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161 神と皇の戦い(3)

俺の第2段階の呪術を受けながらも、満身創痍でなお生きているサイガの姿に、思わず興奮を覚える。そして、その背後に無傷で佇むリンを目にし、まだもう少し楽しめそうだと思うと、自然と口元が緩んでいた。


「さすがだ、サイガ。まさか俺の『呪術:千千千殴(ゼンチゼンノウ)』を正面から受けて、生きているとはな……。そして、なによりリンを無傷で守り切るとは思わなかったぞ」


俺の言葉に、サイガは反応を見せない。ただ静かに膝をつき、耐えている。その姿を見下ろしていると、リンが紺碧の鎧を纏い、ゆっくりと俺の方へ歩み寄ってくる。


たしか、それはリンの第1段階の呪術だったか。……能力としては実に優秀だが、俺の命を脅かすほどのものではない。どれだけ傷を刻まれようが、それは表面だけだ。骨にも内臓にも届かぬ、鋭さにも力にも欠けた脆弱な刃だ。


「……うるさいわね、やってみないと分からないでしょ。それにこれ以上、サイガに任せるわけにはいかないわ」

「……そうか、なら、仕方ないな。なるべく楽に殺してやる」


俺は再び呪術を発動するため、腰を落として正拳突きの構えをとった。さきほど以上の魔素を全身からかき集め、すべて拳へと乗せる。この一撃をまともに食らえば、たとえ呪術の鎧で身を固めていようと、間違いなく木端微塵に吹き飛ぶだろう。


正直に言えば、これほどの強者をこんな場所で失うのは惜しい。だが、相手は手を抜けるほどの弱者ではないし、その誇りを踏みにじるような真似もしたくはなかった。


俺は、死を覚悟しながらも、なおも一矢報いようと向かってくるリンに敬意を払い、せめて一瞬で終わらせてやろうと、間合いに入るのをじっと待つ。


リンは、ゆっくりと、確実に、一分の隙もなく歩を進める。そして、俺の拳が届かないぎりぎりの距離から、剣を振り下ろしてきた。


ほんのわずかな紙一重の差を見極め、そこから仕掛けてくるその天賦の才に、思わず舌を巻く。俺の拳が届かぬわずかな間合いを、短い攻防の中で正確に見切り、即座に実戦で活かしてみせるとは……。


今、ここで呪術を発動しても、確実にリンを仕留めることはできない。それほどまでに、剣と拳の距離を突いた見事な間合いだった。もし、剣が触れると同時に拳を放てば、たしかにリンには届くだろう。だが、その時、俺自身も無傷では済まない。


それに中途半端に俺の呪術による一撃を浴びたリンは、致命傷を負ってなお、死ぬまでの間、苦しむことになるだろう。


それは、苦しまぬよう、すべての魔素を込めて呪術を撃とうとしている俺の望む結末ではなかった。


……とはいえ、手を抜くことこそが、それ以上に俺の矜持に反すると、俺は腰まで引いた拳をゆっくりと力強く握り込み、そのまま呪術を発動する。


――呪術:千千千殴 (ゼンチゼンノウ)


俺が心の中で呪術を呟きながら拳を突き出すと、幾千もの軌道を描いた無数の打撃が、正面からリンを貫かんと襲いかかる。


逃げ場もなければ、回避の余地もないはずの圧倒的な打撃の奔流を前にしても、リンは目を逸らすことなく、真っ直ぐにこちらを見つめ、迷いなく俺の命を取りに来ていた。


その姿を、俺は美しいとすら思った。だからこそ、目を逸らさず、最後まで見届けようと見つめていた……だが、不意にリンの姿がふっと視界から消える。


次の瞬間、さきほどまで膝をついて動けなかったはずのサイガが、いきなり俺の目前に現れた。両腕を突き出し、身を丸めると、亀のような防御の構えで俺の呪術をすべて引き受け、立ちはだかる。


――その刹那、再び幾千もの打撃がその身体に叩き込まれていく。


一瞬、何が起きたのか判断がつかず、思考が止まりかけた――その隙を突き、リンが迷いなく懐へと飛び込み、剣を振り上げる。


その狙いが俺の心臓だと分かり、咄嗟に身体を捻って回避を試みたものの完全には逃れきれなかった。


リンの斬撃は軌道を外れながらも俺の右腕を捉え、肘から先を鋭く断ち切っていた。



相打ち覚悟でトガシゼンに斬りかかろうとしたその瞬間、突然、背中を強く引かれ、私は盛大に尻餅をついた。何が起きたか分からず、驚き前を見る。


すると、私を庇うように立ちふさがるサイガの背中が目に飛び込んでくる。サイガの肩は震え、それでも一歩も退かず、トガシゼンの呪術に真正面から立ち向かっていた。


思わず「どうして」と声に出しそうになるのを飲み込み、私はすぐに立ち上がる。サイガが決死の覚悟で作ってくれた、この一瞬の好機を無駄にはできない。


私は迷いを捨て、心を殺す。無数の打撃に晒されるサイガの横を駆け抜けると、そのままトガシゼンの懐へと飛び込んだ。


トガシゼンは、私以上に突然現れたサイガに驚き、明らかに動揺していた。だが、すぐに視線をこちらに向け私を捉えるが、もうその時、私の剣は心臓を目がけて振り上げられていた。


それでも、トガシゼンは強引に身体を捻って回避しようとする。だが私は、その動きに合わせるように手首をひねり、刃の軌道を滑らかに変えた。


――その直後、私の斬撃は、トガシゼンの右腕を肘ごと断ち切った。


さすがのトガシゼンも右腕を失い、激痛に膝をつくと、残されたわずかな魔素を使って止血を試みている。私はその隙を逃さず、サイガのもとへ駆け寄り声をかけた。


「バカ、なにしてるのよ! そんな満身創痍の状態で、あんな呪術を受けるなんて!」

「……はぁ、はぁ、ああ……確かに命知らずな行動だった。だが、なんとかなっただろ? それに、嬉しい誤算もあった。俺の第3段階の呪術:仁心解放(ニッシンゲッポウ)は、少しだが……傷も癒してくれるようだ……」


サイガは、トガシゼンの呪術を真正面から受けた直後、一か八かで呪術:仁心解放を発動したという。


本来は呪いや病に対して効力を発揮する術だが、ごくわずかとはいえ、肉体の損傷にも回復効果があるとわかった。そこで、残る魔素のすべてを込め、再度呪術を発動し、なんとか動ける状態まで持ち直したのだ。


そして、私がトガシゼンの呪術の標的になると分かった瞬間、とっさに飛び出し、身代わりになった――そう、サイガは静かに説明してくれた。


とにかく、すでに満身創痍なのは、サイガもトガシゼンも同じ。だが、ほぼ無傷で魔素も十分に残っている私がいるぶん、どう考えてもこちらが有利。


そう判断した私は、サイガにその場から動かないよう告げると、なおも跪いたままのトガシゼンに斬りかかった。


すると、トガシゼンは悠然と立ち上がり、不敵な笑みを浮かべながら私に向き直ると、まるで避ける気配も見せず、私の斬撃を真正面から受け止める。


ザシュッ!


――左肩から深々と食い込んだ剣は、そのまま心臓に達していた。間違いなく、致命傷……のはずだった。


けれど、それでもなおトガシゼンは膝をつくこともなく、静かに立ち続けていた。その姿に、私は得体の知れない寒気のようなものを感じ、すぐに呪術を解除して後方へと跳ね退いた。


――その瞬間、トガシゼンがゆっくりと口を開いた。


「……本当に素晴らしいな、貴様たちは。魔王選定の儀でサイガを見た時、ここまで命の危険を感じる戦いができるとは、夢にも思わなかった。そして、お前たちでも、俺を呪いから解放することはできなかったようだな……」


トガシゼンがどこか自嘲気味に笑みを浮かべると、突然、大地が震え、空に黒い雲が渦を巻く。


その異常な光景に、誰もが息を呑み、周囲を警戒する中、トガシゼンを中心に地面から光の柱が立ち昇り、空の暗雲を貫いた。


まばゆい光が天と地をつなぎ、世界のすべてが、一瞬、白く塗りつぶされた。


――そして、それが収まると同時に、断ち切られていた右腕は元通りに戻り、傷も、魔素も――すべてを回復したトガシゼンが、そこに悠然と立っていた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

もし楽しんでいただけたなら、ぜひブックマークや評価をお願いします。励みになります!


また、

『魔女の烙印を押された聖女は、異世界で魔法少女の夢をみる』(完結済み)

『転生忍者は忍べない ~今度はひっそりと生きたいのですが、王女や聖女が許してくれません~』

も連載中ですので、興味がありましたらご覧ください。


これからもよろしくお願いいたします。

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