171 修行開始と試合終了
ようやく、シーサン平野に到着した俺たちは、以前ミナニシと合流した小高い丘の上にテントを張り、修行の拠点にすることにした。
「師匠、こんな感じでいいか?」
「バカ、全然ダメだ。そんなもんじゃ、なにかあったときに、耐えられないだろ」
ライが一生懸命立てたテントは、張りが甘く、強風や大雪に耐えられるような代物ではなかった。
俺は無言で、道具屋で買った巨大な剣を地面に突き刺すと、テントを張る杭の代わりにし、ロープをしっかりと結びつけた。
「なるほどな、どんな修行で使うのかと思ったが……テントを張るためだったのか。さすが、師匠だぜ!」
「何がさすがなのか、よくわからんがな。とりあえず、これで寝床は確保できた。あとは、修行を始めるだけだ」
なぜか腕を組み、何度もうんうんと頷くライを無視して、俺は遥か先、深大奈落を見渡す。
いまだに湧き出してくる魔物たち――どれだけ討伐しても絶えず増え続ける異様な存在。
人族は、これまで数えきれないほど魔物に殺され、被害を受けてきたはずなのに……なぜ、それよりも魔族に対して、あそこまで異様な敵意を剥き出しにするのか。
そんなことをぼんやり考えていると、ライが不思議そうな顔でこちらを見ているのに気づき、俺は苦笑した。
とりあえず、修行相手には事欠かない。俺はシーサン平野に降りるべく、ライに声をかけた。
「おい、そろそろ修行を始めるぞ。いいか、ライ」
──だが。
「……修行の前に、ちょっと教えてほしいことがあるんだ」
すぐに修行を始めると思っていたライが、珍しく神妙な顔をして、俺に相談を持ちかけてきた。
――――――――――――
いつになく思いつめた表情をしたライを見て、これは師匠としてきちんと向き合わないといけないと思った。
俺は近くにあった切り株に腰を下ろして、穏やかに問いかける。
「それで、何を教えてほしいんだ?」
その言葉にライは、緊張を増して、いつもより低い声で口を開いた。
「師匠は、今度の魔神のオッサンとの決闘で、俺の呪術が切り札になるって言ったよな?」
「ああ、言ったが──それがどうした?」
――ライは、自分の呪術が切り札になることに、不安を感じているのかもしれない。
いつもバカみたいに前向きで、何も考えず食うことと寝ること、そして強くなることしか頭にない──まるでサイ○人みたいなライでも、さすがに、魔神との最後の決闘には責任を感じているようだった。
「けどさ、俺はもう第4段階までの呪術を習得していて、オッサンがいう『伸びしろ』はないわけだろ? そんな俺が、大事な決闘に参加していいのかよ」
その言葉に、俺は思わず自分の耳を疑った。
まさか、ライからそんなまともな意見が飛び出してくるとは──。ひょっとして、この寒さで風邪でも引いたのか?
そう思った俺は、第3段階の呪術:仁心解放を発動して、深紅の魔素でライの体を包み込む。
だが、特に異常は見られず、魔素はすぐに霧散した。
――まさか、ミナニシに精神支配でもされてるのか?
疑念を抱いた俺は、続けて第2段階の呪術:釼清刈崩を発動。赤き破邪の手刀を作り出し、ライのこめかみに突き刺そうとした。
そのとき──ライが、静かに口を開いた。
「師匠、ふざけないでくれ。俺は真剣なんだ。今度の戦いが、師匠やマヤ姉さん、アオ姉さんにとって、どれだけ大事か知ってる。だから、俺は──足を引っ張るような真似はしたくないんだ」
その言葉に、初めて俺は気づいた。ライが本気で悩み、考えていることに。そして、体調不良や精神支配を疑った自分を、俺は心底恥じた。
どんなに普段はふざけていても、ライはここ一番、大事な場面ではちゃんと真剣になれるヤツだった。
少しだけライの普段の行いにも原因があるとは思いつつも、俺は茶化したことを素直に謝った。
「すまなかった、ライ。……たしかにお前は、呪術をすべて習得してしまったかもしれない。その意味では、確かに『伸びしろ』はないのだろう。だが――それだけが、強さのすべてじゃないだろう。それに……」
俺はここで言葉を止め、強い眼差しをまっすぐライに向けた。
こんな時のために、心の奥底で温め続けてきた言葉を、今こそ伝えるために――。
……その言葉は、わずかに残された人間だった頃の記憶から、掘り起こしてきた『漫画』の台詞だった。
「それに……ライ。『そこで諦めたら、試合終了だぞ』」
俺は、ずっと尊敬しているアンザ○先生の言葉を、そのまま引用した。
あたかも、自分が経験してきたかのように。静かに、しかし深く、心に響く声で、力強く言い放つ。
その名言を受けたライは、ただ黙って、俺を見つめることしかできなかった。
……ライの、なんと言ってよいか分からず、ただ立ち尽くす姿を見て、俺は内心、毒づく。
(ここは泣き崩れながら「師匠、バス○がしたいです」って言うところだろうが……)
そんなことを思いながらも、ライはふいに、ゆっくりと首を横に振り、真っ直ぐな目で俺を見た。
「師匠、試合じゃないんだ、決闘だろ? それに、諦めたら終了って……俺、諦めてないから。だから、どうすればいいかを聞いてるんだ。しっかりしてくれよ」
その言葉に、俺はまるで心臓を撃ち抜かれたかのような衝撃を受け、思わず胸を押さえた。
そんな俺を、ライは、わざと見下すような目で眺めてきた。
――ちょっと、ふざけ過ぎたかもしれない。
だが、反省するよりも先に、俺は固く心に誓った。
――これから始める修行は、最初から容赦なく全力でいく。
こいつには、上下関係というものを、みっちり叩き込んでやる必要がある。
――そう、アンザ〇先生に決意を示した。
◆
俺が真剣に相談したのに、返ってきたのは、心のこもっていない答えだった。
それに対して、俺はその場で容赦なく一蹴した。そして、図星を突かれた師匠は、胸を押さえて呻いた。
──自業自得だろう、と俺は冷ややかにその姿を見下ろしていた。
だが、次の瞬間、師匠から、尋常じゃない量の魔素が溢れ出す。高速で体内を循環し、外気を巻き込んで渦巻くのが、肌で分かった。
やがて、ゆっくりと立ち上がった師匠は、無言のまま俺の頭を鷲掴みにする。
みしり──と、頭蓋骨が軋む嫌な音が、頭の中で響いた。
そしてそのまま、俺は勢いよく持ち上げられると、まるでゴミでも捨てるかのように、シーサン平野へと放り投げられた。
「何するんだよ、師匠! 痛いじゃないか!」
「そんなの決まってるだろ、修行だ。それより、いいのか? 俺なんかに構ってて。後ろを見ろ、もう『お客さん』たちが並んでるぞ。」
丘の上から俺を見下ろす師匠に文句を言っているあいだに、シーサン平野に徘徊していた魔物たちが、空腹を満たすべく、ぞろぞろと俺に群がってきた。
だが、どんな魔物が来ようとも──俺の敵じゃない。俺は不敵に笑うと、迫りくる魔物たちを次々と迎え撃ち、薙ぎ倒していった。
大勢の魔物を一撃のもとに葬っていく中、突然、死角から鋭い攻撃を受けた。どの魔物が仕掛けたのか分からず周囲を見渡すが、それらしい気配はどこにも見当たらない。
――あんな切れ味のある攻撃をする魔物が、このあたりに潜んでいるとは思えない。
偶然と判断した俺は、とりあえず気にせず攻撃を続けていると、再び、目に見えない角度から一撃が飛んできた。
今度の衝撃は、さっきよりもさらに鋭く、重い。
さすがに無視できず、俺は動きを落として注意深く周囲を探る。すると、魔物たちの影に紛れるようにして移動する、見慣れた男の姿が目に入った。
「おい、師匠、バレてるぞ! どさくさに紛れて攻撃なんかするなよ!」
俺は、偶然を装い魔物の影から攻撃してくる師匠に向かって、もうネタはバレてるからやめろと呼びかける。
だがそんなことはお構いなしに、群がってくる魔物たちに紛れて、師匠はさらに攻撃を続けた。
あまりにも陰湿に攻撃を繰り返す師匠に怒りを覚えた俺が、呪術を発動しようとしたそのとき──鳩尾に、強烈な一撃を食らった。
――そして、そのまま意識が途切れた。
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『転生忍者は忍べない ~今度はひっそりと生きたいのですが、王女や聖女が許してくれません~』
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