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163 敗北と再戦への猶予

俺は目を覚ますと、トガシゼンの城の一室にいた。……たしか、あの魔神と戦い、リンがその首を刎ね──その後、強力な呪術のようなものが発動し、俺とリンの魔素が強制的に吸い取られそうになって……オテギネさんが助けてくれた、はずだ。


ベッドから跳ね起きると、まず右腕を確認する……元通り、戻っている。そして、あれほど枯渇していた魔素も、半分ほどは回復していた。


誰かが死免蘇花(しめんそか)を使って癒してくれたのだろう。だが、部屋にはリンや他の仲間たちの姿は見えず、決闘のその後、何があったのか──気になって仕方がない。


とりあえず、俺が部屋を出ようとした、そのとき。扉を叩く音が響いた。


扉に近づき、声をかけながら開けると、カイの僅かに驚いた表情が目に入った。しかし、すぐにカイは恭しく頭を下げ、リンたちが待っていることを伝えてきた。


その言葉に頷き、すぐにでも部屋を出ようとした俺だったが、カイは苦笑しつつ、片手を上げて制する。


「サイガ様、お着替えになった方がよろしいかと。すぐにご用意いたしますので、しばらくお待ちください」


その一言で、俺はようやく、自分がズボン以外、何も身に着けていないことに気づかされた。


俺は礼を述べ、部屋の中に戻ってテーブル脇の椅子に腰を下ろすと、カイは落ち着いた手つきで召使いのペンギンを呼び出し、服を持って来るよう指示を出した。


「助かった、カイ。それで、リンたちは無事なのか?」

「はい、皆さんご無事です。ただ、かなり魔素を奪われたようで、少しお疲れのご様子でした」


その言葉に、思わず責めるような視線を向けると、カイはすぐに再び頭を下げる。


その態度を見て、やはりトガシゼンの身体を元に戻す呪いが発動したのだと察する。


……一度目は、島中に漂っていた魔素によって傷を癒し、そして二度目は、魔素が枯渇したため、補填として島にいた全ての者から、強制的に魔素を吸い上げたのだろう――そう、俺は予想した。


「まあ、いいさ。誰も問題がないなら……」

「我が主の呪いのせいで、ご迷惑をおかけし、大変申し訳ありませんでした」


カイの謝罪を受け入れ、「別にアンタが謝ることはない」とだけ言って、テーブルに置かれたリンゴを手に取る。


そして、ひと口かじった瞬間、体内の魔素が一気に回復していくのを感じ、急いで魔素感知を使う。


――その果実の中は、大量の魔素で溢れていた。思わずカイに視線を向けた。


「はい、ご察しの通り、()(こう)(ぎょく)です。オテギネ様が、もしもの時のためにと、ご準備しておりました」

「そうか……オテギネさんには感謝しないとな。他の皆も食べたのか?」


俺の問いに、カイは苦笑しながら、そっと首を横に振る。


俺ほど大量の魔素を保有している者はいないため、自然回復で事足りたと説明し、全員すでにほとんど回復していることを教えてくれた。


その言葉に安堵し、同時に俺も小さく苦笑いを浮かべる。


――ちょうどそのとき、召使いのペンギンが着替えを持って現れたので、お礼を言ってそれを受け取り、素早く身支度を整える。


そして、リンたちが待つ部屋まで案内してくれるよう、カイに頼んだ。



私たちは、トガシゼンの異様なまでの強さと、その身にかけられていた非常識な呪いについて何か言おうとするのだが──誰も、何をどう言えばいいのか分からず、ただ沈黙だけが続いていた。


あのライですら、言葉を失っていた。ただ、魔神という異形の存在を前にして、口を開くこともできず、じっと黙り込んでいる。


『死ねない呪い』なのか、それとも『死なない呪い』なのか──正確なところは分からない。


――ただひとつ、トガシゼンが三百年にわたり魔神として君臨し続けてこられた理由だけは、今回の決闘で嫌というほど思い知らされた。


このまま、もう一度、決闘を挑んだとしても、決して勝つことはできない……その重い事実だけが、全員の頭の中にのしかかり、誰ひとりとして言葉を発することができない。


……ただ、俯いて、自らの足元を見つめるだけだった。


そんな沈黙を破るように、部屋の外から入室を求めるカイさんの声がする。その声に私が応じ、入室を許可すると、静かに扉が開き、サイガを伴ったカイさんが中へと入ってきた。


「皆、無事だったか? リンも怪我がなくてよかった、それに魔素も、ある程度回復しているな」


サイガはカイさんの後ろから顔を覗かせ、私たちの無事を確認すると、ほっとしたように、思いのほか明るい声で話しかけてくる。


その姿を見て、私も自然と安堵の息を吐いたが、まずは、マヤやアオに礼を言うよう促した。


二人は、トガシゼンの呪いでかなりの魔素を吸い取られたにもかかわらず、協力して赤色の死免蘇花を発動し、切断されたサイガの右腕を回復させてくれたのだ。


――通常、他者同士の魔素をひとつに合わせることは難しいが、姉妹だったことが幸いしたのか、無事に膨大な魔素を必要とする呪術:死免蘇花―赤―を発動できた。


「……そうか。マヤ、アオ、ありがとう。本当に助かった。それにリン、教えてくれて感謝する。あとライも、ここまで運んでくれたと聞いたぞ。……世話になったな」


私とカイさんから事情を聞いたサイガは、三人に深々と頭を下げて礼を述べると、入口近くの椅子に腰を下ろした。


そして、カイさんに軽く食べられるものの用意を頼むと、改めて全員を見渡し、ゆっくりと、口を開いた。


「今回は済まなかった。……みんなの期待に応えることができなかった」


そう言って、サイガは再び深く頭を下げる。そして、今度は、カイさんの方を向きながら問いかけた。


「それで、トガシゼンに負けた俺は、どうなるんだ? 左手にある呪紋は消えていないようだが……魔皇の地位は、取り消しか?」


――その問いに、カイさんは静かに首を横に振る。


そして、魔皇の地位については後ほどトガシゼン本人から話があると伝え、もし全員問題なければ、謁見してもらえないかと尋ねてきた。


私はまずサイガを見ると小さく頷き、それに合わせてマヤとアオへと視線を送る。


その視線を受けた二人も大きく頷いてみせた。そして、最後にサイガが、ライの方を見たが……今回はただ無言で首を縦に振った。


その瞳には、まだ答えを見つけられない迷いが残っていた。


――――――――――――


私たちは、再び謁見の間へと通され、玉座に座るトガシゼンを見上げた。ただ、初めてこの場に立ったときのような緊張感は、もはやなかった。


――目の前にいる魔神を、こうして真正面から見つめる余裕すらある。おそらく、一度の戦いで二度も、あのトガシゼンを窮地に追い込んだことが、自信へと繋がっているのだろう。


「来たか、サイガ。それにリン。よくぞ、俺をあそこまで追い込んだ。まさか、あれほどの戦いになるとは思っていなかったぞ」


トガシゼンは、私とサイガに称賛の言葉を送り、敬意を込めた眼差しを向ける。


そして、目配せをするとカイさんは静かにその場を後にした。その姿を見送りながら、サイガが口を開く。


「褒めてもらえるのは嬉しいが……結局、勝ったのはアンタだ。負けた俺は、魔皇の称号を剥奪されるのか?」

「ふっ、そうだな。戦う前は、そのつもりだったが……」


トガシゼンは、そこで一度言葉を切り、私の方をじっと見据える。そして、少し間を置いて、再び口を開いた。


「リンを見て、考えを改めた。もう一度だけ、戦う機会をやる。猶予は一カ月。それまでに、死に物狂いで鍛えてみせろ。……敗者への情けではない。真に俺を倒せる者を見極めたいだけだ」


その言葉に、サイガはわずかに眉をひそめながら、私の方へ視線を向けてくる。するとトガシゼンは、顎を撫でながら好戦的な笑みを浮かべた。


「サイガ。貴様とリンには、まだ、伸びしろがある。それは……呪術だ」


そう言って、トガシゼンは並び立つ私たちを見つめ、自らの呪術について語り始めた。


ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

もし楽しんでいただけたなら、ぜひブックマークや評価をお願いします。励みになります!


また、

『魔女の烙印を押された聖女は、異世界で魔法少女の夢をみる』(完結済み)

『転生忍者は忍べない ~今度はひっそりと生きたいのですが、王女や聖女が許してくれません~』

も連載中ですので、興味がありましたらご覧ください。


これからもよろしくお願いいたします。

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