183 傍に潜む者
私は、残された僅かな魔素のすべてを、この一撃に込めた。そして――星剣は、見事にトガシゼンの心臓を貫いた。
だが、さすがは魔神。命と誇りのすべてを懸け、最後に渾身の一撃を放ってくる。その血に染まった拳は、紅蓮の炎に包まれ、次の瞬間――無数の打突へと変わった。
超至近距離から放たれる炎拳の嵐。回避は不可能だと悟った私は、最後にサイガを探す――。
……けれど、どこにも見当たらなかった。
(バカ。最後くらい、ちゃんと私の雄姿を見てなさいよ……)
相変わらず間の抜けたサイガに、軽く悪態をついた。結局、伝えたい本音は、何も言えなかった。
このまま死ぬのかと思うと、ほんの少しだけ、胸が痛む。けれど同時に――サイガを守るという、自分との約束を果たせることが、どこか誇らしくもあった。
そして、どこにいるかも分からないサイガに、最後の意志を飛ばした。
『サイガ、あとは任せたわ』
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――――――
――その瞬間だった。目の前に、不意にサイガの背中が現れた。
ドドドドッ!!!!
トガシゼンが放った全ての拳を、サイガは両腕を交差して真正面から受け止めていた。
紅蓮の狂風のような連撃を、その身ひとつで受け止めたサイガの体からは、鮮やかな血と炎がほとばしる。
訳も分からず、ただ私は、彼の背中を見つめることしかできなかった。その時、頬に何か熱いものが触れて、ひとすじ、滴り落ちる――それが血なのか、汗なのかすらも分からない。
さっきまで、どこにもいなかったはずのサイガが、突然、私の目の前に現れ、身を挺して守っている。
まるで、存在そのものを潜め、私の窮地に合わせて姿を現したかのように。……まさか、サイガ、ずっと私の傍にいたのでは――?
サイガの第5段階の呪術――似心化法。それは、心を通わせ、魂を似せることで、相手の呪術を模倣する術。
そしてアオの呪術――潜沈染零は、呼吸を止めている間だけ、その存在を空気に染ませ、沈め、潜ませ、そして零と化す術。
……きっとサイガは、息を止めながら、私のすぐ傍で見守っていたのだ。そして、いざという瞬間に、その身ひとつで私を守ると、最初から決めていた。
そう思った瞬間、私の目から、熱いものが零れ落ちる。
それは、頬を伝って、静かに落ちていった――。
◆
突如現れたサイガに一瞬驚きはしたものの、俺は即座に決断した――リンごと叩き潰す……それだけだ。
そして、蓄積していた魔素をすべて解放し、渾身の連撃を叩き込む。
だが、いくら殴っても、どれだけ炎の拳を打ち込んでも、サイガは微動だにしない。まるで山のように、不動のまま、全身で俺の猛攻を受け止め続けていた。
ヤツの両腕は、鋼のような漆黒の外殻に覆われ、小さな盾のように変形している。
さらに――額にある魔眼。その真紅の瞳は、決して閉じられることなく、ただ俺を真っ直ぐに見据えていた。
……どれほど殴り続けただろうか。もはや魔素は尽き、止めどなく血が流れ続けていた。俺はそのまま、地に崩れ落ちようとした――。
その瞬間、サイガが俺の身体を掴み、思いっきり後方へ投げ飛ばした。
バンッ!!
衝撃とともに地を滑った俺は、その瞬間、自分が立っていた足元の地面がわずかに抉れていたことに気づく。
――この決闘を妨げようとする存在がいる……。そのことに、俺はようやく気づかされた。
だが、それを悟ったところで、もはや俺は島の呪いから解き放たれた、死を待つだけの存在にすぎない。
そんな俺を攻撃したところで、せいぜい死の刻限を、わずかに早めるだけだ。
結局、何をしたいのか分からない介入者に対し、俺は心中で嘲笑を浮かべる。
だが同時に、ようやく訪れた待望の死の時間を、わずかでも奪われたことに不快感が湧き上がる。
――せめて最後くらいは、静かに命を感じさせろ――
待ち望んだ今を邪魔され、僅かに心を乱された俺は、もし可能ならば――その者を見つけ出し、死すら凌ぐ恐怖を味あわせてやる。
そんなことを、意識が遠のく中で静かに誓った。
そして、視界は霞み、意識もゆるやかに闇へ沈んでいく。ようやく……やっと、休める――そう思った、その瞬間。
「マヤ、アオ! トガシゼンを頼む!!」
サイガの叫び声が、意識の最果てまで届いた。
◆
俺は、トガシゼンの猛攻に耐え続けていた。
両腕の外殻には、呪術:釼清刈崩で作り出した解呪のオーラを纏わせ、そして額の魔眼で、トガシゼンの動きを正確に捉え、最適な防御を選び続けている。
そんな中、突然――魔眼が、トガシゼンを狙う「別の存在」の気配を捉えた。
俺は、魔眼が指し示す方向に視線を向ける。
……だが、何も見えない。目に映るのは、かすかに光る金属片のようなものだけ――だが、その刹那、魔眼が最大級の警鐘を鳴らす。
――「トガシゼンが撃たれる」――
その警告の意味を理解するよりも早く、体が動いていた。俺は即座にトガシゼンの身体を掴み、そのままの勢いで後方へと突き飛ばす。
直後――トガシゼンが立っていた足元の地面が、小さく、しかし鋭く抉れた。
この程度の攻撃でトガシゼンが死ぬとは思えなかった。だが、何かしらの呪い、あるいは遅効性の術や毒が込められている可能性もある。
俺は周囲に意識を張り巡らせ、魔眼を通して敵の気配を探った。
……そして、魔眼から敵らしき反応はないと告げられると、俺はすぐさま遠くで待機していたマヤとアオに向かって、叫んだ。
「マヤ、アオ! トガシゼンを頼む!!」
俺の叫びが届くと、二人はすぐにトガシゼンのもとへ駆け寄り、例の黒い箱を取り出した。
その中に収められていた黒き花――死免蘇花を、迷いなくトガシゼンの胸元へ押し当てる。
そして、互いの手を重ね合わせ、大量の魔素を注ぎ込んだ。
呪術:死免蘇花―黒―
その瞬間、辺りに黒い閃光が奔る。膨大な魔素がトガシゼンの身体を中心に収束し、漆黒のオーラとなって彼を包み込んでいく。
――幻想的な光景に、俺は目を奪われる。
やがて閃光は徐々に収まり、そこには、まるで傷一つなかったかのような身体で、どこか憑き物が落ちたような穏やかな表情を浮かべ、微かに寝息を立てるトガシゼンの姿があった。
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