198 伝わる気持ち、動き出す心
あとがきに重要なお知らせがあります<(_ _)>
俺は土下座しながら、リンの想いが流れ込んできて――耳が真っ赤になるのを感じていた。
つい、いつもの調子で強く意識を向けてしまったせいで、まるで洪水のように、リンの気持ちが伝わってきた。
……とてもじゃないが、顔を上げて、意識が繋がってることを告げる勇気はなかった。
しかし、まさか、リンが俺に好意を寄せていたなんて。一度は敵同士――魔王と人間として、命のやり取りをした相手だ。どこかで、いまだに恨まれているんじゃないかとすら思っていた。
だけど……本当はそうじゃなかった。その強気な態度とは裏腹に、ずっと俺のことを想ってくれていたと知った瞬間、ふと、別世界のある言葉が頭をよぎった。
――ツンデレ。
……そんなくだらないことを考えていると、リンがそっと席を立ち、部屋を出ようとするのが分かった。俺はとっさに手を伸ばし、その手を引き止める。
頭を下げたままの俺を見下ろしたリンは、俺の耳が真っ赤になっているのに気づくやいなや、すかさず鉄扇を構えた。
――が、俺はすぐに顔を上げ、鉄扇を受け止めて意思を飛ばす。
『悪かった、リン。……覗き見みたいな真似をして。言い訳になるが――リンから教育されると、習慣でつい、強く意識が繋がってしまうんだ』
その声が頭に響いた瞬間、リンは顔を真っ赤にして、両手で頭を押さえながらその場に蹲った。
その姿を見て、さすがにいたたまれなくなった俺は、そっと肩に手を置いて立たせようとする――
――直後、眉間に鉄扇が突き刺さった。
一瞬、何が起きたのか理解できず、額を押さえながらリンを見れば――真っ赤な顔のまま、睨みつけてくる姿がそこにあった。
「……で、アンタは、いったい私のことをどう思ってるのよ?」
仁王立ちで見下ろしてきたリンが、いきなり真っすぐに俺の気持ちを問いただしてくる。
たしかに、意思が繋がっている俺たちに隠しごとはできないし、すでにリンの想いは伝わっている。これ以上、取り繕っても意味はないのかもしれない。
……だけど、そんなリンの顔は真っ赤に染まり、唇もかすかに震えていた。
リンが意識を強く向ければ、わざわざ聞かずとも俺の気持ちは分かるはずだ。
――でも、それをしない。
たぶん……本当の答えを知るのが、怖いんだろう。
いつもは気丈なリンが、今だけは小さく、可愛く見えて――思わず微笑んでしまった、次の瞬間。ふたたび、俺の額に鉄扇が突き刺さる。
「何笑ってるのよ、バカ! いいから、早く答えなさいよ!」
今度の一撃は、魔眼のある場所を直撃したらしく、脳内に激痛が駆け抜けた。
――本当に、好きな相手にここまでやれるって、ある意味すごいな。
俺は、じんわり痛む額をそっと擦りながら、黙って反省する。
たしかに――笑った俺も悪かった。
そして、あらためて息を深く吸い込むと、リンの瞳をしっかり見つめ、想いを込めて口を開く。
「……俺は、リンが好きだ。マヤとアオ――二人と同じくらい、リンを愛してる。
……前にも言っただろ。お前にはそばにいてほしいって。
今も、その気持ちは変わってない。……いや、今はそれ以上に、ずっとそばにいてほしいって思ってる」
そこまで一気に言葉を吐き出すと、顔がほんのり熱を帯びていることに気づき、――俺もリンのことを笑えないな、と反省する。
だけど、赤くなった顔を隠すことなく、リンを見つめ返した。
すると、リンは深く息を吸い込み、気持ちを静め語りかけた。
「……ふっ、ふーん。そうなんだ。サイガも私のことが好きなんだ。けど、ならなんで、『人族領に行ってテンマシンをぶん殴る』なんて言ったの。ここで皆で穏やかに暮らせばいいじゃない」
その言葉に俺は首を横に振り、しっかりとした声で返す。
「そうだな、確かにリンやマヤ、アオとここで暮らすのもいいな。だが、テンマシンのせいで犠牲になった人がいる。そして、これから犠牲になる人もいることを知って、俺だけが幸せに暮らすなんて無理だ」
リンは黙ったまま俺の話に耳を傾けていた。その沈黙が、真剣に受け止めてくれていると分かっているから――俺は、包み隠さず本音をぶつけた。
「……別に勇者でも何でもない俺が、そこまでする必要があるなんて思っていない。でもな、少なくとも、いまだに囚われ苦しんでいる人がいることを知ってしまった。
その人は、命を懸けて戦ったトガシゼンの曾祖母テンマココロだ。そんな人を知ってしまった以上、何もしないなんて俺にはできない」
俺はそこで言葉を止めて、リンの目を強く見つめる。ここからは言葉でなく、意識を繋いで、気持ちが伝わるように……。
その瞬間、リンの言葉が、優しく俺の頭の中に響いてきた。
『わかったわ、サイガ。けど、一人では行かせない。アンタは私が守る。理由は聞かないでよね。分かるでしょ? 今、繋がってるんだから……』
リンの意思がじわじわと頭の中に染み渡り、心の奥まで、じわりと温かく満たしていく。愛おしい気持ちに包まれた俺は穏やかに微笑みを浮かべる。
すると突然、リンが手を叩き、指を組むようにして両手を閉じると――それを俺の目の前に突き出してきた。
一瞬、きょとんとするが、いったい、何がしたいか分からず、身を屈めてその両手を覗き込むと――
すうっと顔が近づいたかと思えば――そのまま、そっと唇が重ねられた。
『今日は、これで許してあげる……』
柔らかく触れた唇が、静かに離れていくと――リンはふわりと後ろを向き、顔を隠した。
そして、ほんの少しだけ意思を飛ばしながら、黙って部屋から出ていった。
呆然としながら、その後ろ姿を見送る俺は、白銀の髪から、ちらりと見えた耳が真っ赤だと気づき、驚きと同じくらい優しい気持ちになった。
◆
サイガの部屋から出た私は、そっと唇に触れる。
――まだ少し感触が残っていた。
心臓は鼓動が早く、顔だけじゃなく全身が熱い。だけど、少しも嫌な感じじゃなく、むしろ心が温かく満たされていくようで、心地よかった。
思わず私がスキップするような軽い足取りで、廊下を歩いていると、突然、背後から声をかけられる。
「リン姉さん、どうしたんだ? なんだか楽しそうだな?」
振り向くと、ライが不思議そうな顔でこちらを見つめていた。思わず――サイガとの会話を聞かれたのかと焦り、顔が熱くなる。
「本当にどうしたんだ? 顔も赤いぞ」
なおも質問をしてくるライに、少しイラっとしながらも適当な言葉を返す。
「……別に何でもないわ。色々なことがあったから、ようやく解放されて、少し浮かれてるのかもね」
「そうなのか? さっき師匠の部屋から出るのが見えたから、なんか楽しいことでもあったのかと思ったぞ」
その言葉に私はかなり動揺する。ライのバカは狼の獣人だからか耳が良すぎて、前にも、サイガとミナニシケイの会話を部屋の外から盗み聞きしていた。
そのことを思い出した私は、それとなく確認を試みる。
「そうかしら、別に普通よ。それよりもライ、部屋の中から何か聞こえた?」
その瞬間、何かを思い出したのか、ライが掌をポンと叩くと、感慨深げに呟く。
「……そういえば、たしかに少しだけ言葉が聞こえたよ。……たしか『アイス』とか『そば』とか――なんか腹が減ってきたな。ごめん、リン姉さん、ちょっと食堂にいってくる」
そう言い残して駆け出すライの背中を見送りながら……ほんと、バカでよかった、と心の底から思った。
更新を楽しみにしてくださっている皆さまには、心から感謝しております。
しかし、ネタが思いつかず筆が進まないこと、さらに並行して執筆中の作品もあるため、今後は更新速度を落とすことにしました。
お待たせしてしまうのは本当に心苦しいのですが、決して執筆をやめるわけではありません。
これからも温かく見守っていただければ幸いです。




