193 神と呪いの起源
――例の言葉を耳にした瞬間、ボクとお姉ちゃんは、言いようのない恐怖に襲われた。全身から冷たい汗が一気に噴き出し、身体が勝手に震え出す。
そんなボクたちに、サイガは優しく声をかけてくれた。
……でも、それでも、この得体の知れない恐怖は、まるで呪いのように心に張りついて離れなかった。
――それから先のことは、よく覚えていない。
リンちゃんやトガシゼンさんが、スミノエさんを睨みながら何か話していた気がするけど、その声も、内容も、一切ボクの耳には届かなかった。
呪いのような恐怖から身を守るように、ボクとマヤお姉ちゃんは、自分の身体を抱き締めるようにして蹲っていた。
そんな私たちに、スミノエさんが、そっと優しく声をかけてくれる。
「いい? 二人とも、しっかり聞いて。ジンガイマキョウの魔名は『人外魔境』――そして、本当の名前、真名は『神界真郷』よ」
――その言葉が、すうっと頭の中に入り込んできた。
するとそれは、全身を――いや、心の奥深くまで染みわたり、静かに、ゆっくりと……恐怖に染まっていたボクたちを、優しく浄化していった。
気がつくと、さっきまでの恐怖が嘘だったかのように、視界が開け、みんなの言葉がちゃんと耳に届いていた。
思わず顔を上げて、スミノエさんのほうを見る。
するとそこには、魔王討伐の旅をしていた頃の、あの優しい「お姉さん」のような笑顔があり、胸の奥が温かくなった。
――気づけば、ボクはスミノエさんに抱きついていた。
スミノエさんも少し驚いたようだったけれど、すぐに優しくボクを受け止めてくれた。
見上げると、そっと頭に手を添え、慈しみに満ちたまなざしで、ボクを見つめた。
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私の言葉で、マヤとアオの呪いが解けた。
その様子に胸を撫で下ろした私は、安堵の表情を浮かべた。すると、アオが抱きつき、その後ろではマヤが深々と頭を下げていた。
二人が正常に戻ったことで、ようやく真実を語ることができる――そう思うと、少しだけ表情が曇ってしまう。
そんな私に気づいたアオが、心配そうに顔を見上げてきた。
「心配してくれて、ありがとう、アオ。でも、大丈夫。……さて、これで全員、話が聞けるようになったわね。じゃあ、話しましょうか。私が知っている――すべてを」
アオの優しさに微笑みで応え、その頭をそっと撫でる。
そして、静かに立ち上がった私は、サイガたちに視線を移すと、ゆっくりと息を吸い、この世界に隠された『真実』を語り始めた。
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エルフやドワーフ――そう、私たち長命種は、この世界に元々いた種族ではない。
私たちは、かつてこの世界に「たった三人」だけ存在した転移者の一人――テンマシン様によって、創られた存在。
この世界には『転生者』は数多く存在する。
だが、『転移者』――つまり、生まれ変わりではなく、肉体を保ったまま異世界からこの地に現れた者は、歴史上、たった三人だけらしい。
テンマシン様がそう仰ったのだから、それは真実なのだろう。……仮に間違っていたとしても、それを確かめる手段など、私たちには存在しない。
我らが創造主――テンマシン様は、この世界に転移する前、別の世界で『科学者』という職業に就いていたらしい。
そして、その世界では数多くの分野で優れた功績を残していたという。
……かつて、そのことを誇らしげに私たち見習いに説いていた巫女長・サラスセル様。下界に興味など示さないはずのテンマシン様は、その言葉を遮った。
神像から厳しく否定の波動を放つと、その名を二度と口にするなと神託を下した。
その瞬間――巫女長の顔は恐怖に引きつり、私たちが見ているにもかかわらず、地面に額を擦りつけて、目の前の神像に許しを乞うた。
そして、涙ながらに、今後二度と語らぬことを誓っていた。
あの時の光景は、今でも脳裏に焼き付いて離れない。どうして、巫女長の言葉が神の逆鱗に触れたのか――私は、どうしても知りたかった。
ある日、祈りを捧げる中で、私は思い切ってテンマシン様に問いかけた。
――なぜ、『科学者』という言葉に、あれほどの怒りを覚えたのか――
同じ祈りの場にいた同僚たちは皆、顔を青ざめさせ、私に非難の視線を向けてきた。だが、私は気にしなかった。
私は、敬虔な巫女ではなかった。ただ、神に選ばれた才能ゆえに、神殿へと召されたに過ぎない。
神を盲目的に信じることはできなかったし、もしこれで破門になるなら、それでもいいと思っていた。
だが、意外なことに――私のふてぶてしい態度を、テンマシン様は気に入ったようだった。
その日――他の者たちを祈りの間から退けると、テンマシン様は語り始めた。もう一人の転移者。己の兄である――テンマカイについて。
――しばらく誰もいなくなった祈りの間で、私はテンマシン様の神像の前に膝をつき、静かに祈りを捧げていた。
すると、頭の奥に『楽にせよ』という穏やかな意思が、すうっと流れ込んできた。
その意思に従い、祈りを解いて立ち上がると、自然と腕を組み、尊大に神像を見上げた。
どうやら、その仕草が面白かったらしい。テンマシン様から、楽しげな波動のようなものが伝わってきた。
――その直後だった。
突然、私の脳に膨大な情報が、一気に流れ込んできたのだ。
あまりの量と速さに、頭の奥が灼けるように熱くなり、私は激しい頭痛に襲われた。それでも、頭を押さえながら、次々に脳内へ押し寄せる情報に愕然とする。
テンマシン様――私たちが神と崇める存在も、元はただの人間だった。
彼は、この世界に転移してくる際、ナノマシンを携えていた。
そして、そのナノマシンを使い、現地の人間たちを実験体として、肉体強化や不老不死の研究を進めていたという。
――やがて、その研究は結実し、テンマシン様は<神>と呼ばれる存在へと至った。
その過程で生まれたのが――私たちエルフやドワーフ、そして異形の魔物たちだった。
なぜ彼は、そこまでして<神>という存在に固執したのか。
――その理由は、彼と共にこの世界に転移してきた兄・テンマカイにあった。
彼とテンマカイは、『陰陽師』を代々生業とする家系に生まれた。
陰陽師とは、超自然現象を引き起こす特殊な方術を操り、世に災いをもたらすものを祓う術士だという。
そして、兄であるテンマカイは、その一族の中でも「天才」と呼ばれるほどの実力を持ち、その類まれな才能で数多の功績を上げた。
だが、弟である彼には、その才能がなかった。代わりに彼が持っていたのは、天才的な頭脳だった。
彼はその頭脳を駆使し、医学・科学・化学といったあらゆる分野を貪欲に学び、吸収し、やがて兄をも超える栄誉を手にした。
――けれど、彼が本当に求めていたのは、陰陽師が扱う呪術をも超える<力>だった。
しかし、彼が生きる世界では、その夢を叶えることはできなかった。その限界を悟った彼は、望みを<別の世界>に託した。
そして、自らが持つすべての知識と力を注ぎ込み、異世界への扉を開こうとした。
だが、それは科学の力だけでは成し得なかった。世界の摂理を超える超常の力――すなわち、呪術を用いることで、はじめて扉は開かれた。
……科学と呪術。この二つの力が融合したとき、異世界への道が拓かれる。
そのために、彼は兄を――テンマカイを騙し、さらにその娘を人質にとり、無理やり協力を迫った。
……弟と兄――その力が交わったとき、その扉は開いた。
こうして、テンマシンとテンマカイ、そして、その娘――テンマココロの三人は、この世界へと転移したのだ。
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『魔女の烙印を押された聖女は、異世界で魔法少女の夢をみる』(完結済み)
『転生忍者は忍べない ~今度はひっそりと生きたいのですが、王女や聖女が許してくれません~』
も連載中ですので、興味がありましたらご覧ください。
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