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186 呪歌の巫女、鬼神の姫

――まさか、サイガが生きていたとは。


私は、()より授かった力を用いて、サイガたちを無力化する。


この力は、かつて魔王討伐遠征の折に神より賜ったものであり、当時は試験的に運用されていた。


そして、魔王を討ち果たして祖国ゼウパレス聖王国に帰還した際、神殿にて実験結果を報告したのち――神よりさらなる改良が施され、新たに与えられた魔法(・・)である。


この魔法は、討伐遠征の際に実際に使用し、魔族にしか効果がないことが実証された。


その原理は理解できていないが、使うだけならば問題はないし、神の英知を知ろうとするのは不敬だ。巫女である私は、神託に従うだけだ。そう割り切っていた。


けれど、今、目の前で苦しむマヤやアオの姿を見て、思わず心が揺らいでしまう。


まさか、この二人が魔族になっていたとは信じられなかった。だが、この魔法の効果を受けている以上、認めざるを得なかった。


……あの日、魔王ミナニシケイからの報告を受けた私は、新たに誕生した魔皇の情報を神へ伝えるため、人族領へ戻る途中だった。


本来なら、ハイヤンに密かに待機させていた船に乗り、帰還する予定だった。


しかし、いざハイヤンの町へと足を踏み入れると、そこには、異常なまでの憎悪を人族に向ける魔王カミニシレンがいた。


その姿を目にした私は、陰気な魔族領からようやく脱出できると思った矢先の「邪魔者」の出現に、思わず舌打ちを漏らす。


だが、かろうじて残った理性で冷静さを取り戻すと、万が一にも私たちの存在がこの魔王に察知されるのを避けるべく、海路を断念し、陸路を選択したのだった。


……そして、その旅の途中。偶然にも目にしてしまったのだ――サイガによく似た魔人と、あの魔神トガシゼンが戦う姿を。


写真(・・)でしか見たことのなかった魔神だったが、その圧倒的な存在感だけで、それがこの魔族領を支配する最上位の魔族であると理解せざるを得なかった。


そして、その魔神の猛攻を耐え抜く若き魔人の姿は、紛れもなくサイガと重なった。


さらに、その様子を固唾をのんで見守る二人の少女は――かつて、サイガを探すために国を追われたマヤとアオだった。


――理解が、まったく追いつかなかった。


ただ一つ確信していたのは――あのサイガに酷似した魔人が倒れれば、次に魔神トガシゼンの標的になるのは、人間であるマヤとアオだ、ということだった。


咄嗟に、私は神より下賜されたライフル(・・・・)を構える。すると、殴り疲れたのか、魔神が膝をつきそうになった――その刹那、私は引き金を引いた。


バンッ!!


銃弾は、確かにトガシゼンの背中を捉えたはずだった。


だがそれよりも早く、まるですべてを予知していたかのように――若き魔人がトガシゼンを突き飛ばし、弾道から逸らしたのだった。


その魔人は、私の銃撃からトガシゼンをかばいきった直後、こちらを鋭く振り返る。


だが、私は視覚阻害の魔道具を身に着けていたため、魔人の視線は虚空を彷徨った。


その隙に、すかさず音響遮断と認識妨害の魔道具も起動させ、近くの大岩の陰に身を潜めた。


しばらくの間、私は岩陰からマヤたちの様子をうかがい続けていたが、視覚阻害と認識妨害の効果はやがて尽きてしまいそうになる。


それでも、音響遮断だけは機能していたため、自分の気配が気づかれることはないと判断し、大岩の陰から観察を続ける。


……しかし、やはり忍び。アオが何かを察知したのか、張りつめた気配で周囲を警戒しはじめた。


その様子を見たサイガに酷似した魔人は、マヤと何やら言葉を交わすと、その場を離れアオに話しかける。私も自然とアオの方へ視線を向けた――その時だった。


突然、上空から無数の光の矢が降り注ぐ。


咄嗟に身を伏せて、辛くも攻撃をかわす。そして顔を上げた瞬間――いつの間にか、目の前には黒き短剣を握りしめたアオが立っていた。



――――――――――――



――神から授かった呪歌を口ずさみながら、私はマヤたちがなぜ魔族となったのか、そしてサイガに酷似した魔人の正体について思いを巡らせていた。


……そのとき、突然、マヤとアオが立ち上がった。


思わず、「やはり彼女たちは人間だったのではないか」と淡い期待を抱いたが、その険しい表情を見た瞬間、その望みは打ち砕かれた。


やはり、呪いの効果を受けている魔族であることに間違いなかった。


敵意をあらわにするマヤたちの姿に、私は心の中で舌打ちをし、護衛のために神から借り受けていた実験体を召喚する。


それは、神が自身の肉体を強化する実験の過程で生み出した数多の試作体の中でも、戦闘に特化した異形の存在――。


……私たちと同じ神の手によって創られたとはいえ、その醜悪な姿は、私ですら直視に耐えない。


だからこそ、普段は遥か上空に待機させ、姿を隠すよう命じていた。


だが、もともと戦闘を不得手とする私では、彼女たちに勝てないと判断し、仕方なく召喚して自らの身を守らせることにした。


コイツらの頭には、神に仕える者の命令には逆らえない仕掛けが組み込まれている。たしか、神はそれを『まいくろちっぷ』と呼んでいた。


正直、神の英知には興味はない。私はただ、神託(めいれい)に従い、巫女としての務めを果たせればそれでいい。


……今はとにかく、この場から逃れ、新たに誕生した魔皇の情報を神へと伝えること――それこそが、何よりも優先される使命だった。


――私は、マヤたちには悪いと思いつつも、巫女としての務めを果たすべく、実験体たちを差し向けた。





スミノエ様の左右に並び立つ異形の存在を前に、全身の肌が泡立つ。だが、それ以上に――サイガたちを苦しめた怒りが勝り、私はすぐに呪術を発動させた。


「呪術:神鬼威天 (シンキイッテン)!!」


両手に魔素を集中させると、私は弓を引くような動作を取る。すると、いつの間にか、手には白き光弓が現れ、その弦には天を射抜かんとする神々しい矢が番えられていた。


その光景に、スミノエ様は謳うことすら忘れ、ただ私を凝視する。そして次の瞬間――私は天を目がけて、光輝の矢を放った。


ズドォォン!!


轟音と共に、天空から一体の鬼神が舞い降りる。


その胸には、私が放った矢が深く突き刺さっていた。現れた鬼神は、静かに膝をつくと、自らの胸から矢を抜き、厳かに私へと差し出した。


私はその矢を受け取ると、目の前で襲いかかろうとする異形の存在を指し示し、討てと命じる。


鬼神は恭しく頭を垂れたのち、颯爽と駆け出し、異形へと迫っていった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

もし楽しんでいただけたなら、ぜひブックマークや評価をお願いします。励みになります!


また、

『魔女の烙印を押された聖女は、異世界で魔法少女の夢をみる』(完結済み)

『転生忍者は忍べない ~今度はひっそりと生きたいのですが、王女や聖女が許してくれません~』

も連載中ですので、興味がありましたらご覧ください。


これからもよろしくお願いいたします。

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