190 姉妹を紡ぐ、ライの正論
スミノエさんは、どこか思い詰めたような表情を浮かべながら、屋敷の中に案内するようリンちゃんに告げた。
その姿を見た瞬間、ボクの脳裏には、言いようのない不安がよぎる。
……旅の途中、魔族に襲われたときも、スミノエさんは愚痴や文句は言っても、弱音を吐くことはなかった。
そして、どんなに危険な作戦でも、悪態はついても決して挫けず、余裕すら感じさせる態度を崩さなかった。
そんなスミノエさんが、今はかつて見せたことのないような真剣な表情で――冷たい目をして、リンちゃんを真っすぐ見据えていた。
――――――――――――
私たちはノーベさんの案内で、屋敷の奥にある会議室へと向かった。
そこは、以前カミニシさんが、自分の故郷が人族に襲われた過去を打ち明けてくれたときに使われた場所だった。
「ララ、悪いけど席を外してもらえる? ……どうやら、そこの女が話す内容って、かなりヤバいらしいの」
リンちゃんは、勝手に上座に座ったスミノエさんから目を離さぬまま、静かにララにそう告げた。
その言葉に、ララちゃんは一瞬だけ目を見開いた。だがすぐに苦笑いを浮かべ、小さく首を横に振りながら、はっきりとリンちゃんの申し出を否定する。
「ごめんなさい、姉さん。それはできないわ。もし本当に危険な内容なら――私は、聞かないといけないと思うの。姉さんひとりに、全部を背負わせるつもりはないわ」
ララちゃんはまっすぐリンちゃんを見つめ、力強くそう告げた。
……ボクも、同じ妹として、ララちゃんの気持ちは痛いほど分かった。血を分けた姉妹が、今まさに危険なことに巻き込まれようとしている。
そんな状況で、ただの部外者として傍観するなんて、できるはずがない――
ララちゃんのリンちゃんに向ける視線は、そう語っているように見えた。
リンちゃんは、そんな強い眼差しを受け止めると、ララちゃんと同じように首を横に振り、苦笑を浮かべた。
そっとスミノエさんから視線を外すと、ララちゃんに近づき、優しく抱き寄せる。
「ありがとう、ララ。あなたが妹で本当によかった。その気持ちも、ちゃんと伝わったわ。でもね――姉として、妹をわざわざ危険な目に遭わせるなんて、できないの。……お願いだから、部屋を出てくれない?」
ララちゃんは、リンちゃんの言葉に少しだけ目を見開いたが、やがてそっと手を伸ばし、リンちゃんの背中に腕を回して、優しく抱き返した。
――部屋の中が静寂に包まれる。
……誰もが二人の気持ちを理解し、その真摯さに胸を打たれ――だからこそ、どちらの思いにも簡単には肩入れできずにいた。
そんな空気を破ったのは、意外な人物だった。
「おい、おい、リン姉さん。それはないぜ? せっかくのララの覚悟を無視するなんてよ。それに、どうせこの場にいなくても、俺が後から全部しゃべるから意味ないって」
ライ君が、どこかあっけらかんとした調子で声をかけてきた。
その言葉に、リンちゃんは鋭い視線を向ける。だが、ライ君はそれをまっすぐ受け止め、同じように強いまなざしを返した。
――そして、先ほどとは打って変わって、真剣な口調で言い放った。
「リン姉さんの気持ちも分かるけどさ。もし、姉さんの身に何かあったら……ララはきっと後悔すると思う。ひょっとしたら、それはこれからの人生ずっと、のしかかる重石になるかもしれない。
ララのことを本当に想ってるなら――『きっと大丈夫』って、信じてやるべきだ」
リンちゃんは、その言葉に思わず息を呑んだ。……たしかに、ララちゃんはずっと見守り、支えてきた。
リンちゃんがボクたちに魔王として討伐されたときも、サイガとともに魔王選別の儀に赴いたときも――そして、トガシゼン様との決闘のときも、ただ黙って、けれど確かに支え続けてきた。
その気持ちを思えば、どんな理由があろうと、急に蚊帳の外にされるのは辛いだろう。
……ライ君は、それを代弁してくれたのだ。
ララちゃんの想いに、ライ君の気遣い――その二人の気持ちを噛み締めるように、リンちゃんは重く静かな声で語りかけた。
「……そうね、ごめんなさい。私が間違ってたわ。まさか、ライのバカに気づかされるとは思わなかった」
リンちゃんの視線は、ライ君に向けていた鋭さをすっかり失い、柔らかなものへと変わっていた。
そして、ララちゃんを抱きしめていた手をそっと離すと、一歩下がって、穏やかに言葉を続ける。
「ララ。ここで言うことじゃないかもしれないけど……大好きよ。すごく大切で、大事な妹だと思ってる。何があっても、あなたを悲しませるようなことはしないし、させない。……信じて」
その真っ直ぐな想いが込められた言葉に、ララちゃんは目にうっすらと涙を浮かべながら――ゆっくりと、深く頷いた。
◆
……ライが、珍しくまともなことを言った。
まさか、スミノエが何かを語り出す前に、別の意味で驚かされるとは思っていなかった。
とはいえ、ライはバカだが、決して頭が悪いわけではない。
時折見せる核心を突く言動と、それを裏付ける――何物にも惑わされないまっすぐな思考は、俺も知っているし、リンも分かっている。
今回も、そんなライらしい視点で、リンとララの互いの想いを汲み取り、わずかな『すれ違い』をきっちり指摘してくれた――。
とにかく、これで準備は整った。
魔族でもなく、魔素感知もできないはずのスミノエが、なぜマヤたちが魔族になったと分かったのか。
――そして、それに関係する『危険な情報』を、いよいよ聞く段階に入った。
俺は、会議室の上座に座り、リンたちのやり取りを面白そうに眺めていたスミノエに視線を向け、重く低い声で口を開いた。
「……ここなら、いいだろう、スミノエ? お前が知ってることは、すべて話してもらう」
俺の言葉に、スミノエはすっと笑みを消すと、まっすぐ俺を見据えた。
その表情は――まるで、死刑を宣告する死神のようだった。
そして、冷たく、無感情な瞳には、不気味な静けさが漂っていた。
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