168 修行の軌跡と魔王の誘惑
「マヤ、呪術を使うとき、実際の弓と同じ感覚で扱うとダメよ。呪術は魔法や武術とは違う、もっと超常的なもの。現実に縛られず、自分の感覚を信じて」
私は第1段階の呪術:迅輝射填をリンさんに向かって放つが、簡単に鉄扇で打ち落とされる。
さらに猛然と突っ込んでくるリンさんに対し、速射で応戦するものの、そのすべてをことごとく叩き落とされ、ついには首元に鉄扇を突き付けられた。
不死の森に着いてから、三日が経った。私たちは絶えず実戦形式で戦い、互いの呪術の強化と理解を深めることに全力で取り組んでいる。
リンさんの話では、呪術を理解することが新たな呪術の習得への近道らしい。そして実戦を重ねることで、呪術本来の力に気づき、その使い方の練度も格段に向上するという。
実際、まだ三日しか経っていないにも関わらず、すでにかなり呪術の扱いにも慣れてきた。
――アオに至っては、すでに第三段階の呪術を習得し、その使い方を一人で黙々と練習している。あまりにも順調な修行の進み具合に、私は思わず首を傾げた。
すると、その様子を見たリンさんが、苦笑しながら口を開いた。
「マヤ、こんなこと、普通はないから安心して。魔王か、それ以上の上位魔族同士だからこそ、修行でこれほどの成果が出ているのよ。元人間だったから知らないと思うけど、こんなに魔素を保有し、強力な呪術を持つ魔族なんて、そうそういないから」
その言葉に、周囲の凄まじさに気づかなかった自分を思い知らされる。私も、すでに魔王と同じか、それ以上の力を持ち始めている──。
そう理解すると、リンさんと同じように、苦笑いを浮かべてしまった。その瞬間、アオが一陣の風を伴って現れた。
「はぁ、はぁ……お待たせ! どうにか感覚にも慣れてきたよ。これなら、実戦でも使えそう!」
アオは呪術を発動して一瞬でここまで移動したらしく、肩で大きく息をしながら呼吸を整えている。
そんな妹に、リンさんが鞄から飲み物と小さな焼き菓子を取り出し、手渡した。
「まだ三日目よ、アオ。そんなに飛ばしていたら、一ヵ月ももたないわ。これでも食べて、少し休みなさい」
リンさんの言葉に、アオは頬を膨らませながらも素直に水筒を受け取り、一口飲むと、干した魔紅玉を練り込んだ焼き菓子をぼりぼりと頬張った。
そんな妹の姿を微笑ましく見つめ、私はリンさんへと視線を戻し、ふと問いかける。
「サイガたちは、無事にシーサン平野に着いたでしょうか?」
「さぁ、分からないわ。こんなに離れていたら、意思を繋げようがないしね」
「そうですか……便利そうで、なかなか使えないのですね」
私の反応に、リンさんは少しムッとした顔をして、気合を入れれば繋がるかもと眉間に皺を寄せ、シーサン平野がある北方へと手を掲げた。
そんな彼女の様子を見ながら、私はふと、あの日のことを思い出す。
――オテギネ様が自らの城へと飛び去った直後、リンさんは私とアオを草原に呼び寄せ、重要な話があると腰を落ち着ける。
そして、静かに語り出した。……自らの呪術によってサイガを転生させ、また自身も肉体を失って魂となったこと。魔王選定の儀を経て復活し、その結果、魂が混ざり合い、互いの意識が直接繋がるようになったことを──。
その告白を聞き、私とアオは複雑な表情を浮かべながらも、時折見せる二人のおかしな言動や行動に、心当たりを覚えた。
そして、「魂が繋がった」という言葉に、心までも繋がっているのではないかという考えが一瞬、頭をよぎる。
だが私は、小さく首を振ってその思考を追い払い、余計な詮索で心を乱すのを避けた。……アオも同じことを考えていたようで、どこか陰りを帯びた表情を浮かべていた。
いまだ両手をシーサン平野に向け、必死に念じているリンさんの姿を横目に、私は心の奥で静かに誓う……必ず、トガシゼン様との決闘では、私がサイガを支え、助けるのだ、と。
◆
「で、何しに来たの? アンタたち?」
ミナニシが、あからさまに嫌そうな顔をしながら、そう言った。見た目は取り繕っているが、声にも態度にも警戒と苛立ちがにじんでいる。
過去に俺たちを利用しようとして、逆に痛い目を見たことを、いまだに根に持っているのだろう。
そんなミナニシを見て苦笑いを浮かべ、ここまで案内された経緯を思い出す……。
トンハイ領に入った俺たちは、すぐに王都ジャフアンへ向かい、この領を治める魔王ミナニシとの謁見を求めた。
最初は怪訝そうな顔をしていた警備兵たちも、カミニシに書いてもらった身分証と、俺の左手に刻まれた呪紋を見せると、その場から脱兎のごとく走り去った。
そして、ほどなくして、厳つい顔をした上司を伴って戻ってきた二人は、ペコペコと頭を下げながら、城へ続く門を開けてくれた。
そんな平身低頭な警備兵たちに礼を言い、城内に入ると、執事らしき老人に案内され、俺たちはミナニシの執務室に通された……。
……そして、今に至る。だが、不快感を隠そうともしないミナニシの態度に、とうとう我慢の限界がきたライのバカが、偉そうに説教をたれはじめた。
「おい、姉ちゃん、なんだ、その態度は! 師匠と俺のおかげで魔物の大襲来は鎮圧できたんだろ!」
「はあ? わたしも手伝っただろ! それに、アンタたちだけで、どうやって空にいるワイバーンやグリフォンを倒すつもりだったんだよ!」
ライの一言で、かろうじて保っていたミナニシの自制心が崩壊したらしい。出会ったときに見せた甘ったるい媚びた口調はどこへやら、今ではチンピラのような言葉遣いでまくしたてている。
――その変わりように、ライは首を横に振り、深々と溜息を吐いた。
「はぁ、ほんとにバカだな、姉ちゃんは。空にいる魔物なんて、師匠の呪術でまとめて叩き落とせるってことも分からないのかよ。本当に、こんなヤツに治められている、ここの領民たちが哀れだぜ」
その言葉に、とうとうミナニシは最後の理性すら放り捨てた。呪術を発動し、鉄でできた細長い円筒をライに向けてくる。
とっさに魔素探知を展開すると、鉄の円筒にミナニシの魔素がぐんぐんと収束していくのが分かった。……完全に、本気だった。
俺はすぐに判断を下すと、ライの頭を容赦なく拳で殴りつけ、その勢いのままミナニシに向かって頭を下げた。
「すまなかった、ミナニシ。弟子が失礼なことを言った。どうか許してほしい」
その態度に、ミナニシはつまらなそうに鼻を鳴らすと、手にしていた呪術を解除し、椅子に座り直す。
そして、俺に「頭を上げろ」と短く告げ、謝罪を受け入れた。改めて弟子の不始末を詫びると、ようやく俺も頭を上げる。
「……ほんとに、次は容赦しないわよ。それで、何しに来た?」
いまだに頭を押さえ蹲っているライを一瞥し、その存在を完全に無視することに決めたらしいミナニシは、まるで視界にライが存在しないかのように、俺だけを見つめてきた。
……そんな様子に苦笑いしつつ、俺は静かに口を開く。
「ああ、分かった。それで、ここに来た理由だが──実は、修行するためにシーサン平野を使わせてくれないか?」
俺の言葉に、ミナニシは僅かに眉を上げ、怪訝そうな表情を浮かべた。少し顎に手を当て、考え込む仕草を見せる。
その様子を横目に見ながら、再びライが何か喋ろうとするのに気づき、俺は容赦なく、もう一度拳を振り下ろして黙らせた。
再び、頭を押さえ、苦痛の声を上げるライを鼻で笑い、ミナニシは初めて会ったときと同じように妖艶に微笑むと、ゆっくりと口を開いた。
「そうね、一つだけ条件があるわ……今夜、私の相手をしてもらえる?」
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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『魔女の烙印を押された聖女は、異世界で魔法少女の夢をみる』(完結済み)
『転生忍者は忍べない ~今度はひっそりと生きたいのですが、王女や聖女が許してくれません~』
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