175 勝者と敗者 〜リンとサイガ〜
まさしく、死闘と呼ぶにふさわしい戦いだった。
三者三様、互いに全力を尽くし、そして、ついに決着がついた。最後まで立っていたのはリンだったが、その差は、わずか一歩にも満たないものだった。
マヤとアオも、もはや十分に魔皇と呼べるほどの力を持ち、修行前とは比べものにならぬほど強くなっていた。
もし彼女たちが我と戦ったとしても──かつてのサイガ以上の戦いを見せてくれただろう。それほどまでに、二人とも強くなった。
だが、トガシゼンと戦う権利を勝ち取ったのは、リンだった。
マヤやアオがトガシゼンを相手に、どのような戦いを見せるのか――その姿も見てみたいという思いがないわけではない。
――だが、それを口にすることは、今この瞬間、勝者となったリンに対して無礼であろう。
我はその思いを、心の奥底に沈めることにした。
<見事だった、三人とも。そして、リンよ。お前の勝利だ>
我の言葉に、疲労困憊の様子を見せていたリンは、小さく頷くと、そのまま地面に倒れ込んだ。マヤもアオも同じく地に崩れ落ち、肩で息をしている。
我はそんな三人の姿に、ふと苦笑を浮かべると──少し離れた場所に待機させていた配下の者たちを呼び寄せた。
――――――――――――
「ありがとう、オテギネさん。なんとか動けるようになったわ」
リンは、乾燥させた魔紅玉の実を口に入れて飲み込む。すると、素がかなり回復したようで、すぐに起き上がると、我に向かって感謝の言葉を伝えた。
<気にするな、前の主よ。今の主に頼まれたのだ。礼はサイガに言えばよい>
「もう、オテギネさん、その呼び方はやめてよ。……ずっと、前の話でしょ。けど、あの時は、私に魔王の座を譲ってくれて、ありがとう……」
我とリンが言葉を交わしていたそのとき──巨大な魔素を持った二体の魔族の気配が、突如出現した。
我は即座に最大限の警戒をとり、魔素を循環させる。だが、その動きを見たリンは、少し苦笑を浮かべて「安心して」と呟くと、気配の方へ向かって声をかけた。
「なによ、ちょうど、良いタイミングで現れたわね、サイガ。あと、ついでにライも」
その名を聞いて、我は驚く。だが、リンもマヤもアオも──まるでサイガたちが突然現れることを知っていたかのように、落ち着いた様子だった。
我がその態度に訝しげな表情を浮かべると、リンは言葉ではなく、意思を飛ばして説明してきた。
(……なるほどな。……そういうことか。ならば、トガシゼンとの戦いにライが不可欠だというのも、納得だな)
リンの説明を受け、あえて言葉ではなく意思を使った理由を理解する。
ここにいるのは、我が信頼する配下たちのみではあるが──それでも、決闘が始まるまでは極力、秘密にしておいた方がよい。ライの呪術のことは……。
我は、説明してくれたリンに感謝の意思を返すと、三人と同じようにサイガたちが現れただろう方角に視線を向けた。
――やがて、茂みの奥から──ボロボロになったサイガとライの姿が現れた。
◆
目の前にサイガとライが姿を見せた。その瞬間、二人から放たれる圧倒的な魔素の保有量に、思わず息を呑む。
ライの呪術については事前に聞いていたから、突然現れたこと自体には驚きはなかった。
――けれど、ライの膨大に増えた魔素量を実際に感知すると、背筋に冷たい汗が伝っていくのを感じた。
サイガが、人間でも魔人でもない『別の何か』だということは、うすうす勘づいていた。
――だが、まさかライも、サイガと同類だったとは……。
……たしか、別世界の言葉で「(ラモス)ルイは(三浦)カズを呼ぶ」という名言があったような、なかったような──。
そんなどうでもいいことを考えているうちに、二人はどんどん近づいてきた。
よく見ると、サイガがライの呪術を発動するために傷だらけなのは分かる。だが──なぜライまで、同じく傷だらけなのか。不思議でならなかった。
そんな二人の姿を見つめていると、サイガがオテギネさんの方を向き、ゆっくり深々と頭を下げた。
「世話になったな、オテギネさん。本当にずっとだ。俺がこの森で彷徨っている時に出会い、助けてくれた。心の底から感謝している」
<なに、気にすることはない。お前のおかげでリンが生き返ることができた。それで良い。それに、今は我の主なのだから──主に仕えるのは当然のことだ>
オテギネさんは、いまだ頭を上げないサイガを、じっと見つめている。しばらくその様子を見ていたが……どうしても、ライの傷が気になって仕方がない。
――私はサイガに向き直って、声をかけた。
「ちょっといい? サイガ。アンタが傷ついてるのは分かるけど、なんでライも同じくらいボロボロなの? 何があったの?」
私の問いに、サイガはようやく頭を上げると──横にいる、自分よりもむしろボロボロなライをちらりと見やってから、静かに口を開いた。
「ああ、それはライの呪術を発動するために殴られる必要があるだろ? だから、そのついで俺も同じ数だけ、ライを殴ったんだ」
……笑顔で語るその言葉には、全くといっていいほど中身がない。
「……うん、全然意味が分かんないんだど」
あまりにも端折りすぎた説明に、私は思わず半目でサイガを睨む。そして無言のうちに、『ちゃんと話せ』と端的に意思を飛ばす。
そんな私の意思を受けたサイガは、やれやれといった様子で首を横に振り、肩をすくめてみせた。
──やっぱり。一ヵ月近くも離れてると、自分の立場ってものを忘れる生き物だ。
そう痛感した私は、また、一からサイガを再教育しないといけないのかと思い、深い溜息を吐いた。
◆
「――――というわけで、ライのバカが、俺よりもテントを優先したんで、つい腹が立って。で、ライに殴られるたびに、俺も殴り返してたら……まあ、お互いボロボロになった、という話です」
「そうなんだ、リン姉さん! 師匠はひどいんだ! 三週間も俺たちを雨風から守ってくれたテントを心配しただけなのに、それで殴るなんて! ちゃんと、ついでに、ほんの少しだけ師匠のことも心配したのに?! ……心配したっけ?」
俺たちは、リンたちと合流して早々に正座させられ、ライがボロボロになった理由を説明させられた。
そんな俺たちの言葉に、リンは静かに耳を傾け、腕を組んで、見下ろして睨んでいる。
――まあ、その視線には慣れてる。全然何も感じない。
けど──これまでの経験上、ここは反省して恐れ敬う姿勢を見せておかないといけない――と、思っていたら。
『そう思うなら、心の底から思え、バカ! 意思が繋がってるの忘れたの、大バカ!』
――すぐに俺は『さすがはリンさんだ!』と、心の中で称賛する。
その鋭い洞察力、瞬時の判断力、そして間髪入れず突っ込む反射神経。どれを取っても、一流の格闘家以上だと──俺は熱い気持ちを込めてリンさんを褒め称えた。
……ちらりと視線を向けると、こめかみに青筋を浮かべたリンが、さらに強くこちらを睨んでいた。
『いったい俺の何がいけないんだ! ちゃんと恐れおののき、敬っただろうが!』
『アンタ、私を一体なんだと思ってるの? 私は女なのよ! 何を格闘家って!』
完璧にリンの要望に応えたつもりだった俺は、逆に怒りを増した様子のリンに抗議の意思を飛ばす。
だが返ってきたのは、「褒める方向性が違う」という冷たい返答だった。
(方向性って言われても、よくわからん。だったら、はっきりと東西南北、前後左右──どの方向か示せ……)
素直な俺は、リンの望みに応えるために具体的な方向性について考え込んでいたら、急に意思が割り込んできた。
『……サイガ、本当に可哀そうなヤツね。出会ってから、何度目かしら……教育を施すのは。ほんの少し、その無駄に大量にある魔素を脳みその方に回したら……』
なぜか、さっきまで怒り狂っていたリンが、近所の可哀そうな子を見るような目で俺を見つめてくる。
そして、『もう、これ以上は何を言っても無駄ね』と無気力に意思を飛ばしながら、ごく小さな声で呟いた。
「……せっかく修行が終わったのに……今日も夜遅くまで教育しないといけないのね……」
その言葉を捉えた俺とライは、心の底から思った。
――こんなことなら、二人だけでトガシゼンとの決闘に向かえばよかった。
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