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023 依頼と風習

<一つ――お主に頼みたいことがある>


その言葉に、嫌な予感が走った。


(頼み事って何だ? 俺にできることなのか? 正直、面倒ごとには巻き込まれたくないんだけどな)


思わずそう考えていると、オテギネさんの声が、直接頭に響く。


<そんなに警戒しなくてもよい。我が領地の北にある領地の『(ぬし)』に、手紙を渡してほしいだけだ。この森を出るお主に頼みたい。礼として旅に必要な道具と情報を渡そう>


――意志疎通ができるのは便利だけど、こっちの思考まで伝わってしまうのは、ちょっと気味が悪い。……とはいえ、オテギネさんの申し出は、ありがたかった。


正直、このまま『パンイチ』で森を出るのは不安しかなかったし、それに目的地もない俺にとっては、まったく面倒な話じゃない。


「わかった、受けることにする。……ひとつ確認したいんだが、道具には衣服も含まれるか?」

<当然だ。そのような恰好で旅をしていたら、不審者として討伐される恐れがある。今から我の居城に連れていく。そこで好きなものを選べばよい。我には不要なものだからな>


討伐って俺は盗賊か何か。……いや、確かに今の見た目はそうか。なにせ『パンイチ』だしな。


――まぁ、とにかく。急いでオテギネさんの城まで連れて行ってもらおう。


「それは助かるよ。じゃあ、さっそく連れて行ってくれ」

<そう、慌てるな。お主が倒した『兜主(カブトヌシ)』は、そのままにしておくのか?>


俺が急ぎ足で城に案内してほしいと頼むと、オテギネさんから、どこか苦笑いするような意思が伝わってきた。


そして、さきほどまで死闘を繰り広げた兜主について、問いかけてくる。


「確かに……そうだな。埋葬した方がいいか?」

<いや、そういう意味ではない。上位の魔族同士の決闘では、倒した相手の持ち物を貰い受ける習わしがある。「形見分け」のようなものだ。とくに好敵手だった場合は、なおさら敬意を払い、それを必ず行うのだ>


――なるほど、確かに人族にはなかった風習だ。だが、敬意を表すか……たしかに兜主は尊敬すべき強さを持った好敵手だった。


……俺は、兜主の亡骸をじっと見つめる


深紅に染まったその目と、視線がぶつかる。俺は兜主の前に立ち、両手を合わせて、静かに頭を下げた。これまでのこと――そして、これからのことへの謝罪を込めて。


ゆっくりと頭を上げると、俺は貫き手の構えをとる。


ザシュッ!


まっすぐ伸ばした右手が、兜主の顔面に突き刺さる。その手刀を勢いよく引き抜くと、右手には怒りに燃える深紅の眼球が握られていた。


「角と迷ったが、こちらを頂くとする。……お前の怒り、しっかりと受け取ろう」

<……………>


深紅の眼球を見つめながら、改めて心の中で謝った。俺がこの森に来なければ、兜主も死なずに済んだかもしれない。


弱肉強食……たしかに、それはこの世界の理かもしれない。


だが、お互いに望んで戦ったわけではない。少なくとも、俺には戦う理由などなかった。


森を破壊しなければ、兜主も俺に牙を剥くことはなかっただろう。……いや、今さら悔やんでも仕方がない。


――今は、己がやるべきことに意識を切り替えるだけだ。


<ふむ、魔核(まかく)を獲るか。もう一つあるが、いらないのか?>

「魔核? いや、いい。一つで十分だ。欲張ると、ろくなことがない。……それで、この亡骸はどうなる?」


俺は、隻眼となった兜主の亡骸を見つめながら、オテギネさんに問いかける。


<どうもならん。このまま他の魔族の餌となるか、朽ち果てて森に還るか――あるいはその両方か。自然に帰るだけだ>

「わかった。教えてくれて感謝するよ。じゃあ、城まで連れていってくれ」

<うむ。では、我の足に掴まるがよい。……振り落とされたりするなよ>


俺の言葉に、オテギネさんは大きく頷くと、ゆっくりと上空から降りてきた。


間近で見るその巨体は、まさに圧倒的な存在感を放ち、見上げるだけで押し潰されそうになる。


俺は、恐る恐るオテギネさんの後ろ足にしがみついた。すると、突然、呪いの言葉が、まるで波のように頭に響いてきた。


<呪術:駆離空乱 (クウリクウロン)


その直後――オテギネさんの巨体が、ゆっくりと上昇を始めた。


翼は広げているが、羽ばたくことはない。重力を無視するかのように、真っ直ぐに上昇し、そしてそのまま、空中を滑るように横へと移動し始めた。


――やがて、移動のスピードが徐々に上がり、流れる景色はどんどん速くなる。吹き付ける風も、勢いを増していった。


とてつもない強風が全身を打ちつけ、風圧で剥がされそうになるのを、必死でしがみつく。


「あばばばばばばば!」


――間違って口を開けたのが、完全に失敗だった。口の中に、容赦なく大量の風が流れ込んでくる。


しばらく情けない声を上げていたが、なんとか口を閉じて、周囲の景色を確認する。……とんでもない速さだ。馬に乗ったときでさえ、こんなスピードはなかった。


もはや、尋常じゃない風圧で、目を開けていられない。


――開けていられない……のだが。額にある『あの目』が、閉じてくれない!


両目を閉じると額の目が開き、額の目を閉じると今度は両目が開く……

……いったい、どんな仕様になってるんだ、この目は!!


俺が謎仕様の三つ目と悪戦苦闘していると、オテギネさんの速度が徐々に緩み、高度もゆっくりと下がってきた。


そして、目の前に――巨大な城がそびえ立っていた。


今までに見たことがない規模に驚く。……いや、「今まで」って何だ。記憶がほとんどない俺が、なぜ驚けるんだ。自分で自分にツッコミたくなる。


それはさておき、再び目の前の城へと意識を戻す。


――たしかに、オテギネさんほどの巨体が住むには、これくらいの規模は必要だろう。むしろ……まだ小さいくらいかもしれない。


俺が城を見上げていると、正面の巨大な門がゆっくりと開いた。


中には、ずらりと魔族たちが控えていた。サル、トラ、ゾウ、キリン、カマキリ、クワガタ……魔獣や魔蟲など、種族もサイズもさまざまだ。


ただ、その中に――魔人(ヒト)の姿は見当たらなかった。


<我の居城付近には、魔人は少ない。兜主の森もそうだが、魔人が住むには過酷な土地なのだ>


オテギネさんの話によれば、このあたりは強力な魔獣や魔蟲、さらには魔族化した魔物も多く、魔人が生き延びるには厳しい環境らしい。


だ・け・ど。

俺は、わりと普通に暮らせそうだったけどね? ふっふーん♪


<お主のような屈強な肉体を持った魔人など、そうそうにはいない。……己を基準にするな>


その言葉にちょっと驚く。魔人って、もっと逞しい存在かと思っていたが――意外と普通なのかもしれない。……いや、俺が異常なだけのような気もする。


とはいえ、記憶がない俺がいくら考えても、真実はわからない。そう結論づけた俺は、とりあえず手紙を受け取り、必要な情報と道具を頂くことにした。


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