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189 死刑宣告……スミノエの覚悟

「そんなに畏まらなくてもいい。こいつらに負けた今の俺は、ただの魔人だ」


目の前で地面に膝をつき、臣下の礼を取る妹とノーベに向かって、トガシゼンは重々しくも、どこか穏やかな口調で語りかけた。


とはいえ、その圧倒的な存在感は変わらず、全身からにじみ出る威圧感が、トガシゼンが最上位の魔族であることを妹たちに否応なく認識させる。


――それが容易には身を起こさせようとさせない。


そんな様子を見ていた私は、トガシゼンと妹たちの間に立ち、そっと妹の手を取って、ゆっくりと立ち上がらせる。そして、優しく語りかけた。


「……たしかに、初めて見ると怖いとは思うけど、そのうち慣れるわよ。それに、魔神とはいえ、あのサイガのバカに負けたのよ? そんなに畏まることないわ」


その言葉に、妹は目を見開いた。だが、私の後ろに立つトガシゼンが、小さく笑みを浮かべて頷くのを目にすると、大きく息を吐いて安堵の色を浮かべる。


そして、隣で膝をつき、臣下の礼を取っていたノーベの肩をそっと叩き、起き上がるように促した。


場の空気が、ほんの少しだけ和らいだそのとき――マヤとアオがスミノエを連れて、馬車から降りてきた。


「久しぶりってほどでもないけど……一週間ぶりかな、ララちゃん!」


アオは馬車から飛び降りると、まっすぐララのもとへ駆け寄り、満面の笑みを浮かべながら、両手を取って挨拶をした。


その無邪気な姿に、周囲の空気もいっそう明るくなり、場の雰囲気が和やかさを増していくのが感じられた。


そんな中、ゆっくりとマヤが、拘束されたスミノエを伴って歩いてきた。


「ララさん、本当にごめんなさい。いきなり許可もなく、トガシゼン様と……スミノエ様をお連れすることになって」


マヤは、かつての仲間であるスミノエをどう説明すべきか迷っているようだったが、とにかく急に二人をララの屋敷へ連れてくることになった非礼を詫びた。


けれど――このような事態を招いたのは、他ならぬこのエルフの女……スミノエである。マヤが謝る必要など、本来ないはずだ。


恐縮するマヤの隣で、どこか人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべるスミノエを、私は鋭く睨みつけた。


「なに? 白髪のお嬢ちゃん、私に何か言いたいことでもあるの?」


私の視線を受けても、スミノエは余裕の態度を崩さず、縛られた両手を胸元まで上げて肩をすくめた。


そのふざけた仕草に、私は思わず腰に差した鉄扇へと手を伸ばしかけた――そのとき、屋敷の正門が開いた。


そして、そこから現れたのは――こちらに向かって走ってくる、いつものバカ二人だった。


白の死免蘇花で多少は回復したとはいえ、疲れ知らずの体力を遺憾なく発揮して、ものすごい勢いで突進してくる二人の姿。私は呆れたように肩をすくめた。


そしてスミノエのそばへと歩み寄ると、大きく息を吸い込み、全力で叫んだ。


「サイガ、ライ! ここ(スミノエ)がゴールよ。先に触れたほうが勝ちよ!!」


私の言葉に、二人は一瞬だけ目を丸くして動きを止めかけるが――それよりも先にゴールする方が大事だと言わんばかりに、すぐさま競争心を燃やす。


さらに速度を上げると、向きを変え、全速力でこちらに突っ込んできた。


その迫力と、魔獣すら凌ぐような驚異的な走力に、さすがのスミノエもたじろぎ、一歩、後ずさろうとする。


しかし、私はすかさず彼女の背後に回り込み、肩に手を置いて、力を込めてその場に押しとどめた。


そして、スミノエの耳元に顔を寄せ、そっと囁く。


「……私に舐めた態度をとったら、どうなるか、教えてあげる」


目の前で猛烈な速さで迫ってくるバカ二人の姿に、スミノエの顔からは余裕が消え――わずかに、震え始めた。


私はそんな彼女に、優しく、そして穏やかに――死刑宣告を告げた。





俺は、リンの声に従ってスミノエ――いや、ゴール(・・・)に向きを変え、全力で駆けていた。


……だが、冷静に考えると、この勢いのまま俺とライのバカが突っ込んだら、スミノエは、ただじゃ済まない。


とはいえ、ライには負けたくない俺は、どうするかと必死に考えていたその時、リンの意識が頭の中に飛び込んできた。


その内容を受け取った俺は、思わず口元を綻ばせかけたが、すぐに気を引き締め、ほんのわずか速度を落としてライを前に出させる。


「ワハハハ、師匠ももう歳だな。ここにきて疲れが出たようだな。この勝負、俺の勝ち……ダァァッ!」


……振り返りざま、満面のドヤ顔で俺を挑発するライ。そして、目の前には、恐怖で顔をひきつらせているスミノエ。


俺は心の中で小さく溜息をつくと、両足に魔素を集中させ、深く踏み込んだ。


そして――次の瞬間。


地面を強く蹴って跳び上がると、即死するのではないかと思わせる勢いで、スミノエに突っ込んでいくライの背中に、渾身の飛び蹴りを叩き込んだ。


ライは、ゴール寸前で無理やり軌道を変えられ、スミノエの横をかすめるように通り過ぎると、そのまま頭から地面に突っ込んだ。


その直後に吹き抜けた突風を頬に受けたスミノエは、冷や汗を流し、余裕の笑みはすっかり消え去り、真っ青な顔で立ち尽くしていた。


「わかったかしら、私を怒らせるとどうなるか。もう一度、舐めた態度をとったら、今度は容赦なく、ライのバカをぶつけるわよ」


リンは、地面に転がるライを蹴り飛ばして脇にどかすと、震えるスミノエの前に立ち――ミナニシともスミノエともまた違う、ある意味で妖艶?な笑みを浮かべ、その頬にそっと手を添えて囁いた。


全然、色気を感じないその笑みを見つめながら、やっぱりリンを怒らせるのは、魔神と戦うよりよっぽど危険だと、改めて思い知らされる。


その次の瞬間、リンがその妖艶?な笑みを浮かべたまま、ゆっくりと俺に視線を向けてきた。


『まだ、わかってないのね、サイガ。私を怒らせるとどうなるか、もう何度目かしら……。舐めた態度をとったら、そのたびに容赦なく、そこのライのバカみたいに叩き潰すわよ』


その意思を受け取った俺は、どうして毎回、余計なことを考えてしまうのかと、心の底で猛省する。


そして、どうしていつも俺のことを視てるんだ――そう思いながらも、悟られないように、心の奥でそっとため息をついた。





狼の獣人の少年からの突撃を免れた私は、震える身体を擦りながら、サイガの方へと視線を向けた。


すると、白髪の少女に深々と頭を下げている姿が目に入ってきた。


……相変わらず、理解に苦しむ行動を取るサイガの姿を見て、懐かしさが込み上げてくる。


ただ、どんな経緯で若返ったのかは分からないが、十代半ばにしか見えないその姿には、やはり違和感を覚えてしまう。


加えて、常に身に着けていた額当てや、そこにある大きな赤い眼も――どうやら自前(・・)らしい。


魔神と戦っていたときも、足のかかとからは鳥のような爪が伸び、両腕からは、昆虫か甲殻類を思わせる外殻が浮かび上がっていた。


……もともと人間離れしたヤツだとは思っていたけれど、本当に人間を卒業して魔獣(・・)になるとは思わなかった――そう、決して、アレを魔人と認めるわけにはいかない。


それでも、今のサイガを見ると、懐かしい気持ちになるし、生きていたことが素直に嬉しかった。


そして、マヤやアオと再会し、二人の好意にも気づいて、それを受け入れたと――馬車の中で、アオがこっそり教えてくれたときは、心の底から喜んだ。


だからこそ、今は胸が苦しい。――これから私が話す世界の真実(・・・・・)を告げれば、あの三人が絶望するのは、容易に想像がついてしまうから……。


私は、白髪の少女にまっすぐ視線を向けると、屋敷の中へ案内するよう、低く小さな声で告げた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

もし楽しんでいただけたなら、ぜひブックマークや評価をお願いします。励みになります!


また、

『魔女の烙印を押された聖女は、異世界で魔法少女の夢をみる』(完結済み)

『転生忍者は忍べない ~今度はひっそりと生きたいのですが、王女や聖女が許してくれません~』

も連載中ですので、興味がありましたらご覧ください。


これからもよろしくお願いいたします。

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