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202/202

202 忘れられない想い、思い出せない名前

更新が遅くて、すみません。リライト検討中です。

 久しぶりに見たサイガ隊長は、ずいぶん若返っていた。


 それでも――黒髪に精悍な顔つきは変わらず、どこか飄々とした態度も健在で、すぐに本人だと確信できた。


 興奮した私は思わず抱きついたが、その身体は以前よりもさらに鍛え上げられていた。勢いよく飛びついた私を軽々と受け止めた。


 困ったような表情を浮かべ黙ったままの隊長に、私は構わず再会の喜びを語り続けていた。だが、そこへ――突然、獣人の少年が話しかけてきた。


 少年はライと名乗り、自らを隊長の弟子だと言って、私をいきなり、配下扱いしてきた。


 かなり頭のネジが緩そうな彼を見た私は、相変わらず隊長は面倒見がいいと、思ってしまった。


 ――おそらく、身寄りも学もないライ君を哀れみ、旅に連れて行って鍛えてあげているのだろう。


 そんな隊長の優しさを改めて実感し、私もライ君を温かく見守ることにした。


 けれど次の瞬間、隊長は、言葉遣いのなっていないライ君に鋭い目を向け、拳を振り上げた。


 しかし、ライ君は、その拳をひらりと躱して、逆に隊長へと説教を始めた。


 ――少し、調子に乗りすぎでは?


 注意しようと私が口を開こうとした、そのとき――白髪の美しい少女が現れ、無言のままライ君の頭に一撃を振り下ろした。


 その光景に驚いて動けずにいる私の前へ、少女は歩み寄ってきた。そして、リンと名乗り、ライ君の無礼を詫びた。


 隊長の仲間だと言ったリンさんの真っ白で艶やかな髪を見つめる。隊長やマヤさんたちのような黒髪も珍しいが、白髪は人族で見ることはない。


 私はすぐにリンさんが魔族だと分かった。けれど、リンさんは、隊長に失礼をしたライ君を嗜め詫びて、自らを隊長の仲間だと言った。


 ――おそらく、魔族領で傷つき彷徨っていた隊長を、リンさんが助けたのだろう。


 思わず、こんな奇麗な少女に救われた隊長を揶揄う。


 すると、普段なら軽く受け流すはずだが、隊長は顔を真っ赤にして、そそくさとライ君を背負って立ち去った。


 そして、二人きりとなった私は、改めてリンさんを見つめて深々と頭を下げた。


 ……魔族の多くは人間を嫌っている。ここのジュウカン領が珍しいだけで他の土地では、それが普通だ。


 そんな状況で隊長を助けて介抱してくれた――心の底から感謝していた。


 私が顔を上げると、リンさんは恥ずかしがり俯いてしまった。しかし、それがただの照れ隠しではないと思った。


 おそらく、隊長がようやく私たち――昔の仲間と会えたことを喜んでいるのだろう。


 そして、今までの苦労がようやく報われた――そんな、こみ上げる想いを隠すために、リンさんは俯いたに違いない。


 私はリンさんの肩に手を置き、軽く叩くと無言のまま頷き、村へと入るよう促した。





 リンのことでアーロンに揶揄われた俺は、逃げるように村へと入ると、マヤから声をかけられた。


「……やはり、アーロンのことは覚えていないんですね」


 俺の記憶がないと知って、マヤはわずかに表情を曇らせる。……その顔には、隠しきれない動揺が滲んでいた。


 そんなマヤに俺は優しく微笑みかけて、肩に手を置くと穏やかに語りかける。


「……まあ、覚えていないものは仕方がないさ。けどな、アーロンを見て懐かしい気持ちにはなった。昔、仲間だったんだなという実感もあった。それだけで俺は十分だと思っている」


 リンはじっと俺を見つめている。その目を見返して小さく頷くと、言葉を続ける。


「それに記憶はないが、覚えていることもあった。マヤやアオ――二人に対する気持ちだ。記憶も思い出もないが、二人を愛おしく守りたい気持ちは、ちゃんと覚えている。

 ……そして、これからも絶対に忘れない」


 そう言いながら、自分の胸を親指で軽く叩くと、笑顔を深めた。


 そこでようやくマヤの表情が柔らぎ、笑い返す。


「ふふっ、サイガらしいですね。分かりました。なら私も、もう気にしません。でも、約束ですよ。絶対に、私への気持ちは忘れないでくださいね」


 俺が笑顔で頷くと、マヤは照れたように顔を赤らめ、そのまま足早に立ち去った。


 その背を目を細めて見送っていると――いきなり、後頭部に激痛が走った。振り返ると、鉄扇を手にしたリンが、頬を紅潮させながら睨んでいた。


 理由も分からず殴られた俺は、背負っていたライを投げ捨て、リンに詰め寄ろうとする――その瞬間、頭の中に意思が飛び込んできた。


『アンタ、さっきマヤとアオは忘れないって言ってたけど……私が入ってなかったわよ!』


 ……そんなくだらないことで殴ったのか。呆れつつ意思を返す。


『マヤとアオは、一度忘れてたからだろ! お前とは魂同士が混じってるんだ、忘れるも何も――ずっと一緒だろうが!!』


 意思が届いたのか――リンは目をぱちくりと見開いたあと、急にモジモジと身をよじり、耳まで真っ赤に染めた。


 ――いったい、何がしたいんだ。


 そう思って近づこうとした瞬間、リンはくるりと背を向け、そっぽを向いたまま意思を飛ばしてくる。


『……そんな大切なことは、ちゃんと口で言いなさいよ、バカサイガ』


 なにが大切だったのか分からず、俺が思わず聞き返そうと口を開いたその時――リンは振り返ることなく、さっさとマヤの後を追いかけていった。


 結局、リンが何を言いたかったのか分からないまま、溜息をついて視線を落とすと、白目を剥いたライが転がっていた。





 村に入ってすぐ、宿屋へと向かったボクは、皆が来るまで部屋で待っていた。やがて、扉が開いてお姉ちゃんとリンちゃんが入ってくる。


「二人とも、待ってたよ。他の人たちは、まだなの?」


 声をかけると、リンちゃんは、さっきまでサイガと一緒だったと告げ、扉の方へ目を向けた。


 やがて扉を叩く音が部屋に響き、返事をすると、ライ君を背負ったサイガとアーロンさんが入ってきた。


「待たせたか?」


 サイガはそう一言だけ告げると、背負っていたライ君を無造作に下ろし、部屋の隅に寝かせる。その様子をアーロンさんが苦笑いしながら眺めていた。


 ――これで、ようやく全員が揃った。人族領へ戻るための話し合いができる。


 そう思ったボクは、先に見てきた領境(りょうざかい)の様子について説明を始めた。


「――って感じで、ボクたちがアーロンさんと一緒に魔族領に入ったときと、あまり変わってなかったよ。これなら、普通に越えられると思う」


 調べてきた領境の情報を伝え終えると、全員が一様に安堵の表情を浮かべ、頷き合った。


 その様子を見たサイガは、アーロンさんの方へと視線を向け、声をかける。


「……アオの話だと問題なく人族領に戻れそうだ。悪いが、アーロン。俺たちが戻るために協力してくれないか」


 アーロンさんは、少しだけ驚いた顔をして、魔族であるリンちゃんをちらりと見る。


 そして、なぜ協力が必要なのか察して、しばらく考え込むと、ゆっくりと口を開いた。


「……分かりました、協力させてください。ですが、一つだけお願いがあります。隊長の用事が済んだあとでいいです。アルスさんに会ってあげてください」


 アーロンさんの口からその名が出た瞬間、ボクとお姉ちゃんは、とっさにサイガの方を振り返った。


 アルス――かっての僕たちの仲間。そして、勇者の称号を持つサイガの親友――その名を聞いても、何も反応を示さないサイガに、ボクは複雑な気持ちになる。


 ……でも、テンマシンに囚われていることを伝えたくなかったボクたちは、今だけは――サイガの記憶が戻っていないことに、感謝してしまった。


 そして、そんなサイガの様子を不思議そうに見つめるアーロンさんに、お姉ちゃんが近づき、サイガの記憶について説明するのだった。

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