167 呪紋の誓い、修行の始まり
トガシゼンが囚われた島でリンたちと別れた俺とライは、カイが準備してくれた船に乗り、ハイヤンへと戻った。港では、律儀に待っていたカミニシとマチさんが、俺たちの帰りを出迎えてくれた。
「――そうか、トガシゼン様は、やはり強かったのだな。だが、お前も無事に戻ってきたんだ。それは誇ってもいいと思うぞ。それに、今もなお魔皇として認められているようだしな」
トガシゼンにかけられていた呪いのこと以外は伏せて話すと、カミニシはトガシゼンの強さと、二度もあの魔神を追い詰めた俺の力に素直に感心しつつ、俺の左手の甲に刻まれた呪紋をじっと見つめた。
魔皇の称号を与えられた時に刻まれたその呪紋は、今もなお淡く輝き、その存在を主張している。
この呪紋のせいで、これまで旅の途中で何度も魔族に決闘を挑まれ、そのたびに丁重に断ったり、拳を振り上げて強引に諦めさせたりしてきた。正直、邪魔にしかなっていない。
――本当に、何の役にも立っていないな……。
改めてそう思い知らされ、俺は心の中で、次の戦いのあとには、勝っても負けても、必ず解呪してもらおうと、静かに決意した。
俺がそんなどうでもいいことを考えていると、リンたちの姿が見えないことを気にしていたマチさんが、心配そうに尋ねてくる。
「そういえば、リンさんたちの姿が見えませんが……。何かあったのですか?」
その言葉に、カミニシも説明を求めるような視線を向けてきた。だが、俺が口を開く前に、ライのバカが割り込む。
「ああ、そのことか。それなら、オテギネのオッサンが、不死の森まで運んでくれたぜ。姉さんたちは、そこで修行するんだ」
「オテギネ」――カミニシは、その名に反応すると、わずかに眉を上げる。その様子を見て、やはり魔族領でも屈指の実力者だけのことはあるな、と感心しかけたが──どうやら、そう単純な反応ではなかったらしい。
……カミニシは意外な名前を口にした。
「オテギネと言えば……たしか、クズノセが知り合いだと言っていたな。ジュウカンから離れたチョワンを治めるクズノセが、なぜそんな存在と知己なのか──不思議に思った記憶がある」
カミニシの言葉に、今度は俺が驚かされる番だった。クズノセとは、魔王選定の儀で出会った相手だ。そして、戦うことなく勝ちを譲られた──そんな、少し因縁のある相手でもある。
――魔王なのだから強いのは間違いない。だが、ヤツから感じたのは、ただの強さではなかった。
……あのとき感じたのは、底知れぬ、不気味な匂いをまとった存在感。オテギネさんのような圧倒的な力ではなく、どこか掴みどころのない、異質な力を持っている印象が、クズノセにはあった。
そんなヤツとオテギネさんが知り合いだという事実に、不自然さを覚える。だが、今それを気にしても仕方ない――気持ちを切り替え、俺はカミニシに告げた。
「──一ヵ月後に、もう一度、トガシゼンと戦うことになった」
「なんだと!? また、トガシゼン様と戦うのか!? それは……無謀というか、無茶苦茶な話だな」
カミニシは呆れたように俺を見つめながら、続けて問いかける。
「それで、お前たちは、これからどうするつもりなんだ?」
「そうだな。まずはトンハイに向かって、シーサン平野で修行するつもりだ。あそこは深大奈落に隣接していて、魔物も強い。簡単な場所じゃないが、今の俺たちにはちょうどいい。それに魔素も濃いからな」
俺の言葉に、カミニシは微妙な表情を浮かべつつ、トンハイを治めるミナニシには気をつけろと注意した。
――どうやら、あの女は、同じ魔王たちの間でも異質な存在として扱われているらしい。たしかに、クズノセとはまた違った意味で──何を考えているのか掴めない、不気味な印象を受けた記憶がある。
「ああ、分かってる。一度、痛い目にも遭ってるからな。……だが、忠告は感謝する」
そう返すと、カミニシは苦笑しながら頷き、通行手形を準備するからハイヤンにしばらく滞在していろと伝え、マチさんを連れてその場を後にした。
俺は、その背中を見つめながら、自分の拉致事件の真相を究明するよりも、俺のことを優先してくれたカミニシに、心からの感謝を込めて深く頭を下げた。
◆
私たちは大きな籠に乗せられ、上空を飛んでいる。籠の外は猛烈な向かい風――景色を楽しむどころではない。
オテギネさんの好意で、不死の森まで連れて行ってもらえることになったのだが……空の散歩くらいに軽く考えていた、あの時の自分を、今は心の底から恨んでいる。
トガシゼンが住む島から不死の森へ向かうため、私たちはカイさんが用意してくれた籠に乗り込んだ。
すると、オテギネさんは呪術を発動して、ふわりと浮かび上がり、そのまま後ろ足で籠をがっしり掴むと、一気に大空を駆け始めた。
……あまりにも常軌を逸した速さで進むせいで、籠は烈風をまともに受け、ぐわんぐわんと揺れる。そのたびに、取っ手が千切れるのではないかと、本気で不安になる。
私とマヤは、恐怖のあまり身を寄せ合い、最後には抱き合いながら、ただただ、一刻も早く不死の森に着くことを祈るしかなかった。
──そんな中、アオだけは違った。ぐるぐる揺れる籠の中でゴロゴロと転がりながら、まるで遊んでいるかのように楽しんでいた。
――――――――――――
<待たせたな。……空の旅は楽しんでもらえただろうか?>
籠が地面に降ろされる感覚が、私たちにも伝わり、ゆっくりと籠から出る。すると、そこには楽しげな顔をしたオテギネさんが待っていた。
その表情を見て、すぐに悟った……あれは、絶対に本気で楽しんでいるなんて思っていない。その上での、からかいだ。私がなんと答えたものか悩んでいると、先にアオが、元気いっぱいに声を上げた。
「うん、すごく楽しかったよ! 空を飛ぶのも初めてだったけど、あんなに揺れる乗り物に乗ったのも初めて! 両方とも、本当に楽しかった!」
アオの言葉に、オテギネさんは嬉しそうに頷く。そして、未だに腰が抜けて力が入らない私とマヤを見て、<少しはアオを見習え>と、私たちだけ意思を飛ばしてきた。
その辛口の一言に、思わず不満げな表情を浮かべる私たち。だが、隣では、アオがキョトンとした様子でこちらを見ていた──不満の理由が、まったく理解できていないらしい。
「こほん……とりあえず、ここまでありがとうございました。私たちは、ここで修行をしようと思います」
私が代表して礼を述べると、オテギネさんは静かに頷き、意思を飛ばしてきた。
<そうか。……さっそく始めるのだな。わかった、好きにするがいい。あとで配下の者たちに、必要な物は持ってこさせよう>
その気遣いに、私たちは三人そろって感謝を込めて深く頭を下げた。
そして、最後に大きく頷いたオテギネさんは、ゆっくりと空へ舞い上がり、自らの城へと戻っていった。
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『転生忍者は忍べない ~今度はひっそりと生きたいのですが、王女や聖女が許してくれません~』
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