180 不遇なる逆転
ガシゼンの呪術:千千千殴を真正面から受け止めた俺と師匠は、全身に深い傷を負った。
さらに決闘の前に受けたダメージも加わり、体の中には、かなりの負荷が蓄積されているはずだ。
――これなら、いける。そう確信した俺は、渾身の声で呪術を発動した。
「呪術:不遇採点 (フグタイテン)!!」
その瞬間、俺と師匠、そしてトガシゼンの頭上に、淡く光る文字が浮かび上がる。
それを見たトガシゼンが、一瞬だけ目を見開いたが、次の瞬間、低く喉を鳴らしながら笑い始めた。
「……ライ。まさかこれが、貴様らの『切り札』だというのか?」
その言葉に、思わず笑いそうになったが――俺は唇を引き結び、なおも笑みを崩さないトガシゼンを鋭く睨み返した。
「……ライ、気にするな。で、どうだ。いけそうか?」
「ああ、シーサン平野から不死の森に移動した時と同じくらい数値だ。ここは、それよりも近いから、きっと大丈夫だ」
俺は自分と師匠の頭上に浮かぶ数字を確認し、これまでの経験から、これだけのダメージがあれば問題なく呪術が発動できると頷いた。
そんな俺たちのやり取りを見ていたトガシゼンが、怪訝そうな顔をして口を開く。
「おい、貴様たち。さっきから何を言っている? ライのその呪術、不遇採点だったか、それはただ、受けた傷や疲労を数値化して頭上に浮かび上がらせるだけの、子供の遊びのような呪術だろう?」
その言葉を聞いて、俺は内心で確信する。……やはり、師匠やリン姉さんの読みは正しかった。
トガシゼンの呪術:然知全脳は、発動された呪術を瞬時に解析・理解する常時発動型の能力だ。
……だが、解析できるのは、あくまで発動された呪術に限られる。
つまり、呪術がまだ発動していない段階では、その効果や構造までは読み取れない――ということだ。
師匠やリン姉さんが言っていた通り……やはり、それで間違いない。
もっとも、それでも相手がどの段階まで呪術を習得しているかは分かるらしく、以前、師匠や姉さんに「まだ伸びしろがある」と評したのも、その能力によるものなのだろう。
俺は、いつになく難しいことを考えすぎたせいか、頭上の数値がほんの少しだけ増えていることに気づく。
気になって師匠の方を見ると、同じように数値がわずかに増加していた。
やっぱり、師弟とは似るものだ――そんな思いに、思わず笑みがこぼれそうになる。だが、すぐに表情を引き締め、師匠が合図を出す、その時を静かに待った。
◆
俺は、トガシゼンの呪術によって内臓を傷めたらしく、胃の奥に溜まった血を強引に吐き出した。
――その直後、頭上の数値がわずかに増加するのが見えた。
身体の内側から押し寄せる痛みに耐えきれず、思わず呪術:仁診解放を発動しかけるが――
万が一、ライの呪術の発動条件を満たせなくなる可能性を考え、寸前で踏みとどまる。
……しかし、このままの状態が続けば、ジリ貧になるのは目に見えている。
俺は、まだ動ける今が好機と判断し、ライの方を振り向いて深く頷くと、同時にトガシゼンへ向かって走り出した。
突然、全力で突っ込んでくる俺たちを見たトガシゼンは、魔素を拳に集め、再び呪術を発動しようとする。
だが、それを察知した俺は、苦し紛れに地面に転がる石をとっさに蹴り上げ、発動の妨害を試みた。
……偶然か、それとも運が味方したのか――石はものすごい速度で、トガシゼンの顔めがけて飛んでいく。
さすがのトガシゼンも、呪術の発動より回避を優先したらしく、沈めかけていた腰を上げ、軽く身を捻ってそれを避けた。
だが――その僅かな時間が命取りとなる。すでに、俺とライは、トガシゼンの目前まで迫っていた。
ライよりも一足先に辿り着いた俺に対し、トガシゼンは呪術の発動を諦め、裏拳を横薙ぎに振るう。
それを俺は腰を落として避けると、そのままトガシゼンの腰にしがみつき、動きを封じようとした。
ドスッ!!
次の瞬間、俺の鳩尾に膝が突き刺さる。……あの裏拳は、囮だった。そう気づいた時には、すでに遅かった。
凶悪な膝蹴りが内臓を傷めている俺を容赦なく追い込み、頭上の数値を大幅に跳ね上げる。
だが、それでも俺は手を放さない。腰に回した両腕に力を込め、食らいつくようにしがみつく。
そこへ、ようやくライも追いつく。俺の背中に拳を振り下ろそうとしたトガシゼンに、今度はライが背後から抱きつき、その動きを封じる。
そして――互いの視線が交わった、その刹那。
「呪術:浮遇退転 (フグタイテン)!」
「呪術:似心化法 (ニッシンゲッポウ)!」
ライの呪いの言葉に、俺の呪詛が重なった。
すると――ふわりと身体が浮かび上がるような感覚に襲われた。だがそれは一瞬で、すぐに足の裏に地面の感触が戻る。
視線を上げれば、そこにはフーオン領の最果て――ダオユンの村の近くに広がる荒野が広がっていた。
◆
「もう、そろそろかな、リンちゃん?」
アオの声に、私は小さく苦笑して首を振った。
たしかに、予定通りならサイガたちはもうハイヤンで戦っているはず。けれど、そう順調に進むとは限らない。
……あのトガシゼンを相手に、ダメージを受けた状態でライの呪術を通すなど、容易なことじゃない。
私たち三人は、フーオンで話し合って決めた待ち合わせ場所――ダオユンの近くにある荒野でじっと待機していた。
北東の空を見つめるアオの視線を、私とマヤも無言で追う。すると、突然――目の前に、トガシゼンにしがみつくサイガとライが現れた!
少し離れていたが、三人とも全身から血を流し、直前まで激しい死闘を繰り広げていたことが一目で分かった。
その光景を目にした私たちは、二人とも無事だと分かり、まずは安堵する。
そして、すぐに気持ちを切り替え、戦う覚悟を決めた私は、一歩前に出て呪術を発動する。
「呪術:騎士鎧青 (キシカイセイ)!」
――瞬間、全身を紺碧の鎧が包み込み、右手には青き魔剣が握られていた。いつもより強く輝くその鎧と剣を見て、私は小さく笑う。
そして、そのまま――トガシゼンの元へ、駆け出した。
――――――――――――
私の姿が視界に入った瞬間、サイガはすぐさまライに、トガシゼンから離れるよう促した。
そして、自らも、なりふり構わずその身体を引き剥がし、地面を転がるようにして距離を取った。
――私の攻撃の邪魔にならないよう、即座に判断し、行動してくれたサイガに、私は感謝の意志を飛ばす。
すると、地面から起き上がったサイガが、親指を立て、笑顔で頷いてくれた。
それを見たライも、すぐにトガシゼンから飛び降り、慌ててその場から離れる。だが、トガシゼンはいまだ状況が飲み込めず、呆然とその場に立ち尽くしていた。
――そんな隙だらけの男を切りつけることに、ためらいがなかったわけではない。けれど私は、心を殺して魔剣を振り下ろした。
ザシュッ!!
その瞬間、斜めに走る青き閃光がトガシゼンの体を走り抜け、刹那、血しぶきが舞う。
やはりトガシゼンは避けることなく、無防備のまま斬撃を受けた。そして、流れ落ちる血を手に取り、それを見つめながら――トガシゼンは、ニヤリと笑った。
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『魔女の烙印を押された聖女は、異世界で魔法少女の夢をみる』(完結済み)
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