194 眠れる少女と困惑の魔神
すいません、今週はお仕事とリライトが重なってしまって、予定してた三話投稿が二話になってしまいました……!
楽しみにしてくれてた方がいたら、本当にすみません<(_ _)>
来週こそは、しっかり更新できるよう頑張りますので、これからもゆるっと応援してもらえたら嬉しいです!
「――――それから、転移したテンマシン様は、その頭脳と異世界の知識、そして魔素と融合したナノマシンを駆使して、呪術をも凌ぐ力を魔術を手に入れ、<神>となったってわけ」
スミノエは一気にそこまで話すと、手品の種がばれた道化師のように肩をすくめてみせた。
一人おどけるスミノエとは対照的に、部屋にいる全員が息を呑み、言葉を失っていた。
俺は祖母であるテンマココロが転移者であることは知っていた。だが、人族の神が、曾祖父――テンマカイの弟であることは、教えられていなかった。
そもそも、なぜ今、祖母が人族の神のもとにいるのか――その理由も謎のままだ。
俺の知る限り、祖母はこの世界に転移した後、曾祖父テンマカイとともに魔族領に渡り、この地で静かに暮らしていた。
そして、家族を得て、穏やかな日々を送っていたはずだった。人族との戦いに巻き込まれて命を落とすまでは。そう親父からは聞かされていた。
だが今、祖母は生きていて、しかもその呪術で人族を洗脳しているという――理解が追いつかず、俺はスミノエに問いかける。
「……なるほど、驚きはしたが、納得できる部分もあった。それで、なぜ今も祖母は生きているんだ?」
その問いに、スミノエは少しだけ悲しげな表情を浮かべながらも、はっきりとした口調で答えた。
「それは――四百年前の魔族との戦争で、テンマココロは戦火に巻き込まれた。でも、なんとか生き延びて、テンマシン様に保護され、仮死状態のまま培養カプセルの中で管理されているからよ」
『培養カプセル』――その言葉の意味がわからず、思わず首を傾げる。
周囲を見渡すが、誰ひとりとして知っている様子はなく、全員が顔を見合わせ、不思議そうな表情を浮かべていた。
そんな俺たちの反応に、スミノエは苦笑いを浮かべると、自分の荷物を持ってくるように促した。
すると、アオがそそくさと部屋の隅に向かい、そこに置かれていた鞄を手に取ってスミノエの前に置く。
「ごめんね、アオ。その中に、掌くらいの大きさの白い箱があると思うの。出してくれる?」
その言葉に、アオ以外の全員に緊張が走る。
だがスミノエは、そんな俺たちの様子に鼻で笑うと、縛られた両手を軽く上げて見せ、抵抗の意思がないことを示した。
その仕草にサイガが深く頷き、アオに白い箱を取り出すよう促す。
「ありがとう、アオ。悪いけど、それをテーブルに置いて。開錠するから」
そう言ってスミノエは、上げていた手をゆっくりと下ろし、白い箱に触れる。
すると、小さく「カチリ」という音が部屋に響いた。
◆
アオがスミノエに促され、白い箱を開けると――そこには、数枚の小さな紙切れが重ねられていた。
俺はすぐに魔素感知を使ったが、呪符や魔道具のような反応はなく、害のあるものではないと判断し、とりあえず胸を撫で下ろす。
――その直後、スミノエが穏やかに口を開いた。
「アオ、その一番下にある写真をトガシゼンに渡して。……あと、できれば他の写真は見ないでくれる? とくにアオたちには、見られたくないの」
一瞬だけ、余裕めいた表情を消したスミノエが、低く沈んだ声でそう告げた。「お願い」という言葉だったが、どこか切実さのようなものが滲んでいた。
アオもその様子に気づいたのだろう。静かに頷くと、一番下の紙切れだけをそっと引き抜き、白い箱を閉じた。
そして、音もなくトガシゼンのもとまで歩くと、アオは手に持っていた紙切れを無言で差し出した。
トガシゼンは小さく頷いてアオに感謝の意を示すと、その紙切れを受け取り、視線を落とす――その瞬間、トガシゼンの表情が驚愕に染まった。
「それが培養カプセルよ。で、中にいるのがテンマココロ――アンタの祖母よ」
スミノエの言葉に、部屋の空気が一変し、全員の視線がトガシゼンに集中する。
そんな中、俺は白い紙切れを凝視し続けるトガシゼンに声をかけようとした、そのとき――例の写真が、宙を滑るようにこちらへ飛んできた。
俺は反射的にそれを掴み、トガシゼンに目を向ける。すると、ヤツは小さく頷き、言葉を発さずに「見ろ」と訴えた。
頷き返した俺は、写真に視線を落とす。
そこには、硝子でできた円筒状の棺のようなものの中で、一人の少女が眠っていた。
――その少女がテンマココロだとは、すぐには分からなかった。容姿は十代半ばほどで、明らかに若い。
トガシゼンの祖母というのだから、老婆を想像していた俺も悪い。だが、それにしても、子供がいるような年齢には見えなかった。
それに、巨大な硝子の筒に満たされた青い液体と、その中で静かに眠る少女の姿は――絵にしてはあまりにも緻密で、異常なほど詳細に描かれていた。
紙自体も特殊な素材らしく、艶やかな光沢を放っている。
俺は写真をテーブルに置き、リンたちのいる方へと滑らせる。すると、写真はぴたりと目の前で止まり、その場にいた全員が揃って覗き込んだ。
――そして、一様に眉を上げ、疑問に満ちた表情を浮かべる。
そんな俺たちの様子を可笑しそうに眺めていたスミノエが、静かに声をかけた。
「ふふふ、まぁ、何に驚いてるか、大体察しがつくわ。
まず、テンマココロはテンマシン様の力によって若返り、仮死状態のまま老化せずに生き続けているの。
……まあ、力といっても、試験体として最初にナノマシンで若返りの施術を受けただけなんだけどね」
スミノエはそこまで話すと肩をすくめ、俺たちを見渡した。
すると、俺が続きを促すように顎をしゃくる。それに小さく頷くと、彼女は言葉を続けた。
「……で、最初の質問に戻るけど。マヤとアオが魔族になったってわかったのは――私の呪詠が、魔族にしか反応しないよう調整されてるから。だから、二人に反応が出た時点で、魔族化したって分かったのよ」
そう言うとスミノエは、椅子の背にもたれかかり、天井を見上げながら大きく息を吐いた。
「で、なんで、俺が『サイガ』だと分かった? マヤたちから容姿や雰囲気が似てるとは聞いていたが、年齢的にはかなり若返ってるはずだろ」
俺の問いに、スミノエは天井を見たまま、視線を合わせることなく――縛られた手を器用にひらひらと振りながら、呟くように返した。
「ああ、それは勘よ。マヤとアオと一緒にいたし、『サイガ』に似たヤツがいるなら、本人だと思っただけ」
どこか疲れたように話すスミノエは、それ以上答えるつもりがないと言わんばかりに、そっと目を閉じた。
――その時、彼女の胸元で光っていたテンマココロの血晶が、妖しく輝き出した。
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『魔女の烙印を押された聖女は、異世界で魔法少女の夢をみる』(完結済み)
『転生忍者は忍べない ~今度はひっそりと生きたいのですが、王女や聖女が許してくれません~』
も連載中ですので、興味がありましたらご覧ください。
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