内を進むと、案内された部屋に到着した。礼儀正しいサルの魔族にお礼を言うと、深く一礼して去っていった。……今度名前を聞いてみよう。


その部屋にはそこそこの調度品が整えられており、来客用に整えられた部屋のようだった。置いてある家具や日用品も魔人用のサイズだった。魔獣や魔蟲用の部屋もあるのだろうか……少しだけ興味が湧いた。


部屋に備え付けられた衣服を見る。ズボンはなく、下着とガウン、そして幅広い腰紐だけが置かれている。


ガウンは無地の灰色で、ボタンすらなく簡素だったが、逆に腰紐は紅色の生地に金糸の刺繍が施され、少し派手に思えた。――うっすらと残る記憶にある道場の道着を思い出した。


浴室で身体を洗った俺は、樹皮でできたパンツもどきをゴミ箱へと放り込むと、下着を身につけ、ガウンを羽織った。そして、はだけないよう、しっかりと腰紐をガウンの上から締めた。


気がつけば、何も考えることなく服を着終えていた。――やはり、この服装にどこか覚えがある。


僅かでも記憶が残っていることに少しだけ安堵すると、着替えを済ませた俺は、ベッドに横になる。


たった数日とはいえ、生き延びるために必死に足掻いた日々。ようやく死の危険から解き放たれ――緊張の糸が、ぷつりと切れた。


すると、当然のように、強烈な眠気が押し寄せて……ゆっくりと、まぶたを閉じた。



――――――――――――



コン、コン。


扉を叩く音で目を覚ます。どれほど眠っていたのか分からないが、疲れはかなり取れていた。


ベッドから起き上がり、扉を開けると、そこにはサルの魔獣が立っていた。たしか、部屋に案内してくれた魔獣だ。


恭しく頭を下げる魔獣をじっと見つめていると、その意志が直接、頭に届く。


……オテギネさんが呼んでいるので、来てほしいとのことらしい。特に準備することもない俺は、すぐに向かうことにした。


道中、俺はサルの魔獣に名前を尋ねてみた。だが、名は与えられていないという。名を得るには、それなりの強さが必要らしく、もし呼びたいなら、氏族名で呼んでくれと頼まれた。


氏族名は「コクジョウ」と言うそうだ。他にも色々と聞いてみたかったが、彼は口数が少なく、多くを語るタイプではなかった。


――ダンディー(・・・・・)なおサルさんだ。


コクジョウさんの案内で地下へと向かう。長い時間をかけて階段を降り続け、大きな広間にたどり着いた。


その広間の奥には、威圧感のある扉があり、左右にはトラとカマキリ型の魔族が立っていた。どちらも俺より遥かに大きく、その隙のない佇まいが、屈強な戦士であることを物語っていた。


俺が扉の前まで進むと、ゆっくりと重々しく開かれる。


……その先には、先ほどの広間よりもさらに広大な部屋が広がっていた。最奥の一段高い台座の上――そこに、オテギネさんが悠々と寝そべっている。


俺が静かに部屋に入ると、その気配に気づいたのか、オテギネさんがゆっくりと頭をもたげる。


<来たな、呪われし者よ。さっそく手紙を渡したい。念のため、もう一度聞こう。我が依頼を、引き受けてくれるか?>

「ああ、問題ない。こちらとしても、道具や情報がもらえるなら願ったり叶ったりだ」


その問いに、俺が肩をすくめて笑いながら答えると、オテギネさんは満足げに頷いた。


<そうか。では、手紙を渡す。受け取れ>


そう言って視線を横に送ると、隣に控えていたリザードマンが恭しく頭を下げた。


……見た目はリザードマンだが、オテギネさんに仕えている以上、彼も魔族なのだろう。


そんなことを考えていると、リザードマンは静かに頭を上げ、こちらに歩み寄ってくる。両手に持った盆の上には、小さな箱が載せられていた。


リザードマンは、ゆっくりと歩を進め、俺の目の前まで来ると、片膝をついて盆を差し出す。


ちらりとオテギネさんを見た俺は、小さく頷くのを確認してから、箱を手に取った。


……おそらく、中には手紙が入っているのだろう。だが、想像していたよりも小さい箱だ。オテギネさんが書いたものなら、もっと大仰な巻物を想像していたが――。


その思考が漏れたのか、オテギネさんが答えてくれた。


<手紙は、我が書いたものではない。我が仕えし王が記したものだ。ただの紙ゆえ、濡れもすれば破れもする。……くれぐれも大切に扱え>


……なるほど、だからこのサイズなのか。


納得した俺は、箱の中を開き、意匠を凝らした封筒を確認する。高級感はあるが、素材は普通の紙で、呪術的な仕掛けもなさそうだ。


普通の手紙だと分かった俺は、やはり大事に扱うべきものだと思い、慎重に封筒を箱に戻すと、そのまま懐へしまった


<……では、我が依頼、頼んだぞ。必要なものがあれば、部屋に使いの者を寄越す。そやつから受け取るとよい。旅の情報も聞けよう。……話は済んだ。部屋に戻るがよい>


俺が丁寧に手紙を扱うのを見届けると、オテギネさんは満足したように頭を下げ、目を閉じた。もうこれ以上の会話は不要――そんな空気を感じる。


苦笑しながらも、ここまで旅の用意を整えてくれたオテギネさんに、俺はあらためて礼を伝えた。


「わかった。必ず依頼は成し遂げよう。色々と世話になった……ありがとう」


そう言って深く頭を下げると、俺はその部屋を後にした。



――――――――――――




オテギネさんからの依頼を受け、部屋へ戻った俺は、ベッドに横になる――と、その直後、扉を叩く音が部屋の中に響いた。


ベッドから起き上がり、入室の許可を伝えると、妙齢の女性が入ってきた。


……なかなかの美人だ。肩口で切り揃えられた紫の髪に、わずかに吊り上がった目。眼鏡がよく似合っている。白の上衣の上に、水色の上着を羽織り、紺色の腰紐には銀糸の刺繍が施されていた。


俺は失礼にならない程度に、女性をさりげなく観察する。すると、彼女は恭しく頭を下げ、穏やかな声で口を開いた。


「オテギネ様の使いで参りました。メイと申します。サイガ様の旅に必要なものを、用意するよう仰せつかっております」


そう名乗ったメイさんを見つめながら、俺はつい観察を続けてしまう。……名前があるということは、それなりの強さがあるはずだが、あまりそうは見えない。


とはいえ、いつまでも立たせておくのも悪い。テーブル横の椅子に座るよう勧めると、メイさんは軽く頭を下げ、部屋の中へと進んだ。そして、テーブルの前まで来ると、こちらを振り向いて話し始める。


「それでは、さっそく説明に入ります。まず、手紙をお渡しする(ぬし)様の領地について、お話しさせていただきます。こちらの地図をご覧ください」


そう言うと、筒状の入れ物から地図を取り出し、テーブルに広げて見せてくれた。


――羊皮紙に描かれた地図には、領地、森、山、川といった情報が細かく記されている。


俺が地図を覗き込むと、メイさんはその下端を指差し、現在地だと教えてくれた。そして次に、兜主カブトヌシが治めていた森、手紙を届ける(ぬし)の土地――と、順に地図を指差しながら説明していく。


全てを伝え終えると、メイさんは地図を再び筒に戻し、それを俺に手渡そうとした。


「いいのか? もらっても。貴重なものなんじゃないか?」


俺が思わずそう問いかけると、彼女は初めて笑みを浮かべ、そっと首を横に振った。



「かまいません。この地図は、この地域の一部を切り取っただけのものです。外部に流出したとしても、問題にはなりません」

「そうか。それなら、有り難く受け取るよ」


その言葉に納得した俺は、軽く頭を下げて地図を受け取ると、気になっていたことを尋ねた。


「メイさんは名前があるってことは、やっぱり戦えるんだろ? 呪術も使えるのか?」


その言葉に、メイさんは一瞬だけ目を見開いたが、すぐにくすりと笑い、そっと首を横に振り口を開く。


「いえ、私には戦う力はありません。文官として、オテギネ様にお仕えしているだけです。……魔族の中でも部族によって、『名前』の意味は異なります」


彼女は、やんわりと俺の問いを否定すると、そのまま丁寧に説明を続ける。


「魔獣、魔蟲、魔鳥などの部族は群れで行動します。ゆえに『個』よりも『全』を重んじるのです。その中で、特に優れた個体のみが名を与えられます」


そこまで一気に話すと、メイさんは俺の目を見て、理解できたかどうかを伺うような視線を送ったので、俺は頷きながら答える。


「なるほど。集団で動くなら、個を示す名前は不要ってことか?」


予想以上に理解が早かった俺に、メイさんは少し驚いたように目を見開いたが、すぐに表情を戻して静かに続ける。


「……その通りです。逆に、魔人は『個』を重視します。各自の意思や思想に従って行動し、集団生活の中でも互いに深く干渉しません。だからこそ、個を識別する『名前』が重要なのです」


彼女の説明を聞き終えると、俺は黙ってこれまでの話を頭の中で整理してみた。


……魔人にとって名前は、お互いを識別するために欠かせない。一方で、魔獣や魔蟲のように群れで動く種族にとっては、統率や団結こそが重要で、自我の象徴となる名前はかえって不要――むしろ、邪魔にすらなりうる。


――そう結論づけた俺は、あらためて思う。


やっぱり……俺は、魔族のことを何一つ、知らなかったんだなと――。


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