018 サイド:忍者アオ(2)
すいません。予約日時を間違えてしまいました。
一日ズレて予約していたようです。
<(_ _)>
無事に建物に潜入したボクは、まず周囲の様子を見渡した。建物の中は、人が住めるような状態ではなかった――すべてが朽ち果て、廃墟そのものだ。
……本当に、ここにアイツがいるのか。不安が胸をよぎる。
崩れかけた壁の隙間から、月光が細く差し込んでいる。そのわずかな光だけを頼りに、ほの暗い建物の中を慎重に探索したが、どうやら1階には気配がなかった。
そして、2階に行こうとしたその時――足元の床下から、かすかな物音が聞こえた。とっさに床に耳を当てて、音に集中する。微かに――けれど確かに、アイツの声が聞こえた。
……やっぱり、ここがアイツの住処だったんだ!
これで、仲間たちの仇が取れる――その想いが胸を駆け巡り、ボクははやる気持ちを必死に抑えて、出口へと向かった。
やはり建物の中には、他の魔族はいなかったようで、誰とも遭遇せずに出口まで戻ることができた。だが、外の様子が見えはじめたところで――異変に気づいた。
大勢の生き物の気配。そっと窓から外を覗くと、そこには、信じられない光景が広がっていた。
――大量のゴブリンの群れ。
(なんで……なんで、こんなにたくさんのゴブリンがいるの!?)
ゴブリンは集団で行動する魔物だけど、せいぜい十匹前後が普通だ。こんな数、見たことがない。
――数える気すら失せるほどのゴブリンの群れを前に、ボクは呆然とする。
そして、視線を奥へ向けると、すでに狐火は消えていた。陽動に使うつもりだったのに……!
焦りが次第に冷静な判断を奪っていく。
(どうすれば脱出できる? だめだ、何も思いつかない。頭の中がぐちゃぐちゃだ……!)
混乱する思考を必死にかき集めようとした、その瞬間――背後に気配を感じた。気が動転していたせいで、かなり近づくまでまったく気づかなかった。
――刹那、ボクは思いきり横に飛ぶ。床を転がりながら素早く立ち上がり、クナイを構える。
……目の前にいたのは、瀕死のアイツだった。
ボクの倍はある大きな犬の魔獣――姿はコボルトに似ているが、武器は持たず、屈強な体そのものが凶器だ。
鋭い爪は鉄をも裂き、異様に発達した牙は、仲間たちの剣や槍をあっさりと噛み砕いていた。
だが今――その屈強な体は無数の切り傷に覆われ、血を流している。鋭い爪も、立派な牙も、ひび割れ、途中で折れたものばかりだ。
ボクが唖然としている間に、アイツはボクを一瞥もせず、窓から外へと飛び出した。
「ぐぁああああ、ぐるぁるるぁあああー!」
その瞬間、雄叫びを上げたアイツの全身から、大量の蒸気のようなものが噴き出す。
何が起きているのか分からない。けれど、アイツが雄叫びを上げるたびに、緑色の蒸気が渦を巻いて溢れ出る。
「……………………」
突然、静寂が訪れた――と思った、次の瞬間。
「ぐぁ、ぐぁぁ、ぐぁああああああああ!」
とてつもない咆哮が、ボクの全身を打ちつけてきた。
その雄叫びを合図に、ゴブリンたちが一斉にアイツへと襲いかかる。
群がるゴブリンたちは、無抵抗のアイツを食らい始めた。我先にと群れに突進し、噛みつき、引き裂き、貪っていく。
異様な光景に、思わず吐き気を覚える。
すでに事切れたアイツの肉を、なおも貪るゴブリンたち。そして、周囲を見渡すと――その数はさらに増えていた。
二百……いや、三百匹はいるかもしれない。
ゴブリンの群れは、建物をぐるりと囲むように集まり、完全に包囲している。もはや、ここから脱出するのは不可能に思えた。
しばらくすると、アイツを食べ終えたゴブリンたちが、ボクの隠れる建物に視線を向ける。
――なぜか分からない。でも、ボクの存在に気づいているようだった。
殺されて食われるのはもちろん嫌だ。でも、それ以上に――慰み者になるなんて、絶対に嫌だ。
最悪、狐火で自分自身を焼き尽くすしかない……。
悲壮な覚悟を胸に、ボクは建物の外へ出ようと、一歩を踏み出す――その瞬間。
突然、肩を掴まれた。
「!!!!!」
「おっと、まだ死を覚悟するには早いぞ」
――振り向くと、そこにサイガが立っていた。その姿に、驚き目を見開くボクに、サイガはいつも通りの顔で言葉を返す。
「なにを驚いた顔してるんだ? 怪我とかないか?」
「そりゃ驚くよ! なんでここにいるの?」
「部下にお前のことを見張らせてた。三交代制でな。外を警戒する係、休憩する係、そして最後に――アオを見張る係、ってやつだ」
(失敗した……。いや、助けに来てくれたんだから、失敗じゃないか。でも、見張りに気を取られて、自分が見張られてたことに気づかないなんて……ボクもまだまだだな)
一本取られたボクは、少し半目でサイガを睨みつけながらも、気になっていたことを尋ねる。
「むぅ、それはズルいよ。でも……サイガはどうやってここまで来たの? 外はゴブリンだらけで、建物には近づけないはずでしょ?」
「ああ、その通りだ。だから迂回して、崖を下って屋根に飛び移った」
なるほど……。確かに、建物は崖を背にしている。不可能ではないけど、それでも一歩間違えば大怪我じゃ済まない高さだ。
――ほんと、無茶ばっかりするんだから……と思わず苦笑する。
「で、ボクたちはどれくらい籠城すればいいのかな? 仲間たちはいつ助けに来てくれるの?」
「……いや、来ないと思う。だって、俺も黙って出てきたからな」
「えっ!? どういうこと!?」
「いや、見つけたらすぐ連れ帰るつもりだったんだよ。ほら、みんなにバレたら、お前も俺も怒られるだろ?」
気まずそうに頬をかきながら笑うサイガに、ボクは言葉を失った。
……って、結局やってることボクと変わらないじゃん。
少し呆れた表情を浮かべるボクを見て、サイガが言った。
「大丈夫だ! 俺に妙案がある!」
そう言って、サイガは自信満々に親指を立てると、ボクの頭にぽんと手を置き、いつものように――無邪気な笑顔を浮かべていた。
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