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159 神と皇の戦い(1)

「久しぶりだな、オテギネさん。まさか、アンタが立ち合い人をしてくれるとは思ってなかったよ」

<久しいな、サイガ。あの時よりもさらに力をつけたようだな……今なら、もっと楽しい試合ができそうだ>


俺が久しぶりに会ったオテギネさんに声をかけると、向こうもどこか嬉しそうに返してきた。


――――――――――――


昨夜、トガシゼンとの謁見を終えた俺は、そのまま部屋へと戻った。別れ際に、明日の決闘はリンと二人だけで臨むと告げたところ、マヤとライが「なぜ自分たちは参加できないのか」と詰め寄ってきた。


俺が困ったように視線を逸らしながら、どう答えればいいのか迷っていると、アオが一歩前に出て口を開いた。


「きっと、今のボクたちじゃ、サイガの足手まといになる……」


そのひと言にマヤとライも言葉を失い、場の空気が静まる。そんな中、アオは少し寂しそうな顔をしながらも、落ち着いた声で続ける。


「本当は、ボクだって一緒に戦いたいよ。けど、さっき直接トガシゼン様に会って、わかったんだ。今のボクじゃ、なんの助けにもならないって……くやしいけど、お姉ちゃんたちも分かってるでしょ? たぶん、この中でトガシゼン様と対等に戦えるのは、サイガとリンちゃんだけだよ」


その言葉に、全員が沈黙する。たしかに皆、魔王級の力を持つ実力者だ。だが、あのトガシゼンはそのはるか上にいる存在で、そんな相手を前に、誰かを守りながら戦う余裕などない。


――アオは、俺が言うべきだった言葉を代わりに伝え、マヤとライを静かに納得させてくれた。


「マヤ、アオ、それにライのバカ。あなたたちの気持ちは分かるわ。けど、ここは私たちに任せてほしいの。きっと、サイガと一緒にトガシゼンに勝ってみせるから」


リンは、くやしさに俯くアオの肩にそっと手を置き、マヤとライの顔をしっかりと見つめる。そして、静かに、だが、力のこもった口調で「必ず勝つ」と告げ、信じてほしいと頭を下げる。


その姿に俺も倣い、「俺たちの戦いを見守ってほしい」と呟きながら、静かに頭を下げる。しばらくそのまま沈黙が続いたあと、マヤがそっと口を開いた。


「……わかりました、サイガ、リンさん。力不足なのは悔しいですが、それは私自身の不甲斐なさです。それをお二人にぶつけるのは、きっと筋違いでしょう。ですが、これだけは約束してください。『必ず勝って』などとは言いません、負けても構いません。……だから、絶対に生きて戻ってきてください」


俺はゆっくりと頭を上げ、マヤの顔を見つめる。……その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。


――きっと、もう二度と俺が傷つき、いなくなるのが耐えられないのだろう。それでも、「戦うな」とは言わずに送り出してくれる、その覚悟に胸が熱くなった。


俺はマヤに静かに頷き、アオの頭に手を置いてそっと撫でる。そしてライの方を見て、「俺の戦いから目を逸らすな」と告げ、最後にリンの方へ向き直る。


「明日は、頼む」


そう言って手を差し出すと、リンは小さく微笑みながら、その手をしっかりと握り返し、そっと告げる。


「任せなさい」


その温もりを確かに感じながら、俺は静かに目を閉じ、明日を迎える覚悟を、心の奥に刻み込んだ。



――一夜明け、今、私はサイガの隣に並び、魔神トガシゼンと対峙する。サイガを遥かに上回る巨躯に、山のように盛り上がった筋肉……その姿からは、とても齢三百を超える魔人には見えなかった。


たしかに、立派に伸びた髭や背中まで届く白髪には年齢を感じさせるものがあり、顔に深く刻まれた皺も、初老の男性と言われれば納得できる。けれど、その圧倒的な存在感は、どこにも老いを感じさせなかった。


「魔人トガシゼン……さすがに『魔神』と呼ばれるだけのことはあるわね。これから戦うと思うと、その圧力に押し潰されそうになるわ」

「ん? リン、敬称はつけないのか? 仮にもヤツは最上位の魔族……魔神だろう」

「ほんと、バカね、サイガは。これから倒そうとする相手に、敬称なんてつけるわけないでしょ」


私は呆れたように溜息をつきながら、気持ちで負けるつもりなんてさらさらない、とはっきりと告げる。


そんな私を見て、サイガは「それでこそリンだな」と嬉しそうに呟き、前を向いてトガシゼンを見据えた。すると、俺たちのやり取りがひと段落するのを待っていたカイさんが、静かに声をかけてくる。


「それでは、そろそろ始めたいと思いますが、問題ないでしょうか?」

「ああ、構わないわ」


私が代表して返事をし、サイガも黙って深く頷く。その様子に満足したようにカイさんも頷き返し、トガシゼンの方へ視線を移すと、「さっさと始めろ」と言われ、困ったように苦笑を浮かべた。


「それでは、これより魔神トガシゼン様と魔皇サイガ様、そして、魔人アメキリン様との決闘を始めたいと思います。立会人は、魔竜オテギネ様が務めます。それでは…………、始め!」


……開始の合図とともに、カイさんは姿を掻き消した。もう、すでに安全な場所に退避したのだろう。だが、いまはそれに気を取られている余裕はない。私は即座に意識を切り替え、鉄扇を広げながら魔素を高速で循環させ、肉体強化を施す。


……が、それよりも先に、サイガが真っすぐトガシゼンに向かって走り出した。一切の駆け引きもなく、ただ一直線に突っ込んでいく。


そんなサイガの動きを見て、トガシゼンは不敵に笑い、腰を落として迎え撃つ構えを取る。


そして、互いの拳が届く距離に入った瞬間、拳がぶつかり合う。サイガはトガシゼンの顔面を狙って正拳を放ち、トガシゼンはサイガの鳩尾めがけて拳を突き上げる。


両者の拳はほぼ同時に相手へ命中し、衝撃とともにわずかに後退するが、それでもすぐに体勢を立て直し、再び拳を交える。


私は出遅れたことを悔やみつつ、サイガを援護しようと様子を伺うが、暴風のような殴り合いの中に割って入る隙などあるはずもなく、ただ呆然と、その光景を見つめるしかなかった。


私が使える呪術は、いずれも攻撃に特化したものばかりで、戦いを支援できる術など一つもない。呪術は、望んで習得できるようなものではないと分かってはいる。……それでも、今この瞬間、サイガを助ける術を持っていない自分が、心底悔しかった。


サイガとトガシゼンは、いずれも呪術を用いず、ただ己の肉体のみを頼りに戦っていた。だが、その実態は単なる肉弾戦というには程遠く、極限まで洗練された殺し合いに他ならなかった。


サイガは、拳を繰り出す直前に魔素を纏わせ、表層を鋼鉄のように硬化させると同時に、刃物のような鋭さを持たせる。その一撃は、魔素によって増幅された速度と質量を伴い、破壊のためだけに振るわれる。


対するトガシゼンは、拳を受ける直前、魔素によって筋肉を肥大化させ、装甲のような肉体で受け止める。常人であれば即座に砕けるような衝撃にもゆるぐことなく、構えを崩すことはない。


そして、攻撃を耐えたトガシゼンは、巨体を活かした質量と速度の暴力が込められた裏拳を放つが、サイガはそれを全身で受け止め、吹き飛ばされかける身体を、変化させた足で強引に踏みとどめる。


……踵には鉤爪のような突起が生え、指先の爪もわずかに伸び、鳥類のような形状に変化した足が、硬い地面を掴み、その場に喰らいつくようにして衝撃を受け止めていた。


まさに、人外の戦いと呼ぶにふさわしかった。上空を見上げれば、あの魔竜オテギネさんでさえ興奮を抑えきれない様子で、瞳を真紅に染めている。


めったに感情を表に出さないあの方が、あれほど露骨に熱を帯びるとは……それだけで、この戦いの異常性が知れる。


本来なら、私もすぐに戦いに加わるべきだが、サイガとトガシゼンのぶつかり合いは、ただの殴り合いとは到底言えない。それほどまでに強烈で、鮮烈で、そしてどこか神聖めいた暴力に満ちており、気づけば、私はその場に釘付けになっていた。


両者の死合いは、まだ続くだろうと思われた。だが、不意にトガシゼンが距離を取る。大きく跳躍し、静かに地に降り立つと、サイガをまっすぐに見据える。


「さすがだな、サイガ。このまま殴り合いを続けるのも悪くはないが……折角だ。次は呪術でいくぞ」


それだけ言い残し、トガシゼンは静かに一言、呪いの言葉を口にした。


ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

もし楽しんでいただけたなら、ぜひブックマークや評価をお願いします。励みになります!


また、

『魔女の烙印を押された聖女は、異世界で魔法少女の夢をみる』(完結済み)

『転生忍者は忍べない ~今度はひっそりと生きたいのですが、王女や聖女が許してくれません~』

も連載中ですので、興味がありましたらご覧ください。


これからもよろしくお願いいたします。

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