165 救った言葉、明かされる真実
俺は、ずっと意味が分からなくて、会話に加われなかった。ただ──師匠がやっぱりすごいってことだけは、肌で感じ取れた。
――師匠がいつも言ってる「考えるな、感じるんだ」ってヤツだ。
だから俺は、話を聞いてるフリをしながら周囲をそれなりに観察し、他のみんなの動きに合わせて頷いたり、「なるほど」なんて、それっぽい相槌を打ったりしていた。
でも、そんな中で、師匠が唐突に、ハイヤンを襲った人族の件について、なぜトガシゼンが何もしなかったのかと詰め寄ったことで、場の空気が一気に重くなった。
……これはマズい。そう感じた俺は、勇気を振り絞って、感じるままに口を開いた。
「師匠、多分、あれだ。このオッサンの呪いのせいだと思うぞ」
「どういうこと、ライ?」
師匠に向けたつもりの言葉だったが、すぐに返してきたのは、意外にもリン姉さんだった。
その眼差しは鋭く、大魔王の名に相応しい威厳と圧があり、適当な答えでは許されないと、本能が警鐘を鳴らす。
……いや、というか元々、リン姉さんに適当なことを言えば鉄拳制裁が飛んでくるのは常識だ。
今さら慌てることじゃない、と自分に言い聞かせて気持ちを落ち着ける。
「……ああ、それは、あれだよ。つまり、オッサンは呪われてるんだ。だから……つまり……そうだな……なんて言えば、分かってもらえるんだ……」
俺が必死に何かを伝えようとしているのを、リン姉さんは黙ってじっと見守ってくれている。答えが出るのを、ひたすら待っている……ように見える。
だが、そもそも、俺に答えなんてあるわけがない。だから、いかにも「考えてますよ!」って雰囲気を出しながら、それっぽい言葉を並べてごまかしつつ、心の中では全力で神からの天啓を待っていた。
……そんな俺の様子を見ていたオッサンが、静かに口を開く。
「……ふっ、まさか、そんな小僧に庇われるとはな……」
「……どういうことだ、トガシゼン」
オッサンの言葉に反応したのは、師匠だった。
俺は、まさか神──いや、魔神に救われるとは思わず、少し混乱しながらも、なんとか考えてるふりを続けていた。
碌に考えてもいないのに頭が痛くなってきて、思わず苦い顔を浮かべる。そんな俺に、師匠が何か勘違いしたらしく、肩にそっと手を置いて、優しい声で言ってきた。
「ライ、言いたくなかったら、無理に話さなくていい。トガシゼンから聞けば済む話だ」
その言葉に、思わず目を見開く……もしかして、本当に何も言わなくていいのか? 一瞬、肩の荷が下りたような気がしたが、次の瞬間、『あのお方』のことを思い出す。
そう、大魔王からの許可はまだ下りていない。俺はおそるおそるリン姉さんの方を見ると、大魔王は静かに頷き、オッサンに説明を促すような視線を向けていた。
「あまり、言い訳みたいで話したくないが――」
◆
ライは、何かに気づいたらしいが、それを言うべきか迷っているようだった
そんな様子を見て、俺は「もうこれ以上、話す必要はない」と判断し、そっとライの肩に手を置いてトガシゼンに視線を向けた。
リンも同じく、鋭い視線を送りながら、トガシゼンが口を開くのをじっと待っている。
俺たちの視線を受けたトガシゼンは、自嘲気味な笑みを浮かべると、静かに語り始めた。
――――――――――――
「――――というわけだ。魔神となった俺は、初代の魔神が魔族領全体にかけた呪術の一部に取り込まれ、その呪いを維持するために島に囚われている。死ぬことすら許されず、ただこの島で、歯車の一つとして……長い年月、生かされ続けている……」
トガシゼンはそう語り終えると、ハイヤンに人族が侵入していたことも、魔族を捕らえるための大型船が島のすぐそばを通過したことも……すべて知っていたと明かした。
だが、この島から出ることは許されず、人族にその存在を知られることさえ避けなければならない状況では、何も手を出すことはできなかった、と。
そして、語られる三百年。魔神になってからのその長い時の中で、同じような出来事は何度もあったという。
そのたびに苦しみ、悔やみ、それでも何もできないまま時間だけが過ぎていった。
――やがて、その感情はすり減り、やるせなさも怒りも、ただ「仕方がない」と割り切るようになっていった──と、淡々と語った。
あれほどの覇気を纏い、どんな窮地でも獰猛に笑い、危機すら楽しんでいたはずのトガシゼンが、今、目の前で『囚われた者』として語る姿に、俺は初代魔神の呪術が持つ強大さと異様さに、思わず寒気を覚えた。
――いったい、どんな呪術が、どのような呪いが、この魔族領全体を覆っているのか……トガシゼンに問いかけたが、静かに首を横に振るだけだった。
再び、謁見の間全体に重い沈黙がのしかかる。その空気に耐えきれなくなったのか、アオが気まずそうに声をかけてきた。
「とにかく、トガシゼン様がハイヤンを見捨てたわけじゃないってことは分かったんだから、ボクはそれでいいと思う。
それより大事なのは、これからのことだよ。サイガ、リンちゃん、一カ月後に再びトガシゼン様と戦うんでしょ?
次はボクも参加させてほしい。そのためにも、一秒でも早く修行を始めるべきだよ」
その言葉に、マヤも小さく頷き、まっすぐな視線を俺に向けてくる。
……たしかに、分からないことをいくら考えても仕方がない。答えが出るとも限らない。
それよりも、今できることに目を向けたほうがずっと建設的だ。俺は二人に向かって頷くと、トガシゼンに向き直り、口を開いた。
「悪かったな、トガシゼン。理由も知らずに責めるような態度をとって。ただ──まずはアンタに勝ってから、その後のことを考えようと思う。人族のことも、呪いのことも気にはなるが……何より、俺は人間に戻らなきゃならない」
俺の言葉に、トガシゼンは少しだけ気持ちが和らいだようで、わずかに笑みを浮かべる。
そして再び、黒く豪奢な箱を俺に突き出し、顎で「受け取れ」と促す。俺も微笑んで頷き、その箱を受け取り、そっと懐にしまった。
「俺に勝つと言ったからには──必ず、成し遂げてみせろ、サイガ。今のままだと、返り討ちにあうのがオチだぞ。死に物狂いで強くなれ」
トガシゼンは、すっかり調子を取り戻したように獰猛な笑みを見せると、ゆっくりと背を向けて玉座へ歩き出した。
その後ろ姿を一瞥し、俺もまた静かに背を向け、玉座を後にした。
◆
私たちは、船の準備が整うまでの間、来賓用の部屋へ案内された。
誰もがトガシゼンの話に驚愕し、しばらくのあいだ黙り込んでいた。
ただ、呪いの制約に誰よりも早く気づいていたライだけは、テーブルの果物を美味しそうに頬張っていた。
いつもなら、その無神経さに突っ込み、鉄扇で思いきり叩くところだが……今回は、さすがに我慢した。
ライの言葉に、まさか救われる日が来るとは思わなかったが、事実、あの場はバカのひと言で救われた。
もし、あの一触即発の空気の中で、ライが言葉を挟まなければ、何が起きていたか分からない。
……それほどまでに、サイガがトガシゼンに向けた視線には、強い怒りと責める気配がにじんでいた。
とにかく、あの場で再び戦うような事態だけは避けられたことを思い出し、いまさらながら安堵の息を吐く。
そして、いまだに果物を頬張り続けているライに視線を向けると……正直言って口にしたくはないが、感謝の言葉を伝える。
「ライ、さっきは助かったわ。まさか、アンタがあれほど頭が回るとは思わなかったから……。本当に、ありがとう?」
「リン姉さん、気にしないでくれ。それより、どうして疑問形なんだ?」
ライが首を傾げながら答えるが、私自身も、なぜ疑問形になったのかよく分からない。……というより、きっと私は、ライを認めて感謝することそのものに、体が拒絶反応を起こしているのだろう。
……そう思いながら、肩をすくめ、首を横に振って、もう一度口を開いた。
「さあ、分からないわ。それより──どうしてトガシゼンの呪いにかけられた、あの強力な制限に気づいたの?」
「ん? ああ、あれはですね……う~ん、なんというか、口に出すのはちょっと難しいんですが……」
私の問いかけに、急にしどろもどろになったライは、言葉をつかえさせながら、ちらちらとサイガの方をうかがう。
その様子を見たサイガは、ライに近づき、そっと肩に手を置いて、優しく語りかけた。
「ライ、ちゃんとリンが納得するように答えてやれ。俺はマヤとアオを連れて、船の準備の様子を見てくるから」
その言葉に、ライは目に見えて絶望し、今まで見たことがないほど顔を青ざめさせた。
そして、ライは助けを求めるようにサイガの手を取ろうとする。だが、サイガはさりげなくそれをかわし、マヤたちの方を向いて言った。
「邪魔になるからな」
そう言い残して、サイガたちはさっさと部屋を出ていった。
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