179 死闘の再演
フーオンで三日ほど休息した俺たちは、その間に、それぞれの役割を改めて確認し合った。
そして、今度の決闘について、俺が考えていた作戦にリンの提案を加えた新たな計画を伝えると――マヤとアオは驚き、無謀だと反対した。
だが、少しでも勝つ可能性を上げるためには、これしかない。そう言って俺が説得すると、二人もしぶしぶながら了承してくれた。
――フーオンを発って三日。
俺は、心配そうな顔で見送ってくれたマヤとアオの姿を思い浮かべながら、ハイヤンの港からトガシゼンが待つ島の方角を静かに見つめていた。
すると、背後から声がかかる。
「一カ月ぶりです、サイガ様。さらに強くなられたようで……。我が主も、きっと喜んでくれるでしょう……」
久しぶりというほどではないが、どこか懐かしさを感じさせるその声に、俺はゆっくりと振り向きながら口を開く。
「……カイか。相変わらず、隙も気配もなく近づいてくるな。――それで、ハイヤンに入ってからずっと俺たちを尾けていたのは、お前の部下か?」
その問いに、カイは一瞬だけ表情を崩したが、すぐにいつもの柔和な笑みを浮かべ、恭しく頭を下げる。
そのまま、港に寄せられた船へと手を差し向け、トガシゼンの待つ島までの案内を申し出た。
俺は頭を下げたままのカイに静かに頷き、それから――
出店で大量の焼き串を抱えて戻ってきたライの姿を見やる。相変わらずの緊張感のなさに、俺は小さく苦笑を浮かべる。
「……行くぞ」
短く、その一言だけを述べ、たった二人だけで、俺たちは誰にも気づかれぬよう、船へと向かっていった
――――――――――――
「待っていたぞ、サイガ。……それで、俺と戦うのはお前たちだけか?」
謁見の間――。玉座に肘をついて座るトガシゼンが、俺とライを面白そうに見やる。その興味深げな視線を受け、俺はわざとらしく肩を竦めてみせた。
それから隣に立つライに、ちらりと目配せで「何も言うな」と警告し、静かに口を開いた。
「まあ……アンタの気持ちも分かるが、これも作戦のうちだ。――アンタを倒すためのな」
俺の予想外に自信に満ちた言葉に、トガシゼンは獰猛に笑い、誰に言うでもなく、ひとりごちた。
「下らぬ小細工など、一蹴するだけだ」
その声には、確かな圧力が込められ、そこに圧倒的な存在感が重なり、ライは思わず反応し、何か言い返そうとする。
――だが、俺が鋭く睨むと、慌てて口を閉じた。
そんな俺たちのやり取りに、トガシゼンは笑みを浮かべ、もはや言葉は不要とばかりにゆっくりと立ち上がる。
すると、隣に控えるカイに視線を送り、傷だらけの俺たちを顎で指し、治療と休息の部屋を用意するよう命令する。
――だが、俺はその厚意を断り、トガシゼンとカイに向き直って告げる。
「いや……俺たちは休まなくていい。できれば、今すぐ始めたい」
予想外の言葉にトガシゼンとカイが目を大きく見開く。だが、トガシゼンだけは再び、獰猛に笑うと、すぐに決闘の準備をするようカイに命じた。
そして、俺たちに一言、「ふざけた奴らだ」と呟き、今まで抑え込んでいた魔素と闘気を一気に解放した。
◆
一ヵ月ぶりに俺は、サイガたちと対峙している。だが、隣にいるのはリンではなく、灰色の毛並みを持つ獣人だった。
未成熟なその小僧は、ライと名乗り、サイガの一番弟子だと胸を張ってみせる。
たしかに――その年齢で並みの魔王を超える魔素を持ち、第4段階まで呪術を習得しているのは、非凡な才覚を感じさせる。
だが、やはりリンと比べると、どこか物足りない。
……もっとも。もし、こいつの呪術が強力なものなら――少しは楽しめるかもしれない。
そんな期待と、不満が入り混じる感情を押し殺しながら、俺は静かにサイガたちに視線を送る。
「戦う準備はできたか」――その無言の問いに、サイガはすぐ気づき、力強く頷いた。
そして、わずかに目配せし、すぐに決闘を始めるようカイに伝えた。
「……トガシゼン様、それとサイガ様にライ様。お互いに準備が整ったとのこと……それでは、今から決闘を始めたいと思います。――はじめ!!」
カイの宣言と同時に、サイガが一気に踏み込んでくる。その動きは、以前よりも鋭さが増していたが――負った傷のせいで、どこかにぎこちなさも残っている。
だがそれでも、一カ月前より確実に速い。迷いのない動きで俺の懐に入り込むと、鳩尾を狙って拳を突き出してきた。
全体重を乗せたその一撃を――俺はあえて、真正面から受けてみせる。ミシリと、拳が鳩尾にめり込んだ。
だが、腹筋を固めて押し返すと、サイガの顔に一瞬、驚きの色が走る。
その表情を見て、俺は少しだけ愉悦を覚えるが、次の瞬間、サイガの背後からライが姿を現した。
そのまま、サイガの肩を踏み台にして跳躍――勢いをつけて、飛び蹴りを俺の顎へと叩き込んだ。
サイガに劣らぬ強烈なその一撃は、完全に俺の顎をとらえ、思わず腰が沈みかける。
……狙い済ました一撃に脳が激しく揺さぶられ、視界が歪み、意識が一瞬、遠のく。
しかし、俺は歯を食いしばり、なんとか踏みとどまる。もちろん、そんな隙を見逃すような二人ではなかった。
サイガが足払いで俺の体勢を崩すと、ライがその脇をすり抜けながら、横蹴りを俺の脇腹へとねじ込む。
さらに、俺が反撃の拳をライに突き出せば、サイガが両手でそれを受け止め、そのまま腕を奪い、背負い投げで俺を地面へと叩きつける。
――そして、とどめと言わんばかりにライが鳩尾を踏み抜いた。
……見事な連携だった。まさに、師弟というべき完成度に、この一カ月で磨き上げた力と技、その一端を見せつけられた思いだ。
だがたとえ、どんなに俺を追い詰めようと、この島を包む呪いが俺の傷を強引に癒す。それは、サイガたちも理解しているはずだ。
もちろん、俺とて、防戦一方で呪いの発動を待つつもりはない。
全身の魔素を高速で循環させ、身体機能を極限まで引き上げると、馬乗りになって殴りかかるライの襟首を片手で掴み、強引に引き剥がした。
――少年とはいえ、人ひとりを片手で投げ飛ばす膂力。その一瞬の力に、サイガは警戒を強め、攻撃を止めてライのもとへ駆け寄り、倒れた身体を引き起こす。
そして、二人並んで、こちらを油断なく見据えるが――その姿に、俺は思わず獰猛な笑みを浮かべてしまう。
その笑みの意味を測りかね、さらに警戒を強めるサイガたちに向けて、俺は容赦なく呪術を発動する。
「呪術:千千千殴 (ゼンチゼンノウ)」
呪詛の言葉と同時に腰を沈め、正拳突きを放つ。
その一撃は、瞬時に幾千の拳となってサイガたちを襲った。
だが、二人は避けようとせず、全身の魔素を循環させて肉体を強化すると、両腕を突き出し、首を引っ込めて――まるで亀のような姿で、そのすべての拳を正面から受け止めた。
回避する余裕がなかったのかもしれない……だが、それでも、どこかに僅かな違和感を覚えた俺は、油断することなくヤツらを見つめる。
すると――ライが、初めて呪術を発動した。
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