157 謁見前のひととき
私たちは、カイさんに言われた通り、船内で静かに待っていた。すると、やがて一羽のペンギンの魔鳥が現れ、トガシゼン様の居城まで案内すると告げてくる。
人間だったころは、動物の言葉も意志もまったく分からなかった。けれど、魔人となり、体内に魔素を取り込めるようになった今では、魔族同士なら、たとえ種族が違っていても、自然とお互いの意志を感じ取れるようになっていた。
私はペンギンの魔鳥にお礼を言い、名前を尋ねた。すると彼――いや、ペンギンは、恭しく頭を下げて意志を飛ばしてきた。そして、かろうじて名前だけを受け取ることができた。
『……ペンペン……』
意思は不明瞭だったが、その優雅な所作は、かつて私に仕えていた最上級の召使いたちよりも、はるかに洗練されていた。
「それでは、ペンペンさん。私たちを、トガシゼン様のもとまで案内をお願いします」
名前を聞いた以上、ここは率先してペンペンさんとのやり取りを引き受ける。決して……そう、決して、蝶ネクタイをつけたペンペンさんが可愛くてたまらないからではない……。
しかし、サイガとアオが、こそこそと話している声が耳に届く。
「きっと、マヤが気に入ったんだな」
「うん、すごく楽しそうだもんね」
あらぬ誤解に沈んだ表情を浮かべながらも、それよりも――ふりふりとお尻を揺らしながら歩くペンペンさんの後ろ姿を目で追うことの方が、今はずっと大事だった。
――――――――――――
私は今、夢の中にいるのかもしれない――そう思わずにはいられないほど、目の前に広がる光景は、幻想的で、そして魅力的だった。
私たちが、ペンペンさんの後についていくと、巨大な門が現れ、その扉を待ち構えていた巨大なゾウの魔獣が、長い鼻を器用に使って静かに開けてくれた。
そして、城の中へ進むと、ペンペンさんと同じ蝶ネクタイをつけたペンギンの魔鳥たちがずらりと並び、その後ろでは、二本足で器用に立ったタヌキの魔獣とパンダの魔獣が、つぶらな瞳でこちらをじっと見つめていた。
そのあまりにも可愛らしい光景に目を奪われていると、カイさんが静かに現れ、恭しく頭を下げた。それに合わせるように、ペンギンたちも、タヌキたちも、一斉に頭を下げた――ただ一匹、パンダの魔獣だけが体勢を崩してでんぐり返しをしてしまい、隣のペンギンたちやタヌキたちから、小さく叱られていた。
その光景があまりにも尊くて、私は胸がいっぱいになり、思わず目を細めて見入ってしまう。けれど、そんな私に向かって、アオがそっと近づき、「今から魔神トガシゼン様との謁見だから、ちゃんと気を引き締めて」と、小声で頼んできた。
◆
可愛らしい魔鳥や魔獣たちに心を奪われているお姉ちゃんに、ボクは小声で「しっかりしてね」と注意すると、そばに控えていたカイさんが、謁見の準備が整うまで待機する部屋へ案内すると静かに告げる。
ボクたちはカイさんの後についていったけれど、お姉ちゃんだけは名残惜しそうに、ずっとボクたちを見送るペンペンさんたちに手を振り続けていた。
――――――――――
「師匠、ここにあるの、何でも食べていいのか?」
「知らん。置いてあるなら、食べていいんじゃないか?」
謁見までの間に通された控室は、思わず息を呑むほど豪華な作りだった。だけど、そんなことよりもライ君は、テーブルの上に並べられた果物に目を輝かせ、早く食べたいとばかりにサイガに確認している。
いつもなら、そんな様子を見てすぐに突っ込みを入れるリンちゃんだったけれど、今日はなぜか思い詰めたような顔をして、黙り込んでいた。やっぱり、魔王だったリンちゃんにとって、魔神であるトガシゼン様との謁見は特別なものなのだろうと思い、ボクは少し心配になって声をかけた。
「リンちゃん、大丈夫? かなり緊張しているみたいだけど……」
「ええ、問題ないわ、アオ。緊張はしてるけどね」
リンちゃんは、ボクの問いかけにぎこちなく笑って答える。……やっぱり、どこかいつもと違う。だけど、トガシゼン様との謁見を前に、余計な不安を広げるわけにはいかないと思い、ボクはその違和感を胸の中にそっとしまい込んだ。
ボクの不安げな視線に気づいたリンちゃんは、苦笑いを浮かべながら、「本当に気にしないで」と、口だけを動かしてボクにだけ伝える。それから、他のみんなと同じようにソファに腰を下ろし、何かに集中するかのように、静かに目を閉じた。
もうこれ以上、何も聞かないでほしい――そんなリンちゃんの気持ちを察したボクは、サイガの隣に座り、そっと話しかけた。
「ところで、サイガはトガシゼン様と会ったことがあるの?」
「いや、ないな。カイを通じて、会話はしたことがあるがな」
「?? カイさんを通じて?」
サイガの答えに、リンちゃん以外の全員がそろって首を傾げると、サイガは苦笑しながら、魔王選定の儀で魔皇に叙された時のことを話し始めた。
「――――というわけだ。おそらく、カイの呪術を利用して、体を乗っ取って喋ったんだろうな。……本当に非常識なヤツだよ」
「……私が言うのもなんですが、魔神に対して『ヤツ』は、不敬ではないでしょうか?」
お姉ちゃんが、ここが魔神の居城だということを思い出させるように呟き、元人間とはいえ、魔族の最上位にいるトガシゼン様に対してそんな言い方は失礼ではないかと心配する。
けれど、よく見ると――お姉ちゃんは「ペンペンさんに嫌われたら、どうしよう……」と、実はまったく別の理由で心配していると分かり、ボクは思わず小さく溜息をついた。
そして隣を見れば、サイガの話がまったく理解できていなかったライ君が、テーブルの果物をすべて平らげてしまい、まだまだ食べ足りないといった素振りを見せていた。
そんなライ君の様子に、お姉ちゃんは急に目を輝かせ、控えていた呼び鈴を鳴らす。するとすぐに、恭しくペンペンさんが配下のパンダを連れて入ってきた。
普段は無表情なお姉ちゃんも、このときばかりは目をきらきらと輝かせながら、「もう少し果物が食べたい」と意志を飛ばす。すると、ペンペンさんは深々と頭を下げ、配下のパンダに追加の果物を運ばせるよう指示し、自らは器用にお代わりのお茶を注いでくれた。
しばらくして、パンダの魔獣が果物をたっぷり詰めた籠を咥えて入ってくる。そして、テーブルの前に来ると、前足で器用に籠を持ち直し、そっとテーブルの上に置いて、ゆっくりと頭を下げた――が、案の定、バランスを崩してしまう。
だが、よろめきながらも必死に踏みとどまったパンダは、どうにか姿勢を立て直すと、客人の前だというのに額の汗を拭った。
そんな健気なパンダの姿に、お姉ちゃんはもう我慢できなくなったようで、「尊すぎます……」と呟きながら、パンダに抱きつき、頬擦りを始める。
一方、ボクの正面では、ライ君が追加された果物をこれでもかという勢いで頬張り、案の定、喉を詰まらせて胸を叩きながら苦しんでいた。
――そして、そんな光景を横目に見ながら、サイガは小さく溜息をつき、ペンペンさんが淹れてくれたお茶を静かに口に含んでいた。
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『転生忍者は忍べない ~今度はひっそりと生きたいのですが、王女や聖女が許してくれません~』
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