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201/202

201 交錯する記憶、倒錯するライ

「まさか……サイガ隊長ですか? お久しぶりです。どうしたんですか、若くなっちゃって。まさか伝説の若返りの果実でも見つけたんですか!?」


 記憶の曖昧なサイガは、目の前のアーロンさんにどう接していいのか分からず、ただ呆然としていた。


 だけど、アーロンさんは感激のあまり、そんなサイガの様子などお構いなしに抱きつき、再会の喜びを爆発させていた。


 その姿を、ボクたちは微笑ましく見守っている――この場所は、人族領に最も近い辺境の村、ダオユン。


 ララちゃんがジュウカン領の魔王に任命されてから、三日が経っていた。


 結局、スミノエさんの体調を気遣ったボクとお姉ちゃんが、ゼウパレス聖王国への同行を断固として反対したため、彼女抜きで人族領を目指すことになった。


 そして、まだ本調子ではないスミノエさんをララちゃんたちに託し、ボクたちは旅の準備を急いだ。


 そんなある日、スミノエさんに呼ばれたボクとお姉ちゃんは、こっそりと彼女の部屋へと向かった。


 誰にも見つからずに部屋へ入ると、スミノエさんは穏やかな笑みでボクたちを迎えてくれた。


「来てくれてありがとう、マヤ、アオ。……二人だけに伝えたいことがあるの。それは――」


 さきほどまでの穏やかさとは打って変わって、彼女はかなり思いつめたような表情を浮かべていた。


 意を決したのか、やがてアルスたちのことを語り始めた。


「――おそらく、四人とも神界真郷(ジンガイマキョウ)に囚われていると思うの。何かの実験を受けているのか、ただ観察されているだけなのかは、分からないけど……」


 スミノエさんの話を聞き終えたボクとお姉ちゃんは、血の気が引いていくのをはっきりと感じた。


 まさかアルスたちがテンマシンに捕らえられ、テンマココロのように実験対象にされているかもしれないなんて……。


 しかも、その原因が、アルスが考案した人間強化の施術だったとは――まったく予想していなかった。


 テンマシンはそれに興味を持ち、アルスを捕えるために、フォルとエンキさんを人質に取ったという。


 そして、スミノエさんに神託(・・)として命じ、アルスたちが魔族領の奥地へと進む前に――すべてを実行させた。


 そこまで語ったスミノエさんの顔は、真っ青に染まっていた。


 興奮ぎみのアーロンさんにどう接していいか分からず、しどろもどろになっているサイガ。その姿を眺めながら、ボクはスミノエさんの言葉を思い出していた。


 ふと隣をみると、リンちゃんが少し顔を暗くしたボクを心配そうに見つめていた。


 忍びのボクは、心を隠すのが得意だ。だけど、あの夜、スミノエさんから語られた真実は、簡単には受け止めきれず、まだ心の中をかき乱している。


 そんなボクにライ君が、不思議そうに声をかけてきた。


「なあ、アオ姉さん。昔、師匠は隊長だったのか? 今、抱きついている男は、師匠の部下か?」


 サイガに尊敬の眼差しを向けるライ君に、ボクは苦笑して答えた。


「うん、そうだよ。ボクたちと旅をしていたころ、隊長をしてたんだ。たしか三十人くらいの仲間がいたと思う」


 簡単に説明すると、ライ君はまだサイガに抱きついているアーロンさんの方へ歩いていった。そして、アーロンさんの肩に手を置き口を開いた。


「あんた、師匠の部下だったんだろ? 俺は師匠の弟子で、ライだ。何か困ったことがあったら何でも言ってくれ! あと、俺のことは副長と呼んでほしい!」


 その言葉を聞いたアーロンさんは、ポカンと口を開けると、サイガの方へと視線を向けた。


サイガが隊長だったころ、副隊長を務めていたアーロンさんに、堂々と「副長宣言」をしたライ君。それを見たボクとお姉ちゃんは、吹き出しそうになった。


 記憶がないせいで、サイガは何がおかしいのか分からず、ただボクたちの顔を見ているだけだった。


 そんな中、ライ君が自信満々で言い放つ。


「師匠が隊長なら、弟子の俺は副長だ。そして、アンタが師匠の部下なら、俺の部下でもある! だから、これからは『副長』って、ちゃんと呼んでくれ!」


 アーロンさんは、いよいよ困った顔をして、近所の残念な子を見守るような目でライ君を見つめた。


 その様子を眺めていたサイガは、会話の流れからなんとなくアーロンさんが元部下であり、自分を支えてくれた副隊長だと察する。


 状況を把握したサイガは、短くため息をつくと、胸を張って腕を組むライ君の前へと歩き出す。そして、拳を振り上げると、容赦なく言葉を放った。


ちゃんと(・・・・)するのは、お前だ、バカ。何が副長だ。お前なんか一兵卒で十分だ。それに目上の者を敬え!」


 思いきりライ君の頭に拳を振り下ろした――その瞬間、ライ君がひらりと身体を反転させ、避けてみせた。


 そして、組んでいた腕を外して、人さし指を突き出し左右に振って、満面の笑みを浮かべる。


「チッチッ。師匠、いつまでも同じ手が通じると思ったら大間違いだぜ? 師匠こそ、ちゃんと(・・・・)弟子の成長を見なきゃ――だ、べ、ぶっ」


 偉そうに喋り続けるライ君の背後に、颯爽と現れたリンちゃんが、無言のまま鉄扇を振り下ろして黙らせた。


「もう、くだらない漫才には飽きたの。さっさと用事を済ませて、人族領に向かうわよ」


 見慣れた光景にボクたちがさっさと村の中に向かう中、アーロンさんは白目を剥いて地面に転がるライ君をしばらく見つめていた。





 地面に横たわるライのバカを軽く蹴とばして脇にどかすと、私はアーロンさんに話しかけた。


「ごめんなさい、アーロンさん。うちのバカが馬鹿なことして、本当にバカバカしくて泣けてくるわ。あっ、私はリン。サイガたちの仲間よ」


 軽く頭を下げると、アーロンさんはサイガを見てニヤリと笑いながら言った。


「何ですか、隊長。魔族領で行方不明になったって聞いて心配してましたけど……こんな綺麗な子と仲良くなってたなんて、隅に置けませんね」


 その言葉にサイガは顔を真っ赤にし、何か言いかけたが、ちらりと私を見て口を閉じた。そのままライのバカを背負うと、さっさと村の中へと入っていった。


 アーロンさんは、その後ろ姿を見て笑みをこぼすと、私に向き直って優しげな声で口を開いた。


「……本当にありがとう。君なんだろ? 知り合いもいない魔族領で倒れた隊長を助けてくれたのは」


 その言葉に、私は何も言えなくなった。


 ――だって、何を隠そう。サイガを魔族に転生させ、行方不明にしたのは、他でもない私なのだから。


 口を閉じて俯くと、アーロンさんが優しく肩に手を置いて、静かに呟いた。


「……無理に話さなくていい。魔族の敵である人間を助けたんだ――君もいろいろあったんだろう」


 そう言って、肩を軽くポンと叩き、アーロンさんは無言で頷く。


 ――いろいろあった……けど、実際はほとんどサイガが何とかして、私は宙に浮いていただけ。


 喉まで出かかったその言葉を飲み込み、私は無言で頷き返し、アーロンさんの後を追うように、村の中へと足を踏み入れた。

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