022 魔竜とドラゴン
俺は地面に座り込み、速くなった呼吸を整える。息を深く吸い、ゆっくりと吐き出す――それを何度か繰り返すうちに、ようやく心も落ち着いてきた。
そして、巨大な亡骸となった魔蟲を眺めながら、疲れが抜けるのを待っていると、突然、辺りが暗くなった。
上空を見ると、巨大なドラゴンが、こちらを見下ろしていた。
!!!!!!
――なんだ、あの大きさは……。倒れている魔蟲の十倍はある。しかも、あんな巨体なのに、翼を羽ばたかせもせずに、空に浮かんでいるだと……?
俺は口をぽかんと開け、呆然とその姿を見上げる。
俺の記憶にあるドラゴンも巨大だったが、空を飛ぶなんて芸当はできなかったはず――はずなんだ。
(おい、【知識の神の加護】、俺の記憶は間違ってるか!?)
《間違っていません。私が管理している情報には、飛行能力を持つドラゴンの記録は存在しません》
(よかった、俺の記憶は正しかった……って、全然よくない!)
自分で自分にツッコミながら、上空で俺を見下ろす巨大なドラゴンを見つめ、改めてその正体について考える。
――なら、空に浮かんでいるアレは何なんだ。ドラゴンに似ているが、違うはず――。ワイバーン……にしては巨体すぎる。俺が知るワイバーンは体は細く、翼も異様に大きい。形がまるで違う。
ダメだ、考えても分からん……こういう時は――
……よし、直接、本人に聞いてみよう!
「すいませ~ん、どちら様ですか~?」
<……………>
「あの〜、俺はサイガと申します。あなたは誰ですか~?」
<……………>
やっぱり、通じないか。意志疎通は難しそうだ。……まさか、こいつとも戦う羽目に?
――無理無理無理! 勝てるわけがない!!
<心配するな。我に戦う意思はない、呪われし者よ>
耳ではなく、直接頭の中に声が響く。加護や呪術の経験があるから驚かないが、それでも低く重々しいその声には、圧倒的な威圧感があった。
<我はオテギネ。魔竜だ。お前たちの知る「ドラゴン」が魔族化した魔物だ……いや、魔族だ>
――マジか、ビックリだ。
俺は心の底から驚いた。まさか、そんなことがあるとは……。たしかに人族以外は魔素を吸収できる。その可能性はある。
だが、まさかドラゴンまで魔族化するとは――。
<驚くのも無理はない。魔族化したドラゴンは我だけだ。他のドラゴンはいまだに地面を這いずっておる>
(ふーん、なんか、えらく偉そうだな。空を飛べるのが、そんなに偉いのか。「ドラゴンの世界」ではそうなのかもしれないけど、「這いずる」って酷くないか)
思わず、魔竜――オテギネさんに対して、心の中で少し非難めいたことを考えた。すると、ふたたび頭の中に声が響いた。
<何を言う。空の覇者たる我は、ドラゴンの頂点に立つ存在だ。偉くて当然。この領地の『主』でもあるしな>
たしかに、あれだけの巨体で空を飛べたら無敵かもしれない。正直、俺も一度は逃げ出そうかと本気で考えた。
……それとは別に、「主」という言葉が引っかかった。
――オテギネさんが、俺が探していたこの森の主ってことか?
<正しくもあり間違いでもある。我は更に広大な土地を治めている『主』だ。この森を治めていた『長』は、すでにお前が倒して存在せぬ>
その言葉に、背中を一筋の冷や汗が伝う。さっきまで死闘を繰り広げた魔蟲の亡骸に、自然と視線が向く。
そして、湧き上がる謝罪の念とともに、心の中で深々と頭を下げた。
(……えっ、もしかして俺、やっちゃった。謝罪するはずが、森の主をぶっ倒してしまったのか……。ごめんよ、カブトムシさん)
そう思いながら、改めて冷静に、今までの自分の行動を振り返った。
――住処を荒らして(自然破壊して)、その大家さんまで殴り倒すなんて……超が三つ付くレベルの極悪人だ。
とりあえず、カブトムシさんの上司さんに謝罪が必要だ。
――そうだ、別世界の言葉で、最大級の謝意を伝えよう!
「スマソ!」
俺は地面にめり込むんじゃないかってくらい、勢いよく腰を曲げて、頭を下げた。
<……………>
(やっぱり、ダメだったか。……もう一つの別世界の言葉『メンゴ、メンゴ』の方が良かったか?)
俺は心の中で、謝罪の言葉の選択を悔やむ。そして、改めて謝ろうと口を開きかけたその時――頭の中に声が届いた。
<……謝罪は不要だ。弱肉強食、適者生存、下剋上は魔族の世の常だ。責めはせぬ。ただ、『長』の中でも『主』に近かった『兜主』を倒した者を見てみたいと思っただけだ>
あの魔蟲は、「兜主」という名前だった。言い得て妙だな、と思い、わずかに笑みをこぼれる。
オテギネさんは、謝罪は不要だと言ってくれたが、自然破壊の件も本当に問題ないのか、まだ少し気になる。実際、かなり広範囲にわたって森林を伐採してしまった。
<そちらも問題ない。この森の規模からすれば、ごくわずかに過ぎぬ。それに、お主が伐った樹木はいささか大きく成り過ぎていた。間伐にもなっただろう>
――あれで「ごくわずか」ということだが、さすがに想像が追いつかない。とにかく、これで安心できた。俺のせいで森が枯れることはない。
あとは、俺がいなくなれば、あの魔族たちも安心して暮らしていけるはずだ。オテギネさんに挨拶をして、この森を出よう。そう思い、口を開いた。
「オテギネさん、色々と迷惑をかけてすまなかった。この森にいれば、また他の魔族と争うかもしれない。だから俺は、別の場所に向かうことにするよ」
<そうか。立ち去るのも良いだろう。だが、一つ――お主に頼みたいことがある>
その言葉を聞いて、俺は、なんとなく嫌な予感がした。
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