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002 進化と赤い果実

容姿を確認するために湖を探したわけだが、結果的に水の確保までできたのは、本当に幸運だった。


加えて、周囲を探索して分かったことがある。この湖を中心に、森は広がっているらしい。


そして、湖から離れれば離れるほど、草木はまばらになり、背丈も低くなっていく。


また、水分補給を求めて、他の生き物たちも時折この湖に姿を現す。おかげで、この世界には、実に多種多様な生き物が生息していることが分かった。


たとえば──今の自分の倍はある巨大な生き物で、8本もの足を持つもの。異様に首が長い、巨大な四足歩行の獣。今の自分と同じくらいの大きさで、集団行動をする二足歩行の動物たち。


どれもこれも、到底、今のままでは太刀打ちできそうにない。逃げることすら難しそうな、強そうな連中ばかりだった。


――とりあえず、狩りは諦めるしかない。


食べられそうな野草や果実を探すことにする。そういえば──さっき見た二足歩行の動物たちが、赤い果実を食べていたことを思い出した。



――――――――――――



赤い果実をつけた木は、すぐに見つかった。湖からさほど離れていない、太陽の光がよくあたる場所に、赤い果実の木が群生していた。


さっそく採ってみようと思ったが、実は高い場所に生っていて、いくら跳んでも届きそうにない。


地面に落ちている実を拾って食べようとしたものの、新鮮そうに見える実からも、かすかに腐敗臭が漂っていたため、諦めることにする。


腹もそこまで減っているわけではない。ここは無理をせず、しばらく自然に実が落ちるのを待つことにした。


太陽も傾き、光もかなり斜めから射し込むようになってきた頃だった。


──ドサッ。


乾いた音が響き、はっと音のした方へ体を向けると、そこには、他の果実とは比べものにならないほど大きな、真っ赤な果実が転がっていた。


恐る恐る近づくと、濃厚な甘い香りが立ち上り、鼻腔をくすぐった。一瞬、毒や食中毒の危険性が頭をよぎる。


だが、食欲を激しく刺激され、理性はどんどん押し流されていく。


──俺は、真っ赤な果実にかじりついた。


口の中に広がるのは、濃密な香りと圧倒的な甘味。噛みしめるたびに甘さは強さを増し、口内すべてを支配していく。


そして、濃厚な旨味のあとに訪れる爽やかな酸味が、甘ったるさに慣れた舌を心地よく洗い流していった。まるで、永遠に食べ続けられそうな感覚に陥ってしまう。


無我夢中で食べ続けていると、カリッと果肉とは違う食感が舌に触れた。


だが、濃厚な甘味によって極限まで高まった食欲が、それすら気にすることを忘れさせた。


ひたすら食べ続けるうちに、数刻が過ぎ、赤い果実の味にも徐々に慣れてくる。ようやく、さきほど感じた異物感が気になり始めた。


最初は(たね)だと思っていた。だが、よく思い返すと、種にしては妙に柔らかかった気がする。


果実の味が強すぎてはっきりとは分からなかったが、鉄のような、わずかに苦い味も混じっていた気がした。


まだ半分以上残っている赤い果実をじっと見詰めていると、──果肉の中から、モゾモゾと這い出してくるものがあった。


「……マジか、イモムシかよ!!」


這い出してきた芋虫を見つめていると、あの鉄のような苦みを思い出す。


──そうか、あれはこいつの体液の味だったのか。


そう考えた瞬間、胃の中のものを吐き出しそうになった。必死で吐き気を抑え込み、むかつく気持ちを落ち着かせるために、ゆっくりと呼吸を繰り返す。


ようやく心を落ち着け、強引に気持ちを切り替える。無理やり、「充分な食事ができた」と自分に言い聞かせ、残りの果実も食べようとした、その時だった。


──頭の中に、非生物的な声が響いた。


<規定魔素量ノ摂取ヲ確認。発動条件ヲ満タシマシタ。

呪術:二進外法 (ニッシンゲッポウ)ヲ発動。

心身進化ヲ開始シマス。『ヒト』/『ジンガイ』ノ選択肢ヨリ、選択シテクダサイ>


頭の中に響いた無機質な声。だが、その意味はまったく理解できなかった。


<心身進化ヲ行イマス。『ヒト』/『ジンガイ』ノ二択カラ選択シテクダサイ>

「『ヒト』と『ジンガイ』って、どういう意味だ!」


必死に問いかける。だが──


<心身進化ヲ行イマス。『ヒト』/『ジンガイ』ノ二択カラ選択シテクダサイ>


──機械的に、同じ文言が繰り返されるだけだった。


「頼むから、きちんと説明してくれ! 選択したら、一体どうなるんだ!」


叫んでも、問いかけても、返ってくるのは同じ無機質な声。答えは与えられない。ただ選択だけが、無情に突きつけられていた。


<心身進化ヲ行イマス。『ヒト』/『ジンガイ』ノ二択カラ選択シテクダサイ>

<心身進化ヲ行イマス。『ヒト』/『ジンガイ』ノ二択カラ選択シテクダサイ>

<心身進化ヲ行イマス……>


ひたすらに同じ言葉を繰り返す無機質な声。説明を求めた俺がバカだった。もう何も考えられなくなり大声で叫んだ。


「…………くそ! このままじゃ埒が明かない。──じゃあ、『ヒト』だ! 『ヒト』!」

<可。心身進化ヲ開始シマス。

『ジンガイ』⇒『ヒト』ハ、進化方針変更ノタメ、大量ノ魔素消費ガ発生。

進化ノ深度ハ半減サレマス。>


非生物的な声が途絶えた、その瞬間だった。いきなり、全身に激痛が走り抜ける。


視界が暗転し、胴体が何かに上下に引っ張られる感覚。意識が、脳が──頭と背中の両方から引き裂かれるような痛みに襲われる。


激痛の奔流。

肉体の解体。

拡張されていく五感──

自分が何者なのか、すべてが分からなくなっていく。


自我が薄れ、上書きされる。

存在そのものが、再構築されていく──。


そして再び、無機質な声が頭の中に響いた。


<『ヒト』ヘノ心身進化ガ完了シマシタ。

魔族ノ『ヒト』、魔人ニ進化シマシタ。

呪術:【二進外法】ノ発動完了。次回発動マデ停止シマス>


すべての力を吸い取られたような、激しい疲労感の中で、俺は、非生物的な声を頭の奥で反芻していた。


(魔族としての『ヒト』、いわば<魔人>に進化したのか……?)


──俺はまた、別のナニかになったみたいだ。


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