178 加速する想い
私たちは、ライが馬車から飛び出してサイガを追っていく姿を、呆れたように見送る。
姉さんはというと、さっき私に揶揄われたことを少し根に持っているようで、頬を膨らませたまま、ライを探すふりをしながら窓の外を眺め続けていた。
その背中を見て、私は確信した。
――やっぱり、姉さんはサイガのことが好きなんだ、と。
おそらく、姉さん自身もその想いに気づいている。それが証拠に、サイガを通じて魂が繋がっている私にも、ほんの僅かだけど、その気持ちが伝わってきた。
だが――マヤちゃんも、アオちゃんも、サイガに好意を抱いている。短い付き合いだが、二人とも私にとって大切な友人で、誰を応援すべきか――正直、悩んでしまう。
私は、三人とも幸せになってほしいと願いながら、姉さんの背中を見つめていた。すると、その気持ちが伝わったのか――姉さんはわざとらしくため息をついて、元気よく声をあげた。
「もう、ほんとに……ライのバカには困ったものね! しょうがないから、私たちも少し急ぎましょうか」
そう言って姉さんは席を立ち、御者席へと向かった。
そして、「代わってほしい」と一言だけ御者に伝えると、有無を言わせず手綱を奪い取り、そのまま手綱を握ると、鞭を一閃させる。
いきなりの合図を受けた魔馬は、「飛ばすわよ」という意思を受け取り、轟音とともに速度を一気に上げて走り出した。
◆
ララの優しい気持ちは、ちゃんと伝わっていた。けれど、これ以上一緒にいたら――私はきっと、弱音を吐いてしまう。
トガシゼンとの決闘を前にして、そんな浮ついた気持ちは邪魔でしかない。だから私は、それらを心の奥深くに沈めるようにして、笑顔を作った。
私やマヤたちの関係を憂い、少しだけ沈んだ顔をしていたララに向かって、私は元気よく声を張る。
「もう、ほんとに……ライのバカには困ったものね! しょうがないから、私たちも少し急ぎましょうか」
その声に驚いたような表情を浮かべるララを横目に、そのまま御者席へと向かった。
私は「代わってほしい」とだけ短く告げると、その言葉に驚いた御者が無言になる。だが、少し強引に手綱を譲ってもらい力強く握り締めた。
魔馬はすぐに私の意思を察し、轟音を響かせながら、勢いよく走り出した。
今はララと一緒にいるべきじゃない――そう思った私は、ただひたすらフーオンへと急いだ。
――――――――――――
ものすごい速度で走り続ける馬車を御しながら、『なんで、こんなに苦しい気持ちを抱えなきゃならないのよ』と、私はひとり考える。
……そもそも、ライのバカが空飛ぶサイガのアホを見つけたのが原因だ――と、ようやく気づいた。
この気持ちを作った元凶が、よりにもよってあのライだと分かった瞬間、ふつふつと怒りが込み上げてくる。
心の中にじわじわと広がっていく紅蓮の炎は、やがて怒りのマグマとなって胸の奥を焼き尽くす。
誰かにぶつけなければ、きっと収まりがつかない……そう思った、その瞬間。
目の前に、サイガのアホに説教されているライのバカの姿を見つけた私は、スッと口元に笑みを浮かべ――そのまま、手綱を思いきり引いた。
そして、ライのバカめがけて、馬車の速度をさらに上げた。
◆
ライのバカは、馬車にはねられたまま、大の字になって地面に転がっていた。
だが、その悲惨な様子を見ても――まったく心は痛まなかった俺は、普通にまたいで無視すると、リンたちが乗っている馬車へと向かう。
「思ったより早く着いたな、リン。……で、なんで御者の真似ごとなんてしてるんだ?」
不思議に思ってそう尋ねると、リンはなぜか顔を赤くして、そっぽを向いた。
その不可解な反応に俺が首をかしげていると、馬車から降りてきたララが声をかけてくる。
「お疲れ様、サイガ。なんか空を飛んでたみたいだけど、それがアンタの新しい呪術なの?」
「ああ、まあ、そんな感じだな。確かに俺の呪術ではあるんだが……ちょっとだけ違うというか……説明すると長くなるかもしれん」
そう言いながら、俺は曖昧に笑い、ごまかすように視線を遠くに向けて、言葉を続ける。
「――とりあえず、先にフーオンに向かおうか」
その言葉にリンやララたち全員が静かに頷いた。そして、ライのバカを放置したまま、俺たちはフーオンを目指した。
――――――――――――
フーオンに到着した俺たちは、そのままララの屋敷へと向かった。途中、念のため正門を守る門番に声をかける。
「ライという狼の獣人が、あとから走ってくるかもしれない。ちょっと怪しい見た目だけど、知り合いだから通してやってくれ」
門番は一瞬きょとんとしたが、背後にいたララとリンの姿を見て、ようやく納得したように頷いた。
そうして町を抜けて屋敷に着くと、ララは俺たちに「まずはゆっくり休んでほしい」と言い、それぞれに部屋を用意してくれた。
かなり疲れていた俺たちはララの気遣いに感謝すると、案内された部屋で束の間の休息を取ることにした。
しばらくベッドの上で横になっていると、扉を叩く音が耳に届く。
……まだ夕食には早いはずだと思いながら、ゆっくりと体を起こし、扉へと向かった。そして、静かに扉を開けると、そこにはリンとララが並んで立っていた。
「……どうしたんだ、二人そろって? 何か用か?」
「ええ、少し話がしたいのだけど、いいかしら?」
リンは、いつになく真剣な表情で俺を見つめていた。その隣に立つララもまた、同じようにただならぬ雰囲気を漂わせている。
おそらく、トガシゼンとの決闘の話だろう――そう察した俺は、二人を部屋の中に招き入れ、テーブルを挟んで向かい合うように腰を下ろした。
「それで、話っていうのは……トガシゼンとの決闘のことか?」
「まあ、いくら鈍感なアンタでも、それぐらいは察するわよね。そうよ、トガシゼンとの決闘のことよ」
俺の言葉に、リンは小さく頷き答えた。どうやら、これから始まる決闘について、相談があるという。
だが――マヤとアオから、リンが決闘に参加することはすでに聞いているし、ライの呪術が使えることも、シーサン平野から不死の森まで一瞬で移動できた時点で、ほぼ間違いないと分かっていた。
いったい、何をいまさら相談する必要があるのか……。そんな少しだけ怪訝な表情を浮かべる俺を見て、ララがリンに代わって口を開いた。
「相談というのは、二つよ。ひとつは、マヤとアオについて。二人が参加できないことは知ってるわよね? 二人ともかなり落ち込んでいるのも分かってると思うけど、何か励ますことはできないかしら?」
ララの言葉を聞きながら、俺は少し嬉しくなっていた。リンとララ――二人ともが、元人族のマヤたちのことをちゃんと心配してくれている。
その気持ちがありがたくて、深々と頭を下げ、感謝の意を伝える。
そして、実はマヤとアオにしか頼めない重要な役割があることを説明する。それは、今度の決闘に備えるうえで、どうしても必要なことだった。
「――なるほどね、たしかにそれは重要ね。私とララでも可能かもしれないけど、マヤとアオの方が、魔素の量や質から考えても、ずっと確実かもね」
俺の説明を聞いたリンはすぐに納得し、テーブルの上に置かれた、トガシゼンからの褒美――黒い箱に視線を向ける。
箱の中にあるアレを、なぜトガシゼンが俺たちに渡したのかは分からないが、使う機会が訪れる可能性は、決して低くはない。
――できれば、使いたくない。
そんな俺の気持ちを感じ取ったのか、ララはそっと頷いて言った。
「マヤたちにしかできない重要な役目があると伝えれば、きっと、二人も少しは元気になってくれると思うわ」
そして――できれば、その言葉を俺の口から直接伝えてほしいと、頼まれた。
俺は深く頷いてララを安心させると、そのまま、もう一つの相談について尋ねる。すると、リンが再び真剣な表情を浮かべ、静かに俺を見つめて語りかけた。
「あと一つは、私が決闘に行かないってことよ」
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