021 サイド:罠士エンキ&巫女スミノエ
ここで一旦は勇者たちのお話は終わりです。
また、本編に戻りたいと思います。
<(_ _)>
野営地に着いた私は、魔族や魔物の侵入に備え、周囲に罠を仕掛け始めた。
そして次の罠を仕掛けようと顔を上げると、サイガに背負われ、顔を真っ赤にしたアオを、周囲がからかっている光景が目に入った。
そのはるか後方では――絶対零度の視線を送るマヤの姿も見えたが、見なかったことにした。
「……仲が良いことだな」
二人の王女に慕われるサイガを見つめる。
――いつも飄々としているが、決して他人に関心がないわけではない。むしろ、面倒見がよく、仲間のために献身的に動く姿は好感が持てる。
年齢も他の仲間より一回り近く離れているせいか、落ち着いて見える。たまに意味不明な言葉を口にして、周囲を困惑させることもあるが……。
一瞬、サイガという人物に思いを巡らせたが、すぐに作業へと意識を戻した。
――――――――――――
私が黙々と作業を続けていると、不意に声をかけられた。
「相変わらず仕事熱心だな、エンキ」
振り返ると、さっきまでアオを背負っていたサイガが立っていた。
「あぁ、サイガか。アオはどうした?」
「テントまで運ぼうとしたら、マヤがやってきて代わってくれた。妹思いの、いい姉さんだよ」
マヤに肩を貸されるアオを眺めながら、サイガがぽつりと呟く。
(……こいつ、本当に二人の気持ちに気づいていないのか?)
思わずツッコミを入れかけたが、ぐっと堪えて口を閉じた。そして、少しだけ二人の王女に同情しながら、話題を変えるように口を開いた。
「…………そうだな。仲の良い姉妹だ。……で、私に何か用か?」
「いや、もし良かったら手伝わせてほしいと思ってな。いいか?」
「手伝ってくれるのはありがたいが……疲れてないのか? さっきも稽古していただろう」
「あぁ、問題ない。これも稽古の一環だからな」
相変わらず化け物じみた体力に、思わず舌を巻く。
ハイドワーフである私も、体力には自信があるが、サイガには及ばない。一族の中でも私は身長も高く、体も大きいが、それでもサイガの身体は見劣りしないほどに良く鍛えられている。
私から了承を得たサイガは、罠の材料を黙々と運び、時折、私に仕掛けの作り方を尋ねてくる。
――サイガは意外にも手先が器用で、覚えも早い。これなら、簡単な罠なら任せても問題なさそうだ。
私は、ここの作業をサイガに任せて、別の場所の罠設置に移ろうか――そう考え始めた、そのときだった。
――不意に、背後から声をかけられた。
◆
サイガとエンキが、野営地の外れで何やら作業をしている。おそらく、魔族や魔物の侵入に備えて、罠の設置でもしているのだろう。
――ご苦労なことね。
私は、特にやることもないし、からかってやろうと思って二人のもとへ歩いていった。
「図体の大きい男が二人並んで、何してるの? 見てるだけで暑苦しいんだけど」
「スミノエか。暇なのか? こっちは忙しいんだ。他所へ行け」
エンキは、私のことを快く思っていない。真面目なドワーフらしく、自由気ままなエルフを認めたくないのだろうが、自由を愛する生き方に文句を言われる筋合いはない。
「ふん、相変わらず失礼なハイドワーフね。年長者に対する礼儀も知らないの?」
「歳ばかり取ったハイエルフが何を言う。年長者らしい振る舞いをしてから言え」
私の抗議を、エンキはあっさりと切り捨て、邪魔だと言わんばかりに手をひらひらと振る。その態度にむっとしつつ、私は言い返した。
「私は巫女よ。そこにいるだけで敬われる存在なの」
「分かった、分かった。巫女様、私たちは忙しい、他所で遊べ」
(うぅ……なんて失礼な奴。ドワーフって本当に神への信仰心が薄くて、現実主義者ばかり。嫌い。せっかくからかって遊んであげようと思ったのに……)
その態度にイラっとしながらも、エンキを無視してサイガの方を見ると、こちらの言い争いには無関心の様子で、ただ黙々と作業を続けていた。
(ほんと、何を考えているか分からない子。こんなヤツのどこがいいのかしら? マヤもアオも見る目がないわね)
サイガを眺めながら、彼に想いを寄せる二人の王女を不憫に思っていると、ふと気になったことを口にした。
「ねえ、サイガ。何してるの? 荷降ろしは終わったの?」
「ああ、スミノエか。悪い、仕事に集中してて気づかなかった。荷降ろしはもう済ませたよ。今はエンキの手伝いをしてるんだ」
声をかけると、サイガは作業の手を止めて顔を上げる。その目は少し見開かれていて――本当に、私の存在に気づいていなかったようだった。
(……なんなのよ、もう。本当に失礼なヤツら!)
「気づかなかったって、どういうこと!? 二人とも私を何だと思ってるのよ!」
「自分勝手で我儘なハイエルフ。歳だけ無駄に重ねているが、最年長者としての威厳は皆無」
エンキがいつも通り感情のこもらない声で、淡々と毒を吐く。サイガはしばし黙り込んだ後、少し困ったような顔で口を開いた。
「俺は何とも思ってないが……マヤが『吟遊詩人ではなく、あれは踊り子です』って言ってたな。あと、アオは『遊女っぽい巫女だね』って……」
「なによ、それ!! どれも褒めてないじゃない! ちょっと、ひどくない!?」
思わず大声で叫ぶと、少し呆れたエンキが冷めた口調でとどめを刺してきた。
「……褒められる要素があると思ってるのか? そんな薄着で、ふらふらしてるヤツが敬われるわけないだろ。自業自得だ」
◆
エンキとスミノエが言い争っているのが見えた。
その少し離れたところで、黙々と作業を続けるサイガの姿もある。
……いったい何をやってるんだ。
僕は軽くため息をつき、三人がいる場所へと向かった。
「そこで何してるの? もうすぐ食事の時間だよ」
言い争いを続ける二人に近づいて、そっと声をかける。すると、勢いよく振り返った二人が一斉に口を開いた。
「ちょっと、聞いてよ、アルス! エンキたちが私の悪口を言うのよ!」
「悪口ではない。事実を述べただけだ。それに、サイガは何も言っていない。マヤとアオが言っていたことを伝えただけだ」
スミノエさんは僕に詰め寄ってきて訴え、エンキは冷静に返す。そんな二人をよそに、黙々と作業を続けるサイガに僕は声をかけた。
「まあまあ、ふたりとも喧嘩はやめようよ。サイガからも何か言ってあげてよ」
「ん? これって喧嘩か? 二人とも『コミュ障』ってヤツさ。問題ない」
「……また、サイガは変な言葉を……」
言い争いをやめない二人。それを無視して作業を続けるサイガ。八人で旅をするようになってから、もう何度も見た光景だ。
国も違えば、身分も性格もまったく異なる面々が、一緒に旅をしている。揉めごとが起きないわけがない。
それでも、僕たちは旅を続けてこれた。
魔王討伐という明確な目的があったとはいえ、ここまでまとまってこれたのは、僕ひとりの力ではない。
ティアやフォルは、いつも僕を支えてくれた。マヤは不器用ながらも皆と打ち解けようと努力し、天真爛漫なアオはその明るさで場を和ませてくれた。
喧嘩ばかりのエンキとスミノエさんも、いざという時には頼りになる仲間だった。
そして、サイガは、そんなみんなをさりげなく見守り、僕の代わりにフォローしてくれた。
――良い仲間たちだと思う。
一緒に旅ができて、本当に良かったと思う。
そして、これからも、この旅が続けばいいと、心から願っている。
――三日後、雨の日。僕たちは、魔王に戦いを挑むことになるだろう。
厳しい戦いになる。それでも、全員が生き残れるように、僕は死力を尽くすと誓う。
――もし犠牲が出るとすれば、真っ先に僕がなるべきだ。
その決意を胸に僕は、はるか遠くにそびえる魔王の居城を見据えた。
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