016 サイド:占星術士マヤ(下)
討伐隊が編成された当初、大半の人たちは私のことを遠巻きに見ているだけだった。親しく話しかけてくれたのは、ティアと妹の二人だけ。王女である私に対して、身分の差に臆する人が多いのは、仕方のないことだろう。
それでも、勇気を出して声をかけてくれる人もいた。けれど、少し話しただけで頬を引きつらせたり、青筋を立てて去っていくのは理解できなかった。
今でもその理由は謎のままだ。不思議です。
サイガも、最初は話しかけてこなかった。必要最低限の業務連絡以外は、言葉を交わすこともなかった。だが、ある日、突然、彼のほうから声をかけてきた。
「よう! マヤリ王女殿下。ここで何をやってるんだ?」
「……特に何も。そちらこそ、私に何かご用ですか?」
「いや、用はない。ただ、ひとりで立ってたから気になってな」
「サイガさん。私が言うのも変ですが……王女に対して、あまりにも気軽すぎるとは思いませんか?」
彼は一瞬きょとんとした後、鼻の頭をかいて苦笑し、それから少しだけ表情を引き締めて頭を下げた。
「王女殿下、大変失礼いたしました。平民の身でありながら、礼を欠いた言動を取ってしまい、誠に申し訳ありません。以後は気をつけて、無礼のないよう心がけたいと思います! ……で、これで合ってるか?」
「………………」
下げていた頭をゆっくり上げて、こちらを伺うように見つめてくる。彼の表情は、本気で困っているようだった。
「すまん。俺って、平民の中でもかなり貧しい家の出でな。ろくに教育も受けてないんだ。【知識の神の加護】は持ってるが、くだらないことにばかり使ってるらしい。王女殿下への<正しい話し方>なんて、教わったこともないんだ」
「……そうですか。なら、仕方ありませんね。別に、そこまで気にしてはいませんけど……。でも、それなら、なぜ、わざわざ私に話しかけてきたのです? 無理に話しかけなければいいのに」
私は、ただの素朴な疑問を口にしただけだった。けれど彼は、少し驚いたように目を見開き、そして少し笑って答えた。
「そうかもな。けどな――話したい相手に、話しかけない理由にはならないだろ?」
「……あなたは、私と話したかったのですか?」
「ああ、話したかったさ! まず、占星術士って職業が気になってた。あれは【占いの神の加護】と関係あるのか? ……でも一番気になるのは、なんでいつもそんなに不機嫌そうな顔してるんだ?!」
そんなことを面と向かって聞いてきた人は、今まで誰もいなかった。
みんな、私と話すときは、まるで腫れ物に触れるように顔色をうかがって、耳触りの良いことばかりを並べていた。
だから、私は、いっそ何も感じさせないように、表情を消すようになっていったのに――。
けれど、彼は私の気持ちなんてお構いなしに、自分の思いをまっすぐぶつけてきた。初めてだった……人の心に直接、手を伸ばしてくるような感覚だった。
「申し訳ありませんが、距離が近すぎます。離れてください。それに……殿方との会話も、なるべく控えるように言われています」
つい、いつもの癖で距離を取るような言葉を返してしまった。まるで彼を拒絶するようなその言葉に、胸の奥で後悔が膨らんでいく。
「そうか、たしかに近かったな。じゃあ、どれくらい離れればいい? それと……俺のことは『殿方』じゃなくて、『仲間』として話してくれると嬉しいんだが」
彼は笑顔を崩さず、私との会話を諦めない。私の言葉を否定するのではなく、まるごと受け止めたうえで、自分の気持ちを返してくる。
――そのまっすぐさに、思わず心が揺れる。
彼は<王女>ではなく、<私自身>を見て、知りたい、話したいと思ってくれている。両親や妹以外で、ここまで私に関心を向けてくれた人なんて……今までいなかった。
「………………」
「どうした、やっぱり怒ったか? だったら申し訳ない。でもやっぱり、俺は――お前のことを知りたいんだ」
「!!!!!」
この人はいったい、何を言っているのだろう。
真剣な表情で、まっすぐに私を見つめてくる。
正直、頭の中がぐちゃぐちゃになって、自分でも何を言えばいいのか分からない。
無表情を装って彼を見つめることしかできなかった。
「……分かった。急に話しかけて、すまなかった。俺も、少し焦ってたのかもしれない。……でも、また話しかけてもいいか? 頼む!」
そう言って、彼は深々と頭を下げた。ここまで真っ直ぐに向き合ってくれた人なんて、今までいなかった。誰もが途中で引いていき、私の顔色をうかがってばかりだったのに――。
彼に見えないように、私はほんの少しだけ微笑んだ。
「仕方ありませんね。王女たる者、下々の者の声にも耳を傾ける義務があります。今後は、身分など気にせず、自由に声をかけることを許します」
「ありがとう!」
彼は、ぱっと顔を上げ、満面の笑みを浮かべて、もう一度深く頭を下げた。
――それから、私はサイガと話すようになった。
内容は他愛のないものばかりだったけれど……その何気ない会話が、私にはたまらなく嬉しかった。
――――――――――――
サイガの笑顔に見惚れながら、ふと、昔のことを思い出していた。
「おい、マヤ。ぼーっとしてるけど、大丈夫か?」
彼の声に、はっとして現実に引き戻される。
いけない……一瞬とはいえ、サイガに呆けた顔を見せてしまった。反省です。
「大丈夫です。少し疲れているのかもしれません」
「そうか、無理はするなよ。マヤの占星魔法は俺たちの切り札だからな」
「無理はしていません。足手まといになるつもりもありません。それより……あなたこそ、大丈夫なのですか?」
「その調子なら問題なさそうだな。安心したよ。それに……俺のことまで心配してくれて、ありがとう。やっぱりマヤは優しいな」
そう言って、彼はまた、屈託のない笑顔を私に向けてくる。
――やっぱり、私は彼のことが……とても好きなようです。
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