187 魔皇に並ぶ姉妹
ボクが呪術を発動するよりも先に、マヤお姉ちゃんが第3段階の呪術を発動した。その瞬間、目の前に現れたのは――どこかサイガを思わせる鬼神だった。
額からは一本の鋭い角が伸び、無駄のない筋肉が全身を覆う。そして、その深紅の体にはまるで梵字のような紋様が刻まれていた。
さらに、異形の存在と同じく複数の腕を持っていたが、鬼神の六本の腕はすべて均等に生えており、それぞれの手には独鈷や短剣など、異なる武器がしっかりと握られていた。
ボクはその鬼神の姿を見て、「……まったく、どこまでサイガのことが好きなんだか」と呟き、戦いの最中だというのに、思わず、苦笑いを浮かべてしまった。
異形の魔物に向かって颯爽と駆け出す鬼神を見送ったそのとき、もう一体の魔物が上空からボクを狙い、宙を蹴って急降下してくる。
その獰猛で醜悪な姿に思わず顔を歪めるが――鬼神に力を与えるため、手に持つ光の矢に魔素を送り続けているお姉ちゃんの邪魔はさせられない。
ボクは、魔物の意識がこっちに向いている今が好機と見て、第3段階の呪術を発動した。
「呪術:閃進千裂 (ゼンシンゼンレイ)!!」
呪いの言葉を放つと同時に、腰を沈めて踏み込むと、空を駆ける魔物へ向かって、一気に駆け出した――その瞬間、ボクの体は光と化した。
そして、無数の閃光となって魔物の体を貫く。
千の光として分断された意識が、やがて再び一つとなる。気づけば、ボクは静かに立っていた。
その背後――ドサッと何かが崩れ落ちる音がする。振り返ると、そこにはボロボロに切り刻まれ、地に伏す異形の魔物の姿があった。
ボクは、もはや虫の息となった魔物に止めを刺すべく、第2段階の呪術を発動した。
「呪術:翠刃尖冷 (ゼンシンゼンレイ)」
ボクの魂に染まった魔素が目の前に集まり、冷たく煌めく翠の氷刀を形づくる――それを逆手に握ったボクは、魔物へ向かって駆け出した。
目前に迫るボクの姿を捉えた魔物は、全身から血を吹き出しながらも、無理やり身体を起こそうとする。
だが、その体はもはや限界で、よろめいた拍子に再び地面へと崩れ落ちた。
その姿に、ほんの一瞬だけ同情するが――ボクは静かに心を殺し、一気に距離を詰めた。
すると、魔物は、動かぬはずの身体を強引に起こして、前足を大きく振り上げてきた。
その執念とも呼べる生命力に舌を巻きつつ、ボクは腰を落として、その渾身の一撃をギリギリで躱す。
そして――がら空きとなった胸元へ、氷の魔刀を、ためらうことなく突き刺した。
――ボクは、魔物の胸元に深々と突き立った氷の魔剣を手放し、素早く横へと走り抜けた。
その直後、魔刀は、翠の閃光を放ち、氷塊へと変化し、魔物の全身を覆いつくしていく。
その光景を走りながら目にしたボクは、速度を殺さず体を翻し、魔物の氷像へ向かって再び駆け出すと、飛び蹴りを叩き込んだ。
魔素で強化された一撃は、氷像を粉々に砕き、無数の氷片が地面へと飛び散った。
◆
アオが異形の魔物を討伐した。
その呪術の発動までの短さ、そしてその後の展開の速さには、毎回のように驚かされる。
加えて、私の第3段階の呪術に比べて、アオのそれは魔素の消費が圧倒的に少ない。
今も、私が操る鬼神と魔物の戦いを見守りながら、隙あらばすぐに呪術を叩き込もうとしている。
――人間だった頃から、アオは魔法も格闘もそつなくこなしていた。
魔王討伐隊にいた頃も、遊撃を任され、遠距離支援から近接戦闘まで幅広く活躍し、その的確な判断で、何度も私たちを窮地から救ってくれた。
今もまた、私を援護するために、油断なく戦いを見守っている。
だが――私とて、姉としての誇りがある。妹の前で無様な姿など見せられない。
そう強く心に誓い、私は光の矢を握り締め、大量の魔素と揺るぎない意志を一気に注ぎ込んだ。
すると、紅の鬼神が空に向かって咆哮を上げた。その天を裂かんとする声が荒野に響き渡ると――突然、鬼神めがけて雷が落ちる。
その閃光に思わず目を閉じたが、すぐに光は収まり、そっと瞼を開ける。そこには雷を纏った鬼神の姿があった。
紅の身体は雷の影響で光を帯び、ところどころから火花を散らしている。六本の腕に握られた様々な武器もまた、金色に輝きを放っていた。
その神々しいまでの姿は、まさに雷神と呼ぶにふさわしく、全身から放たれる圧力は、天すらも威圧するほどだった。
まさしく神鬼威天の名にふさわしい――そう思った私は、戦いを忘れて、その姿に見とれてしまう。
そんな気持ちが伝わったのか、深紅の雷神は私に向かって親指を立てた。
そして、電光石火の勢いで異形の魔物に詰め寄ると、六本の腕を縦横無尽に振るい、雷を宿した武器で、魔物の巨体を容赦なく切り刻んだ。
その圧倒的な力と速度に、魔物もなんとか抵抗しようと、歪な四本の腕を使って反撃を試みる。
だが、そのすべては雷神の六本の腕によって防がれ、叩き潰されていく。
……気がつけば、魔物の不揃いだった四本の腕は、ぐしゃぐしゃに潰れ、さらに歪なものへと変わっていた。
もはや何もできなくなった魔物は、力なく雷神を見上げる。すると雷神は、手にしたすべての武器を空へと放り投げた。
――次の瞬間、天空から一本の光の柱が現れる。その柱の中には、稲妻をそのまま刀にしたような神刀が浮かんでいた。
深紅の雷神はゆっくりと手を伸ばし、光の柱から神刀を掴む。そして、その刀を六本の手で握りしめ、上段に構えた。
その刹那――魔物の頭上に雷が落ちたかのような神速の斬撃が、魔物を大地ごと両断した。
◆
私は、目の前に広がる異様な光景に、ただただ呆然とするしかなかった。
――マヤとアオ。二人の魔人が生み出した、凄まじいまでの力の奔流に。
人間だったころから、彼女たちは並外れた才能を持っていた。
マヤは、圧倒的な魔素干渉力によって、まるで自然災害のような魔法を発動し、アオもまた、魔素を引き寄せる特異体質と神からの加護により、幻想的とさえ思える魔法を操っていた。
だが――いまの彼女たちは、それすらも凌駕する、別次元の存在だった。
私たちが命を賭して討伐した魔王アメキリンでさえ、いまの二人に比べれば可愛らしく思えるほど。
その圧倒的な力と呪術を、一年にも満たぬ短い期間で習得していたのだ。
魔王ミナニシから報告を受けたあの『魔皇』すらも、この二人ほどの脅威とは思えない――。
そう確信させられるほどの力。まさに、驚異そのものだった。
……私は、神より預かった実験体があっけなく倒されるのを見届け、敗北を悟る。
そして、ようやく理解する。
神がなぜ、魔族を恐れ、人間との対立構造を意図的に作り出したのか――。
その理由を、今、はっきりと知った。
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『魔女の烙印を押された聖女は、異世界で魔法少女の夢をみる』(完結済み)
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