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200 新たな魔神と、選ばれし魔王

 俺たちは、スミノエが回復するまでの間、ララの屋敷で過ごすことにした。


 なぜかトガシゼンもそのまま屋敷に留まり、俺やライと修行したり、フーオンの町を散策したりと、まるで観光でも楽しんでいるかのようだった。


 だがある日、いつまでも戻らない主人に業を煮やしたカイが、ホシミ族に頼んで居場所を突き止め、颯爽と姿を現した。


 ちょうどライに稽古をつけていたトガシゼンは、久しぶりに顔を見せたカイに笑顔を向けた――が、どこか毒気の抜けたその表情に、カイは驚いていた。


「久しぶりだな、カイ。――と言っても、一週間ぶりか。悪かったな、いきなりお前の主人を連れ出してしまって」


 雰囲気の変わったトガシゼンを、呆然と見つめていたカイに声をかける。すると、わずかに肩を震わせたカイが、ゆっくりとこちらを向き、恭しく頭を下げた。


「これは、サイガ様。お久しぶりです。そして……新たな魔神(・・・・・)になられたこと、心よりお祝い申し上げます」


 そう言いながら、カイは俺の左手の甲に刻まれた呪紋をじっと見つめた。


 トガシゼンを倒しても、この呪紋は消えることなく、ただその形を変えただけだった。正直、この呪紋のせいで多くの魔族に決闘を挑まれた記憶しかなく、いい思い出など一つもない。


 決着がついた翌日、この忌々しい呪紋をどうにか消せないかと、トガシゼンに頼んでみた。


 すると、トガシゼンはわずかに目を見開き、無言で上着をめくる。視線を落とし自分の胸元を確認したかと思うと、苦笑いを浮かべて口を開いた。


「おめでとう、サイガ。今日からお前が魔神だ。俺も支えるから、しっかり魔族たちを導いてくれ」


 その言葉に、息を呑んだ。対するトガシゼンはというと、まるで何かから解放されたかのように晴れやかな顔をしていた。


 きっと、本人にとっても『魔神』として魔族領を統べるという役目は、かなりの重荷だったのだろう。


 その表情は、本当に嬉しそうで――かつての魔神としての威厳も、貫禄も、すっかり消え失せていた。


 いまだに俺の呪紋をじっと見つめ続けているカイに、思わず嫌そうな表情を浮かべる。


 魔神と告げられた日のことを思い返していると――屋敷の方からアオが笑顔を浮かべて駆け寄ってきた。


「サイガ、やっとスミノエさんも落ち着いたみたい! まだ少し元気はないけど、ちゃんと自分から食事もするようになったし、ボクとお姉ちゃんにだけだけど、笑顔も見せるようになったよ!」


 嬉しそうに笑うアオの顔を見つめると――どうしても自然と視線が唇へと向かってしまう。


 それを無理やり断ち切るようにして、鍛錬を続けているトガシゼンたちに大声で呼びかけた。


「おーい、鍛錬はそこまでだ。ようやくスミノエが話せるようになったらしい。急いで屋敷に戻るぞ!」


 なんとか声が届いたようで、トガシゼンは鍛錬を中断しようとライに声をかけた。


 ……だが、まったく止める気配を見せないライに、トガシゼンは深いため息をつくと――軽く千千千殴(ゼンチゼンノウ)を発動し、容赦なくライをボコボコにして意識を刈り取った。





 ノーベからスミノエが回復したと聞いた私は、再び屋敷の最奥にある部屋へ、全員を集めることにした。


 ララと部屋に向かうと、すでにマヤとスミノエが待っていた。どうやら、ノーベから連絡を受けて、すぐにこちらに向かってきたようだ。


 少し疲れた様子を見せるスミノエに視線を向けると、彼女はすっと立ち上がり、深々と頭を下げた。


「散々迷惑をかけた私を助けてくれて、本当にありがとう。屋敷の人たちの優しい心遣いがなければ、こんなに早く立ち直ることはできなかったと思うわ」


 彼女は静かに顔を上げ、まっすぐに見つめた。その瞳には、深い感謝の想いがはっきりと宿っていた。


 彼女の想いをと受け止めて小さく頷く。するとそのタイミングを見計らったように、アオを先頭に、サイガ、トガシゼンが次々と部屋へ入ってきた。


 ようやく全員が揃い、それぞれが席についたのを確認した私は、サイガに視線を送り、話を始めるよう意思を飛ばす。


 サイガは深く頷き、口を開こうとした――その直後、ララが、おずおずと手を上げて口を開いた。


「……話を止めて、ごめん。ちょっといい? まだライが来てないけど……始めちゃっていいの?」


 注意するララに、私はサイガと目を合わせ、無言のまま頷き合う。


 ――バカは放っておこう。


 共鳴したかのように意思が重なり、思わず、サイガと見つめ合うが、すぐにサイガは、低く落ち着いた口調で語り始めた。


「まず伝えておく。……どうやら俺は魔神になったらしい。これにどういった意味があるかよく分からん。あとからトガシゼンに聞くとして。今は、それより大事な話だ」


 サイガが告げた事実にトガシゼン以外の全員が目を見開き、視線を向ける。そんな様子を無視するかのように、サイガは続ける。


「それで、これからの方針だが、まず、スミノエに聞きたい。体調は大丈夫か?」


 いきなり話を振られたスミノエは、さらに驚くが、すぐに口元を綻ばせ答える。


「まあね、肉体的には問題ないわよ。どちらかというと心の方がやばいけどね」


 そう返す彼女をマヤとアオが心配そうに見つめると、スミノエは二人にだけ何か呟き、笑顔を見せる。


 その様子を黙って見ていたサイガは、少しだけ考え込むと、彼女に尋ねる。


「そうか、あまり無理はさせたくないが……ひとつ頼みたいことがある。ゼウパレス聖王国まで案内してくれないか? ちょっと人族の神に用事がある」


 まるで旧友にでも会いに行くかのような気軽さだが――頼んでいる内容は、明らかにそうじゃなかった。



 現に今、せっかく立ち直りかけてきたのに、彼女は再び顔を青くしている。


 すると、マヤとアオがスミノエに寄り添いながら、サイガを非難するかのように強い視線を向けた。


 それをまっすぐ受け止めるサイガ。だが、こればかりは譲れず、スミノエへ視線を戻して続ける。


「……難しいなら、そこまで行くための地図や移動手段、道具を貸してくれないか。この前の話からすると、アンタも国に戻る途中だったんだろ?」


 サイガなりの譲歩なのだと、誰もが察する。マヤとアオもサイガに向ける視線が柔らくなり、スミノエの顔色も、わずかにだが和らいで見えた。


 だが、すぐに何かを思い出したのか、スミノエの表情がみるみる曇っていく。その様子に首を傾げる。


 まだ完全に立ち直っていないと思い、この件は後回しにして、人族に行くための準備について話そうと、サイガに意思を飛ばし提案する。


 その瞬間、サイガは私の顔を見つめて、少し考え込むと、トガシゼンの方に向き直って口を開いた。


「トガシゼン、魔神について、いくつか聞きたいことがある。教えてくれるか?」


 トガシゼンは肩をすくめて頷くと、続きを促す。


「まずは、魔神になったみたいだが、島の呪いも受け継ぐのか?」


 思わず、サイガとトガシゼンの顔を交互に見比べた――たしかに、魔神となった今、その呪いも継承される可能性は高い。


 もし、サイガが島に戻れば、トガシゼンのように一生死ぬこともできず囚われ続けるかもしれない。


 この場にいる全員がそれを悟り、トガシゼンに視線を向ける。すると彼は、首を横に振りながら語った。


「……いや、あれは魔神とは関係ない。個人的なものだ。親父の親友が、俺が魔神になったときに、身を案じてかけた呪いだ。

 本人は良かれと思ったのだろうが、正直、迷惑でしかなかったな。まあ、それもお前たちのおかげで解呪されたようだ」


 その言葉に安堵する。サイガに呪いは継承されず、しかも、トガシゼンも解放された。


 あまり意味の無い決闘だと思っていたが、これだけでも命を懸けて戦った価値はあったと思う。


 サイガも同じ気持ちだったようで、意識を向けると、じんわりとした穏やかな意思が伝わってきた。


 少しだけ表情を緩めたサイガは、軽く頷き、再び問いかける。


「……そうか、よかったな、トガシゼン。それで、次だが、魔神となった俺になにか義務はあるのか? 『魔族を導け』なんて言われても、正直、さっぱり分からん」


 そう言って両手を上げ肩をすくめるサイガを見て、トガシゼンが顎に手を当て考え込むと、すぐに苦笑いを浮かべて答える。


「いや……何もないな。強いて言えば、魔王を選んだり、たまに気に入った魔族に魔名や真名を与える程度だな。

 魔族領の運営は八人の魔王が分割で行っている。三百年間、一歩も島から出なくても問題なかったし、象徴的な存在なのかもな」


 全員が微妙な表情を浮かべる中、サイガだけは何もしなくてよいと分かり、満面の笑みを浮かべた。


 そして、サイガは私を見つめたあと、隣に並ぶララへと視線を移した。嫌な予感でもしたのか、妹はそっと腰を浮かせ、部屋を出ようとした。


 だが私は妹の肩を押さえ、無理やり引き止めると笑顔を作った。その様子に満足したサイガは、柄にもなく威厳たっぷりに言い放つ。


「我が魔神として命じる……ララよ! 貴様はジュウカン領の魔王になるのだ!」


 ――その瞬間、ララは白目を剥き、そのままテーブルに突っ伏した。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

少しずつ更新していきます。

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