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162 神と皇の戦い(4)

我は、ようやく今まで感じていた違和感の正体を理解し、ひとり納得していた。なぜ、これまで我が一度たりともトガシゼンとの戦いを避け続けてきたのか……その理由が、今、はっきりと明らかになった。


これまで幾度となく、トガシゼンから戦いを挑まれてきた。だが、そのたびに我が本能は、理由もなく、しかし確かに、戦うことを拒み続けていた……だが、今なら、それがなぜだったか分かる。


そもそもトガシゼンに勝つことなど不可能なのだ。どれほどあやつを傷つけようとも、この島に張り巡らされた結界が、決してその死を許さぬ仕組みとなっている。


――上空から眺めていて、それがはっきりと理解できた。


リンの剣がトガシゼンの心臓を切り裂いた瞬間、島全体が震え出し、まるで防衛本能でも働くかのように、島を包むように巨大な呪印陣が出現した。


そして、島中に散在していたすべての魔素が、一斉にトガシゼンの足元へと集まり、天を突く光の柱となってあやつを癒し、断たれた右腕さえ元通りに戻してみせた。


サイガとリンには申し訳ないが、これで勝負は決したと見るべきだろう。たしかに、リンにはまだ余力が残っているように見える。


……だが、サイガはすでに満身創痍。魔素もほとんど尽きており、なんとか体外から取り込もうとしているようだが、先ほど、島中の魔素はすべて呪印陣によって吸い上げられてしまった。


今、この一帯に残された魔素は、ほとんど存在しない。


私が勝負の結果を伝えるために地上へ降りようとした──その瞬間、サイガがトガシゼンに向かって走り出した。


もはや、立っているだけで精一杯のはずだったサイガが、自らの限界を振り切るように、真正面から殴りかかっていく。


それを見たトガシゼンは、獰猛な笑みを浮かべながら、岩のように重い拳を振り上げ、サイガの顔面を目がけて力任せに叩き下ろす。


だが、サイガはわずかに身体を逸らし、その一撃を紙一重で回避すると、間髪入れずに上段へ鋭い前蹴りを放ち、トガシゼンの顎を蹴り上げ、さらにその反動を利用して、踵を振り下ろしてトガシゼンの頭頂を強かに打ち据えた。


サイガの踵落としが見事に決まり、トガシゼンは思わず膝を折る。その刹那の隙を逃さず、サイガは腰を大きく沈め、超低空から横蹴りを放つ。


空気を切り裂くような鋭い蹴りは、トガシゼンのみぞおちに深くめり込み、重い衝撃音が響いた。


だが、さすがにトガシゼンも踏みとどまる。顔をしかめながら、蹴り込まれた足を掴もうと両手を伸ばす。


しかし、サイガは、地を這うほどに身をかがめ、その両手から逃れると、軸足を一気に伸ばした。


すると、さらに体重がのった蹴り足は、トガシゼンの腹部を、より深く、より重く貫いた。


その一撃に、トガシゼンは堪らず両腕を引き戻し、そして、ついにその巨体が後方へと崩れ落ちた。



いきなり、傷だらけのサイガが起き上がり、トガシゼンに向かって猛然と走り出した。すでに魔素はほとんど残っていないはず――。


それでも、わずかに循環させた魔素で肉体を強引に強化し、無理やり動かして攻撃を仕掛けていく。


たしかに、サイガの素の身体能力は桁外れだ。けれど、それでもトガシゼンに通じるとは思えなかった……最初は、そう思っていた。


だが、サイガは真正面から殴るように見せかけて、トガシゼンのカウンターを誘い、余裕を持ってそれを躱す――と同時に、すかさず顔面を蹴り上げ、さらに踵で頭頂を叩きつけて腰を崩させた。


そこからは一方的だった――。サイガは絶えず先手を取り続け、休むことなく攻撃を重ね、ついにトガシゼンを地面へと倒し、そのまま馬乗りになって、殴り始めた。


私は、サイガの底知れぬ武術の完成度に、思わず息を呑む。


普段は、その圧倒的な膂力に頼る場面が目立つが、今回の戦いで繰り出された一連の技は、どれも洗練されていて鋭く、寸分の無駄もない。


――まるで流れる水のように、淀みなく動いていた。


たしか、「滅心(めっしん)()(とう)流格闘術」……かつて、サイガが人間だった頃に修めた武術だったはず――。


非力な人間が強者に立ち向かうために編み出したこの格闘術は、最小限の力で最大限の効果を生むことを追求し、徹底的に磨き上げられている。


その本質を、今まさにサイガは、極限状態の中で体現していた。


呪術では勝てず、すべての傷を一瞬で癒す呪いを身に宿すトガシゼンを前に、ただ己の肉体ひとつで圧倒してみせるアイツの姿に――ふと思い出す。


<心を滅して、一振りの刀と化す>――あれは、かつてアイツが教えてくれた、この武術の教えであり、極意だった。


今もなお、一方的に拳を振るい続けるサイガを見つめ、いくら不死身の身体を持つトガシゼンといえど、このまま意識を刈り取り、勝機を掴めるのでは……そう思った、まさにその瞬間だった。


閃光が走り、サイガの右腕が、突然、後方へと切り飛ばされる。


あまりにも唐突な出来事に、理解が追いつかず、私はただ呆然と立ち尽くす。それでも、サイガは片腕を失いながら、なおも拳を振るい続けていた。


だが、手数が減ったその瞬間こそが命取りだった。攻撃の隙を見逃さず、トガシゼンが体をひねり、サイガの腹に膝蹴りを叩き込むと、その一撃に、サイガの身体が吹き飛び、地を転がる。


そして、トガシゼンは──ゆっくりと立ち上がった。


「……まさか、不死身と知ってなお、闘志を衰えさせることなく攻め続けるとはな。それに──その武術、まさに驚異的だった。いくら俺が不死身といえど、身体よりも先に、心が折れかけるところだった……」


右腕を失って、なお睨みつけてくるサイガに、称賛のまなざしを向けながら、トガシゼンは顔についた血を拭い、顎に手を当てたかと思うと、今度はゆっくりと私の方へと顔を向け、呪術を発動する。


「呪術:殲致戦煌 (ゼンチゼンノウ)」


その刹那、閃光が走り、私の足元の地面が大きく抉れる。そして、鼻をつく焦げた匂い。


……わずかに捉えられたのは、光速にも似た光の刃が地を走り抜ける、その一閃だけだった。


トガシゼンは、わざわざ教えてくれた……サイガの腕を切り飛ばした呪術の正体を、丁寧に、まるで誇示するかように。それは魔神としての矜持の表れかもしれない。


だが、そんな余裕に、私は逆に胸の奥が燃えるように熱くなるのを感じていた。絶対に負けたくない。ただ、それだけの強い感情が、私の中で静かに燃え上がる。


きっと、サイガも同じ気持ちだった。片腕になりながら、より強く、むしろ執念にも近い闘志を宿して、再びトガシゼンに殴りかかっていく。


けれど、バランスを崩したその体では、技も、力も、速さも、どれもがほんのわずかに鈍っていた。


そして、トガシゼンはそれを見切り、余裕でかわすと、三度、正拳突きの構えをとり、呪術を発動しようとする。


サイガが死ぬ……そんな予感が脳裏をよぎり、胸の奥がざわついて、頭が真っ白になる。


――それでも、戦う前から決めていた「命を懸けてアイツを守る」と、そう決めていた私は、とっさに前へと飛び出そうとした、その瞬間、頭の中に、閃光のように呪術が流れ込んでくる。


「呪術:犠死傀生 (キシカイセイ)!」


その呪いの言葉を口にした瞬間、私はサイガの足へと手を伸ばし、わずかに触れる。そして、アイツの身体は、導かれるようにトガシゼンへと突っ込むと、直後、再びサイガを無数の打撃が襲い、容赦なく打ち据える。その光景に、誰もがサイガの死を予感する……ただ一人、私以外は。


トガシゼンがボロボロになったサイガに近寄ろうとした、まさにその時だった。サイガが突如、起き上がり、残った左腕をみぞおちに当て、すぐに呪術を発動する。


「呪術:弐迅牙砲 (ニッシンゲッポウ)!!」


その直後、サイガの掌から深紅の魔弾が放たれ、トガシゼンの腹部を貫く。


――内臓を穿ち、体内に大きな風穴を開けて、トガシゼン自身さえも、何が起きたのか分からず呆然としていた。


だが、私は違った……この展開を想定していた私は、すでに動き始めていた。



俺は、トガシゼンの呪術:千千千殴(ゼンチゼンノウ)を真正面から受け、もはやここまでかと覚悟した。


だが、信じられないことに、俺の身体はまだ動いていた。あれほど多くの打撃を受け、傷を負っているはずなのに、痛みがなく、不思議と、まだ戦えるという確信すらあった。


……それに、さっき、リンが一瞬だけ触れてきたとき、確かに、わずかだが魔素が俺の体に流れ込んできた。


そして、その魔素が、いまだ体内を巡っているのを感じた。


ゆっくりとこちらに歩み寄るトガシゼンの姿を捉えた瞬間、俺は即座に起き上がり、残ったすべての魔素を両腕──いや、片腕に込めて呪術を発動する。


「呪術:弐迅牙砲ニッシンゲッポウ!!」


本来は両手で放つ呪術だが、今の俺には左手しか残されていない。


不完全な形だったが、残り少ない魔素が、むしろ好都合だったのかもしれない。一点に収束させた魔素は鋭く、暴力的に、至近距離からトガシゼンの腹を貫いた。


思わぬ一撃に、トガシゼンは何が起きたのか理解できず、呆然と立ち尽くすと、その背後に音もなく現れたリンが、迷いなく呪術:騎士鎧青(キシカイセイ)を発動し、蒼き騎士の姿をまとう。


その刹那──横薙ぎの一閃が走り、直後、トガシゼンの首が刎ね飛んだ。


……誰もが、何が起きたのか分からず、ただ呆然と、その光景を見つめていた。


だが、その静寂は長くは続かない。再び、大地が低く唸りを上げ、震え出すと、地面が淡く輝き始め、体中の魔素がどんどん吸い取られていくのが分かった。


──このままでは、魔素が残り少ない俺もリンも死ぬ。


そう思った刹那、俺はリンの方へと視線を向けると、突然、何者かに身体を掴まれ、上空へと一気に引き上げられる。


咄嗟に目を大きく開き、周囲を見渡した俺の目に飛び込んできたのは、俺とリンを抱えて空を翔けるオテギネさんの姿だった。


ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

もし楽しんでいただけたなら、ぜひブックマークや評価をお願いします。励みになります!


また、

『魔女の烙印を押された聖女は、異世界で魔法少女の夢をみる』(完結済み)

『転生忍者は忍べない ~今度はひっそりと生きたいのですが、王女や聖女が許してくれません~』

も連載中ですので、興味がありましたらご覧ください。


これからもよろしくお願いいたします。

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