164 第零段階の呪術
「――というのが、俺が習得した呪術のすべてだ。なぜ、俺がお前たちの呪術を瞬時に把握することができたのか、理解できたか?」
俺が自らの呪術についてすべて語り終えると、サイガを含めた全員が黙り込んだ。
その反応に思わず苦笑しそうになったが……まあ、無理もないと納得し、すぐに表情を引き締めた。
通常、ひとりが覚えられる呪術は、四つまで。そして多くの場合、あとに習得する呪術ほど強力になるのが通例だ。
だが、俺が身につけた呪術は五つ。そこに、かけられた『死ねない呪い』を加えれば、六つとなる。
「なるほどな。アンタが最強と呼ばれる理由、よく分かったよ。それに、なんで俺たちの呪術も把握できたのかもな。その『然知全脳』だったか……範囲はアンタにも分からないらしいが、近くにいる相手が発動した呪術を瞬時に理解するってのは、さすがに凄まじいな」
サイガが大きくため息をつきながら俺の顔をじっと見つめ、その圧倒的な能力について素直に感想を述べた。
すると、隣に立つリンも、同じようにゆっくりと息を吐いて気持ちを落ち着かせると、静かに問いかけてきた。
「あなたの能力と、その圧倒的な力は、もう十分に理解できたわ。でも、再戦の話については、少し納得がいかないの。
たしかに私は、まだ第3段階までしか呪術を習得していないから、新たな呪術次第では、あなたに勝てる可能性があるものを得られるかもしれない。
でも──サイガはもう、第4段階まで習得しているのよ。コイツのどこに『伸びしろ』があるというの?」
リンの言葉に頷いた俺は、まだ話していないことがあると告げ、静かにサイガへ視線を向けた。
サイガもまた、リンと同じ疑問を抱いていたのだろう。その目には、何かを問いかけるような色が浮かんでいた。
俺は、カイを退室させたことで、この場にいるのがサイガとその仲間たちだけであることをあらためて確認し、口を開く。
「俺の呪術:然知全脳は、相手が発動した呪術を瞬時に理解することができる……これはさっきも説明した通りだ。そして、この呪術は常に発動し続けている──いわゆる常時発動型の呪術だ」
そこで、一拍置いて、俺はサイガを見つめた。
「サイガの呪術:二進外法も、同じく常時発動型……そして、この常時発動型を持つ魔族は、例外なく、第5段階まで呪術を習得することができる」
その言葉に、再びこの場にいる全員が沈黙する。
常時発動型の呪術など、そうそう習得できるものではない。しかも、それは特異な性質を持ち、第零段階の呪術と呼ばれている。
それは術者自身の在り方を示すものであり、多くの場合、生まれながらにして備わっている。
つまり、まだ言葉も何も理解できない時期に覚える呪術であり、本能でその能力を理解して使いこなすか、あるいは意味もわからないまま発動し続け、脳の発達とともに少しずつ理解していく──そのいずれかだ。
習得しようとして得た呪術とはまったく異なり、人族の持つ『神の加護』のように、本人の意思に関係なく与えられる呪いに近い性質を持つ。
……おそらく、正確には呪術ではなく、呪いに近いものなのだろう。
だからこそ、通常の呪術の枠──四つまでという制限の外にあり、五つ目の呪術を習得する余地が生まれる。
そう語り終えたとき、自然と全員の視線がサイガへと集まっていた。
◆
全員の視線を受けながら、俺は今も発動し続ける自分の呪術について思いを巡らせていた。
生まれ変わって間もなく、「二進外法」はすでに発動していた。
この呪術が、芋虫だった俺の姿を、人間のものへと変えていったのだ。たしかに、発動の際には頭の中に声が響いた。
だが、言葉を理解できない赤子では、その意味を知る術もなかったし、何より、大量の魔素を得る機会もなかったはずだ。
もし、俺が記憶も言葉も持たずに生まれ変わっていたのなら……この呪術に気づくことすらできなかったかもしれない。
……そう考えると、トガシゼンの言っていたことも腑に落ちる。
「なるほどな。たしかに、アンタの言う通りなら……俺にも伸びしろはあるってわけか。それに──自分で言うのもなんだが、あそこまで追い込んだんだ。あと一つか二つ、決め手があれば……結果は変わっていたかもしれないな」
そう言って、俺はふっと息を吐き、肩をすくめる。
「とはいえ、アンタの呪いをどうにかしないと、意味がないがな……」
その態度が気に入ったのか、トガシゼンはわずかに笑みを浮かべ、玉座からゆっくりと立ち上がった。
そして、俺とリンの目の前まで歩み寄り、静かに口を開く。
「そういうことだ、サイガ。貴様たちが俺を倒すには、二つの条件がある。一つは、今以上に強くなること。そして、もう一つは──俺にかけられた呪いをどうにかすることだ」
その言葉に、俺は素直に頷いた。
ちょうどその時、扉を叩く音が響く。トガシゼンが「入れ」と短く告げると、扉がゆっくりと開き、カイが恭しく頭を下げながら入ってきた。
最大限の敬意を込めて歩を進めると、カイはトガシゼンの前で片膝をつき、手に持っていた黒く豪奢な箱を両手で差し出した。
すると、トガシゼンは静かに頷き、その箱を手に取ると、迷いなく俺の方へと突き出した。
「とりあえず、これは今回の決闘の褒美だ。……まあ、敢闘賞というところだな。もし人間に戻る方法を知りたいのなら、勝ってみせろ、サイガ」
その言葉に、マヤとアオが反応した。二人の肩がピクリと跳ねるのが見え、俺は戦いに夢中になり、本来の目的をすっかり忘れていた自分に呆れ、思わず苦笑を漏らす。
そして、この島に来てからずっと胸の奥に引っかかっていた疑問が、ふと頭をよぎった俺は、トガシゼンに問いかけた。
「ああ。アンタを倒さないと人間に戻れないからな。……必ず勝ってみせるさ。それより、一つ聞いていいか?」
俺の言葉に、トガシゼンは満足そうに、獰猛な笑みを浮かべる。だが、俺はそのまま目を逸らさず、言葉を続けた。
「なぁ、なんでアンタは……ハイヤンが人族に襲われるのを、黙って見ていたんだ?」
その瞬間、トガシゼンの顔から一気に熱が引いた。
つい先ほどまでの笑みは消え失せ、その表情には、興味も感情もない、ただ無機質な冷たさだけが宿っていた。
そして、まるで何の意味もないことだとでも言うように、低く呟く。
「……つまらないことを聞くな」
◆
サイガの身体から、わずかに殺気が漏れた。
カミニシの故郷であるハイヤンが人族に襲われ、多くの犠牲を出したというのに──すぐ近くにいたトガシゼンは、何も行動を起こさなかった。
なぜ、外海に面したハイヤンの海があれほど穏やかだったのか……今なら分かる。この島が、外から押し寄せる荒波をせき止めていたからだ。
だからこそ、あの地に大きな港を築くことができたのだ。
その事実に、今さらながら気づかされた私は、思わずサイガの横顔を見つめていた。
サイガの眼差しは、まっすぐトガシゼンを射抜いている。
答え次第では、すぐにでも決闘を始めかねない──そんな危うさが、その瞳に宿っていた。
なぜ、そこまでの殺気を放つのか……私にも、その気持ちは分からなくはない。けれど、まだ魔素の回復も十分とは言えない今、この場で戦うのはあまりに無謀だ。
謁見の間は、かつてないほどの殺気と緊張感に包まれていく。
そんな中、静寂を破るように、ぽつりと声が上がった。
「師匠、多分、あれだ。このオッサンの呪いのせいだと思うぞ」
そう言ったのは、ライだった。
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